荷風生誕の地を訪ねる | 小林一郎と歩く「ガード下」と「横丁」

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「ガード下学会」「横丁・小径学会」活動の報告および、予定などをお知らせします。

土曜日は、「横丁・小径学会」で永井荷風・生誕の地を訪ねました。生誕の地の場所は小石川台地、文京区春日2丁目。海抜23mほどの高台で、目の前が、新派の劇作家、川口松太郎さんの「川口アパートメント」です。
この台地の東には白山通りを渡ったところに白山花街(海抜9m)がありますが、荷風は生涯この生まれたご近所の花街には興味を示さなかったようです。
ちなみに、今和次郎の『新版大東京案内』によりますと、白山の花街は二等級、荷風は新富町にも住んだことがありますが、その新富町の花街も二等級で、荷風が通い詰め、身請けしたのは一等級の新橋芸者でした。ただし、明治期一躍脚光を浴びた新橋芸者も大正期に入ると流行のカフェに客をとられ、荷風も尾張町(現在の銀座5丁目。かつて、銀座は4丁目まででしたが、拡大に次ぐ拡大で現在は周囲一帯が〝銀座〟という町名に変更されています)のタイガーという店に通った、とのことです。ちなみに、銀座4丁目の角にあるビアホールのライオンはかつてのカフェ「ライオン」。こちらはフランス料理の精養軒が持っていたこともあって、女性がちょっとでも度を超したサービスをすると、即刻解雇した、という健全な店。カフェと言えばライオン。でも、その店から銀座通りを渡った斜向かいのタイガーはその解雇された女性を雇ったという店。もともと、カフェというのは過剰なエロサービスを携えて関西からやってきた文化だそうです。とはいえ、銀座の1~2丁目? とは違い、タイガーも一流中の一流の店。荷風はライオンではなくサービスが期待できるタイガーを馴染みの店にした、とのことです。