2009年にボブ・ガーフィールドの”The Chaos Scenario”という本が出ている。
この本についてクリス・アンダーソンは「メディア業界の完全なる崩壊、そして再生の可能性を、わくわくするほど愉快に分析している」と評価した。

これにあやかって「カオスだよ、おっかさん」と言っておくのが一つ。

もう一つ、きっぱりと「切断」するという行き方がある。

「きっぱり」というのは言い過ぎなんだけど、

デジタルコンテンツとしてのポータルを作らない。

ネット以前の編集技術を継承して、本や雑誌を制作し、

リアル本屋さんで売る。ダウンロード販売はしない。

しかし、制作費はネットを活用した、

クラウドファウンディングで賄う。

この行き方を上手に実践しているのが、

東浩紀さんのゲンロンカフェであり、株式会社ゲンロンが行っている、

紙の本の出版事業だ。

「カオス」と言っておくか「切断」するか、

いまのところ、この二つがとってもスマートではある。

編集機関は、このカオスと切断の中間に位置している。

とっても優位なポジショニングだ(笑)。概念としてはの話。

どっちにもプラグイン可能という程度の意味で。

但しあんましこういう話でお茶を濁してると、

Editorial Engineeringという語の発明者である、

師匠にアタマはたかれかねないので、少しずつ奥に進むことにする。

そもそも、ここにこうして記事を書いてるブログ(Weblog)は、

インターネットという仕組みに対する最初のアダプテーションだった。

その意味、編集機関の一部実装と見なすこともできなくはない。

ここからHyperCard的な〈リンク〉を生成することも出来たはずだった。

いまのところ、エディトリアル・エンジンは、リーバース・エンジニアリングのエンジンとして、
サーバー-クライアントシステム以降、クライアントサイドで働くときには働く、そのようなものとして稼働している。

アダプテーションは、ない。

このアダプテーションはインターネット自体を根こぎにするという困難な課題を背負いかねないので。

なので、「カオスだよ、おっかさん」と言っておくか、「切断」するか、この二つが現状、もっともスマートな選択であるということになるわけだ。

サーバーとインターネットの歴史に続く、としたいところだが、そのとおりになるかどうか。
このいい意味での〈いい加減さ〉が、ウェブロッギングの良さでもある。

ただそこに甘えてばかりもいられない。

【関連記事】そもそも編集機関とはなんなのか?その1|編集機関EditorialEngineの和風良哲的ネタ帖:ProScriptForEditorialWorks
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