東京にいると「忘れないでいようとすること」が難しい。「見ないようにする」方へどんどん行ってしまう。それはある意味、日常を維持しようとすることにおいてあたりまえのことでもあるけれど。だから僕らは、ここぞというときところで「忘れない」を間髪入れずに放っていくこと。義務とはいわないが、おおむねそれが「余白」の仕事であるといった話を、気仙沼の漁師さんたたちに囲まれてするシーンから始まった。
第1回で忘れられない渡辺謙の言葉の一つは、役者というのは「余白」に生きている、というものだった。つまりは、なくてもいいかもしれないもの、何かあれば、まっさきに忘れられていいもの。そういう言葉だった。この「余白」の自覚をもって被災地に向かうからこその語りと映像の水準が保たれている。
第2回の「忘れないこと」という語りだしも、役者としてのこの「余白」の自覚とまったくぶれないものだからこそ、聞く人をして受け入れる気持ちにさせたと思う。
「気仙沼で生きるということは、海と生きるということだ」
という海岸線から20メートルほどの土地に商店や加工設備を再興しようと準備を開始した漁師さんの言葉にも胸が詰まった。
世の中に「余白」は色々ある。
つつましやかな「余白」を人々は実は「余白」とは呼ばないだろう。
逆にたとえば「政治」は肥満した余白ではないか?
それもウドの大木のごとく馬鹿でかく(そう見えるだけだが)、みずからを「余白」とは自覚することもない(政治家個々の違いはあるかもしれないが、「政治」というものは意識の上で肥大しがちだ)。
生きるうえでの大事に対して、自らを「余白」であると自覚する「余白」は、実は余白などではないのだ。
PS.
ただし政治という余白からは逃げ切れない。いまのところ。だがそれに対峙しそれと渉り合う作法も「自覚された余白」からしか生まれない。
