平成25年2月22日(金)
『タロウ』と『良い子のよっちゃん』この二匹は、階下で眠る。本当は二階にも行きたいのだが、二階に住む『シロ』に徹底的に嫌われていて、いつも猛々しく追い払われる。
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「香辛料になる植物の研究は気持ちいいでしょうね。いい方面を見つけたわね」
「姉にもそう言われたわ。堀越家は、日本の土地に根付いた霊だから、日本古来の植物を追いかけるのは私に合っているというのよ。ハーブという言われ方が定着して、 タイムやコリアンダーなどが、香辛植物と思われているけれど、紫蘇やショウガの方が日本人には合っているはずなのよね。料理に混ぜ込んでもいいし、わたしは、結構料理を作るのが好きなので、姉なんかそのまま料理の先生になればどうとか言っているのよ」
「そうゆう方面に進んでもいいわね。病気を本当に直すのは、食物なのでしょう。何もかも抽出して薬にする必要はないはずよ」
二人は、智子がつくった冷奴や豚の生姜焼き和風のサラダなどを食しながら話していた。洋子は、智子に質問はしなかった。代わりに智子が自分で答えた。
「私は、まだ何を求めたらいいか分からないので、この一年は、皆さんのお手伝いをして、しなければならないことを見つけようと思っているの。植物園をできるだけ見ておきたいし、これからは、こんなにゆっくりしていられないことでしょう。そうしないと、間に合いそうもないものね。洋子さんの研究も手伝わせてね」と、智子は、洋子が親切に夕食を食べに来てほしいと、言ってくれたことをやんわり断っていた。こんな日々を続けてはいられないだろうと、全身で感じるのであった。
新しい住所になってから、智子の生活は、軌道に乗り始めた。先生方の研究の仕上げにずいぶん手を貸した。パソコンも最新型の智子専用のものが与えられ、検索の依頼も多くなった。それらをプリントして、先生たちの机に置いておくという仕事や、下書きの原稿の仕上げもあった。智子自身自分の能力を考える暇もないくらい次々依頼仕事をそつなくやり遂げていった。夏も過ぎると、本当に頼りになる人材になっていたが、智子はただ忙しく日がたっていくように感じるだけであった。帰宅したら、植物図鑑に目を通したり、植物が関わるビデオを見たりして、気づけば、洋子の家に行ったのは、引っ越してきた日だけだったと思うのであった。
九月になって、東大植物園に一人で行った。この頃、どこに行くのも独りで動くことが多くなっていた。植物園の隣には、都立庭園美術館があった。元皇族の住居後を美術館に改造したところなので、建物全体が美術的鑑賞に値していた。そこでイギリスの植物画展を開催していたので寄ってみたくなった。イギリスは、中世のころから世界の植物に目を向けていて、植物画の分野も抜きん出ていた。写真のない時代のため、目的が記録であったので、絵が蜜に描かれていて、写真で見るより詳しく植物の構造が分かった。
皇族の住居だった部屋は、ランプや扉、階段の様子などにアールデコ様式が取り入れられていて、美術館というより明治時代の貴族の雰囲気に浸れるのだった。家族の食堂という場所へ入ろうとしてもう一つの戸口から出ようとしている宗像幸代を見かけた。智子は、急いでその部屋に入り、その戸口へ向かって宗像を追った。彼女は、階段を下りながら、携帯電話をかけていて、智子の方を見ることもなかった。そこまで見てから、また二階の展示室に戻り、彼女は、何の植物を見に来たのだろうと、食堂にある10枚以上の作品をじっくり見たが、よく分からなかった。その部屋には、主にインドの植物が取り上げられていた。分からないまま、彼女が去って30分以上経ってから、美術館を後にした。
研究所には、竹さんしかいなかった。「今日はどんな収穫があった?」と、竹さんの口調はいつもすこしからぎみなところがあったが、彼女が、まじめに話すのを嫌がっているだけで、決してからかっているのではないことは、よく分かっていた。だから、いい加減な答えをすることは、竹さんを敵に回すことになるのだった。
「都の庭園美術館で宗像幸代さんを見かけました。彼女は、私に気付いていませんでしたけれど、彼女が帰ったと思われる時間から30分後に美術館を出ました」
「何の展覧会だったの?」
「イギリスの植物画です。インドの植物を書いた部屋から出てきていました。後で、じっくりそれらの植物を見ましたが、彼女はなにを気にしていたのかよくわかりませんでした」
「すれ違ったの?」
「いえ、出口が二つある部屋で、私が入ろうとしたとき、彼女がもう一つの出口から階段の方に向かっていきました。そっと後ろから見てましたが、携帯電話をかけて急いで階段を下りてえ行きました」
「今日は、植物園に行ったのよね。美術館の予定はなかったのでしょう。」
「隣で、植物画展をしていると分かったので、思いついて鑑賞しようと思ったのです。だから閉館まじかだったと思います」
「私じゃわからないけれど、綾先生に、そのインドの植物画のことを伝えた方がいいわね。なにかあるのでしょう」
