平成25年2月19日(火) 
 
 
座椅子に『まる』が寝ている。この座椅子に爪とぎをするネコがいるので、いつもバスタオルをカバーにしている。バスタオルは、軟な布なので、すぐ駄目になる。このタオルは三枚目。ミッキーの図柄と猫が面白い。これも仮のカバーで、本格的には、デニム地くらいく強い布でないと、長持ちしないと思っている。

                      *

 盗聴騒ぎから3日たった土曜日に、洋子さんが、「智子さんの部屋、決めてきたわよ。いいところ、あそこなら、さびしくならないし、安全よ」と、智子の仮り住まいの四階の部屋へ報告に来た。智子は、一人でテレビを見ながら朝食をとっていた。この頃は、パンとサラダと牛乳という定番で済ませていた。次々起きる出来ごとで、このところ、規則正しい時間を過ごしているようには思えなかった。
「ずっと部屋を捜してくれていたの?」と智子は、自分の意志と関係なく、自分の方向が決められていくことに馴れてきていた。
「そうよ。先生方も気にして、早く、智子さんが規則正しい生活ができるように、まず部屋を捜すことを優先にしていたのよ。私のマンションの後ろに隠れたようにあるマンションなので、目立たないし、いつでも家に来られるじゃない。先生は、大学の名で、そこを手に入れたのよ。今度は、〈全日本数理学ラボ〉と名札がついている。数理学とい科目があるのかないのか、あいまいにしてある訳よ」
「そこが今度の私の住まいなの?」
「そうよ。預かっていた荷物も全部配送されたみたいで、残っているのは、ここにあるのだけ、今日中に運び入れることになっているのよ」
「すごいわ、まるで物語の中の人物に乗り移って動いているみたいな生活ね。自分では何もしてないのに、いろんな変化が立体で起きているのだから、気づいたら夢だったというみたいだわ」
「今日は、綾先生の研究の整理を進めなくてはならないから、見に帰る暇はないので、夕方一緒に帰りましょう」
 二人は、下の研究所に出勤して、綾小路先生が一般の人を対象に出す新書版の本の校正を手伝うことになっていた。《身近な植物の毒》というタイトルで、道端や自分の家に植えている花々などに思いもかけない毒が含まれているということを教える内容である。専門家が参考にするほど詳しい書き方ではなく、読みやすいように、伝説的な逸話も取り上げ、面白い読み物に仕上がっていた。智子は、読者が一般の人と聞き、タイトルが硬いのではないかと感じた。恵美先生なら言ってみてもいいかなと、
「先生、このタイトルは決定しているのですか?」と聞いた。
「智子さんんは、別の方がいいと思うの?」と、きりかえされて
「いえ、ただこの本は、専門書というより、一般の方々に、楽しく読んでもらって、よく知っている草花にも思いがけない毒があることを認識させたいという意図のようなので、思わず手に取りたいと思わせる表紙のほうが得かなと思ったのです。この頃、文庫本でも、イラスト入りだらけで、優れたイラストに惹かれて本を手に取るようですが、新書版は、装丁が地味ですから、タイトルが勝負かなと思ったのです」
「そうね。このタイトルはよくあるでしょうね。智子さんに何か代案はあるの?」
「自信はありませんが、《ふだん着顔した毒草》というのを一つ考えてみました。こんなタイトルだと、私なら、ちょっと覗いてみようかと思ったものですから」
「いいわね、本来のコンセプトが出ているし、新書版の中ではくだけていて、手に取る主婦なんかがいそうね」と、綾小路先生が話の中に入って来た。いつの間にか出勤して来ていて、ゲラ刷りに目を通し始めた。
「いいですね」と恵美先生も言った。「私たちは、研究者であり過ぎて、この辺が、硬いのよね。智子さんは、我々より外の世界が長いから、これからその調子で、気づいたことを提案してね。出入りの編集者どもは、私たちに遠慮していて、自分からアイディアを出さないから、」マンネリになるのよ」恵美先生はちょっと腹立たしそうに言っていた。
「それはそうと、智子さんは、住まいのことを洋子さんから聞いたでしょう。勝手に決めさせてもらったけれど、あなたが動くより、私たちで決める方が安全だったから、大学の研究室の一つとして登録したわ。部屋代は研究室で払うので、気にしなくていいわよ。あと生活にかかわる費用を持って下されば、いいだけだから、これから落ち着いて暮らせるはずよ」
「ありがとうございます。洋子さんのマンションの近くとか、皆さんにご迷惑をかけてばかりですみません。早くお役にたてるよう、頑張ります」とさすがに、二か月近く、共に過ごしているので、口も軽くきけるようになっていた。
 5時になると、新しいマンションに帰って、部屋を片付けるよう促された。四階の仮住まいの荷物も昼間の内に、運ばれていた。鍵を二本渡されて、一本は、洋子に渡しておくように言われた。この鍵は、簡単には複製できないとのことだった。
  
