平成25年2月23日(土)   

 
『タロウ』寒くて真ん丸になっている。

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 庭園美術館の食堂の部屋で見た植物画は、お茶の木やけしの花など、イギリスの東インド会社が優勢な頃描かれた植物画で、インドで見つけた薬草になりそうな植物の見本帳からはがして展示されていた。  
 この時は、宗像女史の目的は、綾先生にしても分からなかったが、その後、一年たった頃[モダーン・ティーカンパニー]という中国茶を専門に扱う会社ができ、同時に〈茶観悌〉という宗教が立ち上がった。この代表に宗像幸代の名があった。旗印が、お茶の木の花であった。この時初めて、彼女が、あの展覧会を見に行った理由が理解された。
 [モダーン・ティーカンパ二ー]は、原宿の表参道に面した古いビルの一階にあって、中国茶を販売し、同じ場所で喫茶店も営業していた。30人以上入れる広さがあって、話題を呼んでいた。ここも宗像の息がかかった店であったが、会社の代表は、別人の名であった。
 「宗像女史は、ついに私たちの近くに来たわね。原宿は、若者をゲットするには絶好の場よね。地方からも若者は来るし、喫茶店で見極め、後、〈茶観悌〉という宗教に引き込むつもりでしょうね」と、綾先生は、やれやれという顔をした。
 〈茶観悌〉は、何が本尊なのですか?と洋子がきいた。
「お茶でしょう。お茶は、インドや中国の山間地にふつうに生えていたのだけれど、4000年も前から、人の気を静める働きが発見されていて、地元の人たちが、民間療法として使っていたのね。それが、300年前頃から、ヨーロッパの人たちに紅茶として好まれるようになって、フランスとイギリスでは戦争も起きているわね。そうゆう歴史ある植物には、木の精でもいることにしているのじゃないの。お茶を飲むと気が静まるでしょう。そんな現象と、仏教の経典に通じていれば、多くの信者が集まるわね。宗教法人は、無税に近いから、そうして稼ぐのじゃないかしら。智子さんもこの研究所に来て、一年たつわね。その頃とは見違える顔つきだから、宗像さんに気付かれることもないでしょう。何よりあなたは、まだ天使ケルビルに守られていて、危険と思う人に会うと気配が消されているから、宗像さんにあっても気づかれないのよ。彼女もあなたを追いかけるのは止めているでしょう。他にいくらも獲物はいるんですもの。ただ彼女が、かつて、占いの館で男の人を殺していること、心臓まひということで警察は事件にしなかったけれど、彼女にはそういう力があるということを忘れないようにね。佐渡の事件は、自殺ということになったみたいだけれど、彼女が関わっているでしょうね」
 智子の植物に関する吸収力は、目を瞠るほどで、一年で、洋子クラスのことは、すっかり頭に入っていた、今では、洋子の[香辛料の成分]の研究を手伝い、主に、うつ病などに聞く植物の成分の分析に取り掛かっていた。綾先生の[ふだん着顔した毒草]は、新書版にしてはよく売れていて、一年で5刷までになった。
 佐渡で見つけたサルノコシカケは、秋に、後藤さんが収穫してくれて、郵送で送ってくれた。彼は、その木があったあたりの写真をいろいろ撮ってくれていて、その梅には、まだいくつかサルノコシカケがついていることが分かった。綾先生は、そのキノコが手に入ってから、大学の研究所でグループを組み、あたらしい試みを始めていた。そのため、この研究室には、竹さん、洋子、智子、恵美先生が常駐して、それぞれの仕事に打ち込んでいた。休みは、午後二時、昼食を兼ねて一時間、世間話をしたり、テレビを見たり、ゆっくりした時間を過ごし、あとは、それぞれに集中した仕事をしていた。智子でさえ、忙しくなっていた。恵美先生も智子を頼りにして、出入りの編集者や、大学の研究者を紹介して、恵美先生の代わりも務めるようになってきた。そんな折に、宗像女史が出現したのだった。

           

    
  
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            平成25年2月22日(金) 

