平成25年6月23日(日) 

 『よっちゃん』パパが勉強している時、いつもそのそばで寝ている。時に、ノートの上にまで伸びてきて、邪魔らしいけれど、このすっかり気を許している姿に癒されると言っている。

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 六月は、梅雨らしくよく雨が降ったので、あまり散歩に出かけられなかった。それでも、まだ炎天下を歩くよりは、安全だったので、雨が止めば、昼の時間も散歩に出かけた。悟はあまり話さなくなり、なんとなく表情が沈んでいた。というか無表情に近かった。70歳を超えた老齢の男の人は、そんな表情を見せているみたいなので、それが病気から来るものとは、路恵をはじめ、子供たちも気にしなかたのだった。ただ、よく眠るようになってはいたが、いびきはすごく、苦しそうでもあったので、路恵が起きている時は、時々揺り動かして、起こしていた。そして水を飲ませて、少しテレビを見せたりしていた。ほとんど反応はなく、またすぐ眠ってしまうのだった。
 7月に入ると、雨が降っていても、蒸し暑く、部屋の冷房を一日中つけておかないと熱中症になってしまうかもしれないと、ニュースでさかんに注意している。悟の散歩も10日くらいしない日が続いた。そうなると、足の筋力が衰えて、家の中での歩行も、難儀になってくるのだった。今までは、二階に寝ていたが、夜中にトイレに起きることもあって、階段の上り下りに支障が出てきた。思い切って、居間に彼のベッドを置きその前が、トイレという何とも家の形態をなさないレイアウトになってしまったが、悟は、トイレが楽になったと喜んでいた。
 家に、介護者が出ると、普通の暮らしが成り立たないことがよく分かった。悟は病院に行くことを嫌がったのと、これ以上の手当てをしても回復する様子もないと思えたので、大学病院から紹介された近くの神経科の先生から処方される睡眠薬や、認知症向けの薬を路恵が受け取るという変化のないリズムで暮らしていた。大声のいびきや、寝言で暴言を吐くこともあったが、かつては怖いと思った路恵であったが、今は、足が動かないことで、どんなに大声が聞こえても、怖いことはなかった。
 めずらしく晴れた日に、散歩に行こうと悟を無理に外に連れ出した。もう公園までは行けず、庭を一周するのがやっとであった。二人で庭にあるベンチに座り、家を建てた時、友達からもらったケヤキに来る鳥を見ていた。
「彼はどうしているだろう」と、悟の言う彼とは、ケヤキをくれた友達だが、悟の友達で50歳代で肺癌で亡くなっていた。
「この頃会えないわね」と路恵は何げなく言った。
「 亡くなったからな。早かったな。ケヤキだけを残して、やっぱり木に生まれかわるのもいいな」悟の記憶は、古いほど鮮明なのだ。
「鳥がよく来るし、ケヤキっていい木よね」路恵は、悟が、ずーと生まれ変わりと言いながら、死を意識していることが気になったが、それ以上は聞かなかった。
「眠くなったから、ねたい」と言って、午後4時ごろから、居間に置いたベッドで昼寝に入った。これから夕食まで眠るのが、いつもの習慣になっていたので、路恵は、駅近くのスーパーに買い物に行くことにした。
 スーパーで、近所の親しくしている婦人に会った。路恵たちの散歩姿をいつも見ているらしく、「いつもご苦労さまですね」と言われ、彼女の両親の介護経験を30分近く聞いて、いつもよりは時間をかけて、買い物から戻った。
 悟は、静かに眠っているようであった。路恵は、夕食までは、眠っていてほしいと思ったので、出来るだけ静かにして、テレビもつけず、新聞を読んでいた。それにしても静かだなと、悟の様子を見に行って、なんだかただ眠っているのとは違う違和感を感じた。路恵は、悟の胸に耳を当てて、鼓動を聞こうとしたが、何も聞こえず、手を持ち上げるとだらんと落ちた。「死んでいるの???」にわかには信じられなかった。さっきまで話していたじゃない。「救急車を呼ぶようなことなのかしら??」こんなことを考えていたら、時間ばかり経って、助かる命もダメになると思い、あわてて救急車を呼んだ。「どんな様子ですか?」と対応する女性の声は落ち着いていて、こんなに切羽詰まっているのになんてのんびりしているのだと思わせられた。
「脈拍が感じられないのです。死んでいるのでしょうか」
「落ち着いて、順序良く話してください。まず住所とお名前をそれに患者さんの状態を」と言われて、路恵は、尋ねられたことを話した。
「救急車がすぐ向かいます」と言われて、路恵は少しほっとするとともに、子供たちにも知らせなければと初めて気が付いた。