   
                           
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         平成25年2月18日(月) 



二階への階段は、この猫たちのいる手すりの下にあって、すぐ下が、一階になる。落ちたら危ないと思いながら、30年たつが、落ちた猫はいない。 
                     *

 研究室では、『コフキサルノコシカケ』を採取するニュースがどうして宗像幸代の知るところとなったのかが問題になった。連絡してきた後藤氏は、他の人に話すわけはなく、研究室で綾小路先生が佐渡に行く本当の目的を知っているのは、竹さんくらいであった。
「後藤さんからの電話は、一週間前よね」と綾先生は、じっと固定電話を見ていた。「この部屋に入った人は、いつもの知り合いでしょ。店屋物もとらないし、郵便屋さんが書留を持ってきたくらいよね」
「そういえば、宅急便が来ましたが、知らない方の本でしたが、印鑑がいるので、すこし電話から離れたかもしれません」
 それを聞いた綾先生は、みんなに黙るように口に手を当て、電話を調べた。次に、玄関近くのコンセントを見ると、何かタップのようなものがついていた。それを見た先生は、「近じか沖縄に行くことになりそうなのよ」と言って、竹さんに片目をつぶって合図を送った。竹さんは「あの珍しい植物が見つかったのですか」と続けた。それを受けて先生は「そうなのよ。それを手に入れれば、今までの研究結果が出るわ」と言って、タップをそっと抜いて、玄関のたたきに落とした。「何かにぶつかっちゃたわ」という頃、そっとその器具の配線を抜いていた。
 それから竹さんに耳打ちして、アンテナのような器具を持って来させて、部屋中にその器具を当て、なにかを捜していた。一通り検査が済むと、
「これで盗聴器はないでしょう。まったく油断ならないわね」と竹さんといいあった。
「先生、盗聴器が仕掛けてあったのですか」と洋子がきいた。
「そうらしいわ。玄関口だから、何もかも聞かれた訳ではないでしょうが、私が佐渡に行くことは知られたわね。後藤さんと私が植物の関わりを持っていることもばれて、それで、何を捜しているのか、後藤さんから聞こうとしたのかもしれない。早く戻ってきて正解だわ。ぐずぐずしていたら後藤さんに迷惑がかかるから。電話盗聴でなくてよかったわ。電話だったら、今頃あのサルノコシカケは盗まれているでしょう」
「研究者でもないのに、宗像という人は、なぜそんなものを狙ったのかしら?」と竹さんは、先生に聞くともなく言った。
「あのキノコは、免疫にかかわる成分を持っていて、おまけに多年草なので、大きく育ってくれるのよ。佐渡だから、残っていたともいえるわね。癌とか、循環器系の疾患にも薬効があるのよ。誰でも手に入れたいでしょうね。彼女は、宗教を立ち上げようとしているのだから、病気を治す漢方薬には、特に興味があるのかもしれないわ。今回は止めにして、秋に行くことになっているの。真夏は、あの辺りも草が茂って、近づくのが大変なのよ。少し時間を置きましょう」
「先生沖縄の話はなんですか?」と」また洋子がきいた。
「まだ盗聴器が作動していたので、遠いところを言っておいたの。行くなら沖縄にでも屋久島でも行けばいいからよ」
「出鱈目なんですか」
「今のところ出鱈目ね。でも沖縄や屋久島は、研究者が何人かいて、彼らと連絡も取りあっているから、パソコンで、それとなく注意をしておくわ。さて、宗像という人が、佐渡に居たのは分かったけれど、どこかに根拠地を作るはずね。そこが分かれば、こちらも動きやすいのよね。竹さん、こうなったら私たちだけでは、手が回らないから、山本さんに頼みましょう。少し出費がかさむけれど、こんなに行動が制限されるのでは仕事にならないから」
「そうですね、彼は、有能ですから、一か月もあれば答えを出してくれるでしょう」
「みんなもしばらく気を付けてね。この研究所は、本の出版元になっているはずなのに、この盗聴器で」、研究所とばれたので、これから、一層気が抜けなくなったわね。智子さんの部屋を早く見つけましょう。いつまでもこのマンションにもいられないでしょうから。
 智子は、佐渡で、男の死体が出たというところから、感覚がマヒしていたように感じた。何も言わない、何も問わない時間を過ごしていたようだったなと思い返した。住まいまで、どんどん人が決めていく。それも智子のことを思って、まるで、危険なおとぎの国に住んでいるみたいだと思った。