 
『タロウ』と『良い子のよっちゃん』この二匹は、階下で眠る。本当は二階にも行きたいのだが、二階に住む『シロ』に徹底的に嫌われていて、いつも猛々しく追い払われる。

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 「香辛料になる植物の研究は気持ちいいでしょうね。いい方面を見つけたわね」
「姉にもそう言われたわ。堀越家は、日本の土地に根付いた霊だから、日本古来の植物を追いかけるのは私に合っているというのよ。ハーブという言われ方が定着して、 タイムやコリアンダーなどが、香辛植物と思われているけれど、紫蘇やショウガの方が日本人には合っているはずなのよね。料理に混ぜ込んでもいいし、わたしは、結構料理を作るのが好きなので、姉なんかそのまま料理の先生になればどうとか言っているのよ」
「そうゆう方面に進んでもいいわね。病気を本当に直すのは、食物なのでしょう。何もかも抽出して薬にする必要はないはずよ」
 二人は、智子がつくった冷奴や豚の生姜焼き和風のサラダなどを食しながら話していた。洋子は、智子に質問はしなかった。代わりに智子が自分で答えた。
「私は、まだ何を求めたらいいか分からないので、この一年は、皆さんのお手伝いをして、しなければならないことを見つけようと思っているの。植物園をできるだけ見ておきたいし、これからは、こんなにゆっくりしていられないことでしょう。そうしないと、間に合いそうもないものね。洋子さんの研究も手伝わせてね」と、智子は、洋子が親切に夕食を食べに来てほしいと、言ってくれたことをやんわり断っていた。こんな日々を続けてはいられないだろうと、全身で感じるのであった。
 新しい住所になってから、智子の生活は、軌道に乗り始めた。先生方の研究の仕上げにずいぶん手を貸した。パソコンも最新型の智子専用のものが与えられ、検索の依頼も多くなった。それらをプリントして、先生たちの机に置いておくという仕事や、下書きの原稿の仕上げもあった。智子自身自分の能力を考える暇もないくらい次々依頼仕事をそつなくやり遂げていった。夏も過ぎると、本当に頼りになる人材になっていたが、智子はただ忙しく日がたっていくように感じるだけであった。帰宅したら、植物図鑑に目を通したり、植物が関わるビデオを見たりして、気づけば、洋子の家に行ったのは、引っ越してきた日だけだったと思うのであった。
 九月になって、東大植物園に一人で行った。この頃、どこに行くのも独りで動くことが多くなっていた。植物園の隣には、都立庭園美術館があった。元皇族の住居後を美術館に改造したところなので、建物全体が美術的鑑賞に値していた。そこでイギリスの植物画展を開催していたので寄ってみたくなった。イギリスは、中世のころから世界の植物に目を向けていて、植物画の分野も抜きん出ていた。写真のない時代のため、目的が記録であったので、絵が蜜に描かれていて、写真で見るより詳しく植物の構造が分かった。
 皇族の住居だった部屋は、ランプや扉、階段の様子などにアールデコ様式が取り入れられていて、美術館というより明治時代の貴族の雰囲気に浸れるのだった。家族の食堂という場所へ入ろうとしてもう一つの戸口から出ようとしている宗像幸代を見かけた。智子は、急いでその部屋に入り、その戸口へ向かって宗像を追った。彼女は、階段を下りながら、携帯電話をかけていて、智子の方を見ることもなかった。そこまで見てから、また二階の展示室に戻り、彼女は、何の植物を見に来たのだろうと、食堂にある10枚以上の作品をじっくり見たが、よく分からなかった。その部屋には、主にインドの植物が取り上げられていた。分からないまま、彼女が去って30分以上経ってから、美術館を後にした。
 研究所には、竹さんしかいなかった。「今日はどんな収穫があった?」と、竹さんの口調はいつもすこしからぎみなところがあったが、彼女が、まじめに話すのを嫌がっているだけで、決してからかっているのではないことは、よく分かっていた。だから、いい加減な答えをすることは、竹さんを敵に回すことになるのだった。
「都の庭園美術館で宗像幸代さんを見かけました。彼女は、私に気付いていませんでしたけれど、彼女が帰ったと思われる時間から30分後に美術館を出ました」
「何の展覧会だったの?」
「イギリスの植物画です。インドの植物を書いた部屋から出てきていました。後で、じっくりそれらの植物を見ましたが、彼女はなにを気にしていたのかよくわかりませんでした」
「すれ違ったの?」
「いえ、出口が二つある部屋で、私が入ろうとしたとき、彼女がもう一つの出口から階段の方に向かっていきました。そっと後ろから見てましたが、携帯電話をかけて急いで階段を下りてえ行きました」
「今日は、植物園に行ったのよね。美術館の予定はなかったのでしょう。」
「隣で、植物画展をしていると分かったので、思いついて鑑賞しようと思ったのです。だから閉館まじかだったと思います」
「私じゃわからないけれど、綾先生に、そのインドの植物画のことを伝えた方がいいわね。なにかあるのでしょう」

         

   
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             平成25年2月21日(木)    

 
『シルビア』十歳で、癌を発症して、10年前に亡くなりました。長生きする猫は、20歳くらい生きるようですが、癌を発症すると助けられません。亡くなった当日も、朝少し庭で昼寝して、午後3時ごろ、窓際で静かに亡くなりました。ずっとついていたのですが、いつ息が止まったのかわかりませんでした。今は、椿の下で眠っています。

