車窓とテレビとインターネット | 編集機関EditorialEngineの和風良哲的ネタ帖:ProScriptForEditorialWorks

「役立つ」のかどうかは、自信ないですが^^;


デジタルネイティブの時代/木下 晃伸
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この本で一番注目したのは、ここでした。



編集機関のシンプルマップ的ネタ帖:ProScript for Editorial Works-インターネット、見るぅ

著者の3歳になるという息子さんが、インターネットで電車の画像に見入っています。


デジタルネイティブはつまり、生まれたときからインターネット環境が、身の回りに、手の届くところにある人たちということのなのですが、これですぐに思い出したのが、テレビを子守代わりに育った人たちのことでした。


結論から言えば、ネット環境のほうが、テレビよりは救われていると思われます。


なぜなら、ネットで何かを見るには、マウス操作などの手の動きがあるから。


テレビでちょっとやばかったのは、その「場面転換」の速さ。


しかも、勝手にテレビの方で場面を切り替えてくれる。そういう自動走行の場面転換に乗せられて、ごく短い集中力だけで、30分、1時間の番組、ストーリーを見終わってしまうという、見終わったという錯覚におかれてしまう。これが、「多動性」の遠因になるという議論がありました。


他動的に場面転換が行われないものに対しては、じっと集中できなくなる。そういうことでした。


こちらが意識的に注意を凝らしたり、能動的な操作、たとえばページをめくるとか、そういうことをしなくても、場面が転換してくれるもっと古くから同じみなものが、列車の窓から見える風景です。


ただ、車窓の風景には遠近があります。視線を窓際近くに落とせば、電信柱などが、猛スピードで後ろに飛び去っていくのが見えると同時に、視線をちょっと遠方にやれば、雲がゆっくり流れていたりします。


視線の移動は、行動、動作というほどのものではないにしても、自分の意志で動かしています。


テレビには、それがまったくない。


同じメディアでも、本を読むのは全身運動です。ページをめくるという手の動きが、どれだけ大きな意味を持つか、という超アナログなことを、『デジタルネイティブの時代』を読みながら考えていました。


それと、もちろん、この本の主題といっていい、ケータイ・ウェブマーケティングのことも。


どちらにしても、紙の本がもともと持つ「インタラクティビティ」をどう掬いとっていくのかということは、むしろこれからの大きな課題です。


ネットが登場する以前から、本はマルチメディアであり、インタラクティブなメディアです。