                 
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           平成25年2月17日(日) 

 
『よっちゃん』が何かを見ている。

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 「後藤さんとの約束は、午後1時なので、それまでに大野亀の〈トビシマカンゾウ〉を見ておきましょう。酒田市の沖合にある飛島で、発見され、名づけられた名だけれど、他には、ここにしか自生してない花で、群生して見ごたえあるわよ。そのあたりの草花も写真に撮れば後で、ゆっくり種類は調べられるし、佐渡の最北端へはそうたびたび行くこともないでしょうから、チャンスよ」宿を8時に出て、約一時間かけて大野亀についた。丁度花が満開の時期で、オレンジ色の百合に似た花が緩やかな風に揺れていた。
「ノカンゾウに似てますね」と智子が言うと、
「ワスレグサ属の仲間で、ニッコウキスゲやユウスゲなどの仲間だからどれも似たようにオレンジの花を咲かせ、背丈も一メートルくらいあるので目立つわね。薬効は今のところ知られてないけれど、毒草ではないでしょう」
 まだ朝早くて、観光客も見えず、160メートルほどの岩山の上には、石塔が奉納されていて、そこから見える日本海は素晴らしく青かった。そこで一時間くらい過ごしてから、もう一か所、ドンデン高原に行くことにした。そこから金山には短時間で行けるので、佐渡で有名なシャクナゲやつつじが群生しているという草地を訪ねた。花の盛りは終わっていたが、寒冷地なので、遅れて咲いている花の色は、本土で見る花の色よりはるかに濃い色を見せている。
「東京の夏は、植物に酷なのでしょうね」智子は、八甲田山で見た花々の色を思って言った。
「そうね。夏の代表的なサルビアでも軽井沢で見る赤の色と違うわね。東京の夏は変に蒸し暑くて、それに合う植物は、まだないのかもしれないわね、草は、元気だけれど、この頃アラゲハンゴンソウをよく見るようになったけれど、アメリカからの帰化植物で、小さなヒマワリのようで、夏に見るのはいいわね」
 そんな話で盛り上がりながら、ここでは山には上らず、高原の一部を散策して、金鉱山の観光路に向かった。佐渡金山の近くに行きつくと、鉱山の入り口近くで、何台か救急車やパトカーの赤いランプが点滅していて、何か事故が起きたらしいことが察せられた。近くの駐車場には、観光バスをはじめ、自家用車も止まり、人々は外に出て、4~5人の小さなグループで声を低くして不安げに話していた。
「何か嫌な予感がするわ。事故があったに違いないけれど、パトカーが多すぎるわね」と、綾先生は用心する身構えをしている。智子が、とりあえず、駐車しようと、車を空いたスペースに滑り込ましている最中、駐車場を出て行こうとする一台の車があった。こんな時、もう帰る車があるのだと、バックミラー越しに運転手を見ていた。はっとしたことに宗像幸代にとても似ていた。
「宗像さんかしら」と、思わず智子は口に出した。
「宗像さんがここにきているとは、後藤さん大丈夫だったかしら」と綾先生の心配が智子にはよくわからなかった。サルノコシカケと宗像は、どんな関係があるのだろう。宗像の自動車がすっかり見えなくなってから二人は車から降りて、ちかくでたむろしている観光客の人に事情を聴きに行った。
「金山コースのずっと奥の方で、男の人の死体が見つかったそうで、観光客は、外に追い出されてしまったのよ。2時間前くらいに発見されて、それから大騒ぎで、我々もなかなかここから出してもらえないので困っているの。詳しいことは、入山口の担当者が説明してくれるらしいわ。と、パトカーや警察官が動き回っている場所を指差した。
「本当は、警察官とは接触したくないけれど、まずここで下手な動きをすると、目立つから、観光客の振りでまず後藤さんを見つけましょう」綾小路まり子は、必要なバッグだけを持って智子について来るように言った。智子も自分のリックを担いで、金山の観光にきて、足止めを食ったと思うことにした。