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 智子のマンションは、洋子たちの派手なマンションの真裏にあって、エレベーターもない4階建ての古い建物であった。しかし、マンションというものを作り始めた頃のもので、骨組みなどがしっかりしていた。また、目白という場所柄、当初の入居者は、著名人も多かったようで、古いけれど、共用部分の階段などが広々としていた。55平米の広さの部屋は、一人で暮らすには、広すぎるくらいである。
 すでに運び込まれている智子の家具なども、収まるところにうまく配置されていたので、食器や衣類、細かい家庭用品をしまい、智子が一時集めていた初版本の置き場を考えるだけであった。本は、組み立て式の金属の棚に保管していたので、さすがに棚の組み立てなどは、智子に任せるようになっていた。
 驚いたことに、かつての智子の部屋になかったベッドと食卓テーブルがセットされていた。アパートでは、畳に布団を敷く生活で間に合っていたが、このマンションには、畳の部屋が無くベッドも作り付けの設備にしなくはならなかったのだろう。テーブルは、この部屋が、数理学研究所ということになっているから、やはりアパートで使っていた安い座机では、役に立たないと思って用意されたみたいだった。智子の家具は、何もかも安かったわけではなく、キャビネットは、20万円したイギリス製の家具だし、冷蔵庫も大型のものを揃えていた。こだわって買った家具に、仙台ダンスもあった。このほんの二~三棹の家具は、アパートの部屋をみすぼらしさから救っていた。これらも適した場所に設置されていたので、初めての部屋にも拘らず、親しみを覚えた。初版本を含めて、本は500冊くらいあったので、寝室のベッドの脇に金属パイプ製の棚を組み立て、小型のテレビ、ビデオセット、初版本専門のケースそして、植物の本などを並べた。夜用の手元ランプは、ポールに止められるクリップ式だったので、棚のポールに止めると塩梅がよかった。
 7時ごろになって、洋子が訪ねてきて、夕食を洋子の家に用意したので、来るようにと誘われた。洋子は、智子の部屋に入ると、珍しそうに眺めていた。
「このマンションの中は、初めて見るの?」と智子は聞いた。
「中を見るのは初めてね。使いやすそうじゃない。このマンションは、三タイプあって、一番広い部屋があるのはのは、四階と一階ね。ここは二階でしょう。この階と三階は、同じつくりで、55平米と66平米があって、一人暮らしか夫婦だけという家族が多いみたい。広い部屋は、おおかた事務所に使われていて、普通の暮らしと、仕事場が混在しているのよ。その方がいろんな人が出入りするので、一人暮らしが目立たないという考えらしいわよ。しかし、ある程度危険でもあるのよね。それで、私たちの近くで捜したのよ。運がよかったわね。なかなかこの値段で、こんなしっかりしたマンションはこの辺りでは手に入らないから」
「元の持ち主は、誰なの?」
「やはり政府関係の経理の事務所だったらしいのよ。それで、不動産屋に出される前に持ち主交代がうまくいって、今は、先生たちの大学の物なのよ。前の仕事の人たちは、大方高齢だったので、一年もすれば、間違って訪ねてくることもないでしょうけれど、しばらくは、地方の関係者などが訪ねてくるかもしれないから、移転したことを書いたプリントを作って、彼らに渡すことになっているわ。とにかく食事をしましょう。お腹すいたでしょう」
「ありがとう。いつもいつもお世話ばかりかけるわね。今日は、お姉さんは、ご在宅なの?」
「姉は、しばらく留守。スイスに行っている。義兄の兄弟の結婚式らしい。だから、あと一週間は帰ってこないから、夕食は、家でしましょうよ。広い部屋で一人で食事をしているとさびしくなるのよ。鹿児島の暮らしって、八人くらいで夕食のテーブルを囲んでいたから、ポツンとした食事って苦手でね」
「パティに会いたいわ。今日は甘えて、御馳走になろうかしら」二人は連れ立って、隣のマンションに入った。高級マンションで、夜9時ごろまで、常駐の管理人がいた。その上、暗証番号で部屋への入り口を開けなければならなかった。
 「いつみても素敵なお部屋ね」玄関に迎えに来ていたパティを膝に乗せながら、智子はつくづくと言った。
「でも。マンションて、田舎育ちには息苦しいところよ。姉も、よくスイスイに行くのは、自然に触れたくてここを逃げ出しているのよ。鹿児島には、両親と弟がいて、今では、彼らの陣地で、私たちが訪ねても居場所がないという処だから。東京というところは、仕事をするところね。仕事には絶好の場所よ。たとえ自然が研究対象にしても最後は、東京の研究所で結果を出すということですもの」
「洋子さんは、研究課題見つかった?」と智子は唐突に聞いた。洋子といるといつも雑談ばかりになってしまうけれど、これでは時間がもったいないと思うようになってきた。気を抜くのは、一人になった時だけでいいのだと、智子は、この一か月、綾小路先生をはじめ研究所の人たちが智子に対して気遣ってくれたあれこれを思うと、遊んでいる時間はないのだとつくづくと思わされた。
「まだはっきりとは決めかねているけれど、先生方は、植物の毒がテーマでしょう。私は反対に食べられる植物で、主に食欲増進の役割をするショウガとかみゅうがとか日本の古くから使われる香辛料という分野をまとめてみようかと思っているの。おそばなんかネギだけ増やすだけで抜群においしくなるでしょう。ああいった種類の香りなんかは、うつ病などの初期に効く共通の成分があるかもしれないと思うのよ。 第一、よく知っている植物を扱うのが、私には合っているから」と洋子は愉快そうに笑った。
  
               
               

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