平成25年7月3日(水) 
 
                
 『新参者』と『白竜』が階段の上で寝る。
左の白いシートは、その隅に尿をするネコがいるので、予防のため、三段敷いてある。猫の尿は、水で拭いても何日も残る。

 何キロやせたい? ブログネタ: 参加中
本文はここから かつて、48キロで、みんながそれでとても細いと思っていたようだけれど、身長が160センチしかないので、ふつうに7サイズから9サイズの間くらいで、それほど痩せてもいない。それが年月が立ち、たぶん運動不足で、58キロになって、久しぶりに出会う人全員に、「ふとった?」とこの言葉から始まるしまつ。おまけにサイズが11になって、ほとんどの服を買い替えてきた。せめて55キロになれば、9サイズでも着られる服ができて、「ふとった?」コールが減るのではないかと思う。昨日は、一週間ぶりにあった、母親にまで「太ったでしょう」と言われショック。



GIRLS UP
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           平成25年7月1日(月) 

 『シロ』ちゃん。赤ん坊の時から育てて、7月で七歳になるけれど、やっと首の下をなでさせてくれる程度にしかなれていない。ゴロゴロという声を聞いたことはない。気難しい猫なり。

                     *
「御親族は来られますか?」
「もうすぐ子供たちが来ます。先生はお忙しいですか?よかったら子供たちにも説明してやってください」
「そうしましょう。二年間お付き合いさせていただいた患者さんですから、最後に家族の皆様に病状など、分からないことをご説明します」
 
 常日頃は、父親を疎んじてきた子供たちもさすがに驚いて、すぐ駆けつけてきた。まるで眠っているようにしか見えない父親を見て、「本当に亡くなっているの?」と二人とも同じ質問をしてきた。《眠っているみたい》そう誰にも看取られず、眠っているうちに亡くなったのだと、改めて路恵は思った。「人間嫌いだったのだから本望でしょう」とも思った。
 夏のことで、葬式から埋葬まで五日とかからなかった。近所の人たちは、路恵が悟を連れて散歩する姿をよく見ていたので、これで路恵が解放されると思ってくれているようであった。人と付き合うのを嫌ったことで、近所の人でさえ悟と話した人は少なく、葬式に来る人は、路恵の知り合いばかりであった。
 両親の墓に入り、やっと実母に会えて、満足だろうなと、四十六年続いた 路恵との結婚生活より、六歳までの母親との思い出の方が大事だったらしい悟に腹が立った。今度から墓参りは、子供たちに行かそうと思うのであった。子供もあっさりしたもので、これからは、お母さんの好きなように生きればいいと言う。
 納骨を済ませ、家に帰って、最後に悟と座ったベンチに一人で座った。庭には大きすぎる欅を見ながら、なんて長い間、悟と闘ってきたことかと、思わずにはいられなかった。悟からは、「そうだね」と賛同する短い言葉すらもらったことがなかった。これからは、私の正義で生きていくのだわ。悟の《新しい正義》は、何年続いたっけ?五年?
「正義なんていらないのよ。そんながんじがらめが死ぬしかない体にしたのよ」と思わず声に出した時、ケヤキの枝が大きく揺れて、村さんと悟が手を振って現れたようであった。路恵は思わず「まだ駄目よ。猫だっているんだから」と叫んだ。その途端、スーと人影は消えて、いつもの小鳥たちの声が聞こえた。 

                      完


 《新しい正義・認知症》は、今日で完結しました。次の小説は、PTA について書いてみようと思っています。役員を七年間勤めました。
猫は、いつも登場してもらって、猫を助けている皆さんのブログ応援をしていきたいと思っています。

  今までの購読ありがとうございます。これからもよろしくお願いいたします。

               
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           平成25年6月30日(日) 

 今日は、ブルーアイが撮れた。目ヤニもとれると良かったのだけれど。あれこれいじると、姿を写すこともできなくなるので、良しとしました。雌猫なので、いつも機嫌が悪い。猫は毛の色による性格があるそうで、白でブルーアイの雄猫の場合、耳が聞こえない障害があるとのこと。雌の場合は、機嫌が悪いそうです。

                    *
 悟は、心臓発作で亡くなっていた。救急隊員は、もう手の施しようがないと言って、何も手当はしなかった。路恵には、心臓が悪かったのかなどの質問があったが、生活習慣病はなかったと言うしかなく、月に一度、大学病院での診察はあって、もう二年通っていると言った。その日の活動も聞かれ、午後三時ごろ、庭で三十分くらい過ごしてから昼寝を始めたので、買い物に出かけ、戻ってきた時も寝ているとばかり思って、新聞を一時間くらい読んでいて、あまり静かなので、様子を見たらもう死んでいたのです。ここまで話した時、突然、路恵は涙が出て止まらなくなった。救急隊員も同情して、「どこも悪くないようでいて、長い間動かずにいると、筋力の低下で、心臓発作が出ることがあります。埋葬には、医者の診断書がいりますから、かかりつけのお医者さんに診てもらって下さい。これから先は、医者の判断になります。この度は、心からお悔やみ申し上げます。この季節ですから、ちょっとしたことでも体が弱っている方には、つらいことも起きます。私たちは、これで失礼させていただきます」と言って、救急車は、三十分くらいで帰っていた。
 医者を呼ばなくてはならないんだと、大学病院の精神科に電話を入れると、担当の先生がいて、往診してくれるという。もう六時を過ぎていたが、この季節は、死体を長く放置することができないので、すぐ死亡診断書を書いてくれるそうだ。タクシーでやって来た先生は「御主人は、どこが悪いということもなかったのですが・・・やっぱり、筋力が相当弱っていたのでしょうね。認知症とうつ病が合わさったような症状でしたから、やる気が出なかったことが、一番の原因かもしれません。この二年、笑ったこともなかったんですよね。笑いの力は、癌ですら軽減させると思われていますから、その反対に、いつも不満があったり、悩みが深いと、それだけで病気になることもあるのです。ご主人は、超がつくほどまじめで、自分の殻を破るということが嫌いでしたね。死因を確実に知りたいようでしたら、解剖で分かりますが、どうなさいます?」
「解剖は結構です。寿命だったのでしょう。私と同じ年なので、七十三歳ですが、私から見れば、まだ死ぬ歳とは思えなかったので、信じられない思いですが、彼の一番の親友は、肺がんで、六十歳でなくなっています。昼間、彼の噂話しをしていたのです。今も、ただ眠っている気がします」と路恵は取り留めもなく話していた。そうすることで、涙が出なかった。
                             
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