                 
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           平成25年6月21日(金) 

 『しまちゃん』雨の降る日は来ない。いつも朝ごはんを用意しているのだけれど、今日は、朝から雨で、しまちゃんのご飯は、我が家の猫の昼ごはんとなった。猫でも、缶詰とはいえ、開けたてでないと食べない。缶詰は酸化しやすい。

                     *
 
 悟が、なかなか起きてこない日があった。路恵はいやな予感がして、いつもの朝ごはんの八時に彼のベッドに行くと、口を開けて、大きないびきをかいていた。「もう起きてご飯にしましょう」と悟の体をゆすった。
 「うーん」と言って、そのまま眠ってしまう。起きる気がしないようだ。確か昨夜は、夕飯が済んで、九時に眠ったはずだから、もう12時間くらい寝ている。これは何か異変が起きているのかしら、と思わされた。それでももう一回、少し強く体をゆすると、「起きるよ」と、悟は言って、大きく伸びをして、ベッドに座り、「どうしたんだ」と路恵に問いかけた。
「あなたがあまり、寝続けるものだから、脳こうそくでもおこしたかとおもったのよ」と路恵は答えた。
「昨夜、2時頃目が覚めて、4時近くまで起きていて、テレビを見ていたんだ。悟の部屋には、小型のテレビがあった。早く眠る癖のある悟は、夜中によく目を覚まして、このテレビで、BSなどの世界ニュースを見ていた。若い時は、路恵も悟も同じ部屋で寝ていたが、悟のこの早寝と夜中の目覚めが、路恵の睡眠を妨げて、ついには、路恵が高血圧症を発症して、二階の別の部屋で、路恵は眠るようになった。それで、悟が、夜中に起きていたことは分からなかったのだ。「何でもないのね」と路恵はひと安心したのと、話し方が、いつもの悟のようで、認知症が軽減されているのかと思え、少しほっとした。
「今日も歩くのか?」と悟はいやそうに聞いてきた。
「筋肉は、毎日弱るそうだから、晴れている日は、体を動かした方がいいのよ。体は、悪いところはないのでしょう」
「そうだけど、なんだか頭が変に重くて、今日は休みたいな」
「まずご飯を食べてから、どうするか決めましょう」と悟を食事に誘い、パンとコーヒーと野菜サラダにハムの簡単な朝食をとった。二人とも70歳を超えてから、食事にあまり関心がなく、止むおえず、三食をとっている感じであった。悟は、ウィークディは、日経ニュースをつけ、見るともなく見ていた。もう株は全部手放し、株価がどんなに下がろうが上昇しようが、関係なかったけれど、長年の癖で、見ているのだった。結婚した時から、株を持っていたが、いつも損をしていたな、と路恵は、かつての悟の株の動かし方を思い、おかしかった。
 ふと、悟の顔を見ると、泣いているように見えた。どうしたのか聞くのもはばかれ、「やっぱり散歩に行きますか?」と聞いてみた。「梅雨時なのに晴れているから、紫陽花なんかを見るのもいいんじゃないかしら」とそれとなく、悟の気をそらすことを言ってみた。「出かけるか」というので、二人は、またいつもの公園に出かけた。
 梅雨で、木々の葉が、光っていた。あちこちに、大株のアジサイが、ブルーやピンクの花をつけ、ちょっとした、運動には気持ちの良い環境であった。いつものベンチにすわり、大きな木々を見上げながら路恵は、「やっぱり木に生まれ変わりたい?」と聞くと、「何だそれ、誰が木に生まれ変わるんだ?」と悟は少し気色ばんでいった。前に言ったことを忘れているんだと、路恵は理解して、すぐ話をかえた。「何か食べたいものあります?」
「木に生まれ変わるのもいいな」と、悟は、まだ路恵の言った話の続きを考えているようであった。「人になるのはもう嫌だな。話したくない奴とも話さなくてはならんのだから。木か?いいな!」そう言って、ベンチの上に枝を広げているケヤキを眺めている。悟の認知症の具合はどうなっているのだろう?実際のところ、単なる老人ボケ程度なのではないのか、と路恵は、横目で悟を見ながら思うのであった。