「今日は、観光はできないのですか?と、綾先生は。金山の担当者に聞いていた。「事故がありまして、人が亡くなったので、いまその検分中でして、時間がどのくらいかかるかもわからないので、今日は中の公開は中止になります。明日のこともちょっと分かりません」そこへ、警官がやってきて、智子たちに、質問をしてきた。綾先生は、東京の大学の名を言って、名刺を渡していた。佐渡の植物を見に来たこと、智子のデジタルの写真の一部も見せ、一番知りたいことを聞いていた。佐渡に来たのは初めてなので、ここで待ち合わせをして、案内人に会う予定があるのだと言った。警察官は、彼女の名刺を見てから態度が変わり、どうぞご自由になさっていいですということを言って、去って行った。
 後藤昇という彼女の待ち合わせの男性は、まだ来ていなかった。待ち合わせの時間にもなっていなかったので、自動車に戻った。誰が犠牲になっているのか、これ以上のことを聞くと、智子たちに疑念をもたれないとも限らないので、一時までは、車で待とうということになった。他の観光客たちも、一人一人、尋問をされていて、観光バスもなかなか動かせないらしかった。
 こんこんと車の窓をたたく人がいた。後藤昇さんだった。先生は、すぐ車に乗るように言って、この事故について説明を求めた。
「実は、亡くなった人は、私と間違えられたのでしょう。まったく私とはかかわりはないのですが、背格好と年が似ていて、拉致されて、結局問われたことに答えられなくて、殺されたのではないかと思っています。ここへ来るのは危なかったのですが、先生に万が一のことがあってもと思って、来ました。一応ここを離れましょう。そろそろ車が動いてもよさそうになって来ましたから。宿根木まで行きましょう
後藤さんの縄張りのところね。後藤さんはどうやって来たの?」
「自家用車ですが、店の者の運転できましたから」
「今回のサルノコシカケに関係しているってことね」
「そうではないでしょうか。どこからか今回の情報が洩れて、やはり本物の〈梅寄生〉を欲しがった人の仕業たと思います」
「殺人までしてほしがるとは、よほどの大きさなのね」
「そうです。立派な〈コフキサルノコシカケ〉です。たまたま春の山菜取りに山深く入り込んだ時、梅の花を見つけ、その時見つけたのですが、1時間くらい山に入りますから、そう簡単には見つけられないでしょう。今は、山菜取りも終わりましたから、秋まで待っても大丈夫かと思いますが」
「そうね。今回は、止めましょう。どうも危険な人物もこの佐渡に来ているらしいと分かったので、あす、早々に帰ります。後藤さんも気を付けてね。宿屋にいる分には、危険はないのでしょう」
「こんなことは初めてです。サルノコシカケは、他でも取れますし、ここでそれを使う民間療法もありませんから、ほとんどの人が、かつての薬草に興味を示さなくなっています」二人が後ろの座席で話し合っているうち、宿根木につき、彼が働いている、宿屋についた。この辺りは、江戸後期から明治にかけて栄えた船主や名主などの民家が残され、それらを利用した宿屋が多くあって、古い時代にタイムスリップしたような雰囲気があった。彼の宿屋も200年前の船主の家を利用していて、そこにいると何となく落ち着けるのであった。
 後藤さんは、ここの番頭格なので、時間は自由になった。しばらくここで休むよう言われて、とりあえず、温泉で気分を休めた。それから地元の菓子を振舞われて、後藤さんと先生は、智子の知らない人の名などを出して、打ち合わせをしていた。秋にもう一度、訪れるということになったらしい。それまでは、その近くに誰も近づかないようにすることが、盗掘などの目に合わないだろうということになった。
 次の日は、赤泊漁港前から寺泊港ヘ向かい、長岡から新幹線で帰京した。予定の半分で、帰ってきたので、研究所の人たちは、うるさいくらい質問攻めであった。