                            
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            平成25年6月18日(火) 
 
 食事に来た『しまちゃん』朝7時半には来ている。今日の川崎市は晴れていたから、早くから来て待っていた。食事は、黒缶の11歳用を7匹で分ける。必ず削り節を混ぜて、香りが立つようにしている。黒缶は、好き嫌いがあって、『シロ』の餌には、チャオを混ぜたりする。

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 散歩は、あまり乗り気ではなかったけれど、「このまま座り込んでいたら車椅子生活になるよ」という路恵の口調に厳しいものを感じたらしく、悟は、また朝九時になったら、路恵と近くの公園まで出かけはじめた。そろそろ梅雨に入るらしく、空気は閉めっぽかったが、道路はまだ濡れてないので、滑る心配はなかった。公園では、ベンチに座って、木々を見ていた。「この公園の木もみんな大きくなったな」と悟が珍しくまっとうな感想を言っている。「どの木も50年以上になっているんでしょう。私たちがここに来て40年たつのですもの」路恵もつくづくと大きな木々を見上げた。ケヤキやクスノキ、ヒバの木、モミの木とどの木も公園で育っているおかげで剪定されず、伸び放題に枝を広げている。松ぼっくりやモミの木の大きな実などが転がっていた。悟は、ずっと木を見上げていて、少し悲しそうな顔をして、
 「俺は、木に生まれてきたかったな。あれこれ悩まず、人と話す必要もなく、こんなに立派に存在できるじゃないか。あのケヤキの太さといったら、結構な値段がつきそうだな。100年もたてば、褒められるような木になりそうだよ」という。人と話すことが嫌いだったんだと、路恵は改めて、彼の性格を確認した。彼の人生の楽しみってなんだったんだろう。そういう話ができる人ではなかったので、今初めて、木のように、人と話さなくていい暮らしが好きだということが分かった。もっと聞きたいと思ったけれど、そういう質問をすると、脳が、変化しそうで、怖くて聞けず、「木もいいわね」とだけ言った。悟は、路恵に言っているのではなく、勝手に話しているだけなので、路恵が答えなくてもかまわなかった。ただ、意味あることが聞こえると、頭が混乱する気がした。
 路恵自身は、大きな木のある公園だとは認識していたが、どちらかというと、木の下の小さな花の方に目がいっていて、今は、クローバーの花に覆われている一角がお気に入りであった。クローバーのコサージュもいいなと思っていた。二人は、ベンチに座っていつも30分はすごして、また家に帰った。
 ある日、出かけるのが10時ごろになり、それでもいつものように、公園で、ゆっくりしていたら、
「久しぶりにラーメンを食べに行こうか」と悟が言う。彼らの住まいから駅に向かう途中にちょっとした商店街があって、中華料理や蕎麦屋もあった。かつて、都心で事務所を開いていた時は、悟は、よくあちこちのラーメンを昼食に選んでいた。家に引きこもってからは、外食がなくなり、本当に久しぶりの外食になる。それでも自分から希望をいう事は、認知症が改善されているようで、路恵は、そうしましょう。と、二人でゆっくり駅へと向かった。12時半ごろお店に着くと、昼時の混雑で待たなければならなかったが、20分待っている間、悟に悪い症状が起きず、路恵はほっとしていた。
 ひびの入った手は、まだ痛むらしく、家では、時に食べさせてくれということもあったのに、ラーメン屋さんでは、一人で箸を使って食べていた。餃子もとって、昼にしては十分な料理となった。
 家に戻ると、疲れたから眠ると言って、ベッドで昼寝に入った。散歩を復活させてから、なんだか普通に戻ってきたように見えた。元気があるとは言えなかったが、大声を出したり、悪態をつくということがなくなっていた。この病気は、治ることもあるのだろうか?と路恵は、誰かに相談したい思いであった。この頃神経科の先生に診てもらってないので、来週でも、薬も減らせるかもしれないから、診察してもらいに行くよう勧めてみようと路恵は思った。やっと落ち着いた生活になってきたようで、認知症になった悟を歓迎したいくらいであった。もう「それは違うよ」といわれることもなかった。
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