窓を拡大し、さらには消滅にまで突き進めたエネルギーとは?
光と風を採り入れる窓は二回、大きな変遷を経験しました。
その一つは、ゴシック建築時に誕生したステンドグラス。これは、吹きガラスといって高温で熱したガラスを拭き竿に巻き取り、息を吹き込んで成形する画期的な方法。現在でもこの吹き竿製法は続いています。
ただし、この方法で平らなガラスをつくろうとすると、息を吹き込んだ後、竿を振って円筒形をつくり、すかさず切り開いて面(わが国では江戸時代、この技の習得に四苦八苦したそうです)にしなければなりません。そのため、大きな面をつくることができません。そこで、鉛を使って平たく切り開いたガラスどおしを繋ぐというステンドグラスが開発されました。
これは、ある意味、窓の革命です。巨大な建物は権威とか威厳のプロバガンダ、アジテーションになりますが、窓もここから、アジテーションの一翼を担うことになりました。絵で見せる宗教の情宣活動です。
この後、16世紀になり、ガラスに一大革命が起こります。板ガラスの誕生です。これなら大きな平面をつくることができます。この板ガラスの誕生、普及から、イギリスの貴族は部屋の中からピクチャレスクな庭園を見るため、ベイウィンドウ(出窓)を誕生させています。旧古河庭園や旧岩崎邸などのような一部屋分そのものが窓、サンルームといってもいい大掛かりなものです。
一方、ネーデルランドでもフェルメールなどが窓を採り入れた絵画を描くようになり、窓は採光と換気から、「眺望」という新たな意味が付け加えられました。新たな意味の創造、窓にとっての大革命です。
この眺望する窓は、オランダの飾り窓のようにリアリティを失い抽象的な世界をつくりあげました。、ソトから見る部屋の中は寅さんの世界。夕暮れの道を歩いていると、垣根越しにリンドウの花が咲いていて、その先の家の中で、家族が団らんする幸せなそうな家庭が垣間見られる――という世界。窓枠は額縁となり、窓ガラスは絵画となり、リアリティを剥奪し、みな幸せそうに見えるという具合です。
採光と換気のためのロマネスク時代の高窓・壁の穴から、ゴシック建築での大きな尖塔アーチの窓(ステンドグラス)が生みだされ、それが板ガラスの開発による眺望する窓、産業革命後には鉄とガラスによる連窓へ、さらに現代では、窓が拡大され、壁面全面がガラス張りの窓、ガラスカーテンウォールへ。窓の拡大を希求した結果、窓という枠組みを飛び越え、窓を消滅させ元の壁に戻らせてしまいました。
窓を拡大し、ついには窓の消滅にまで至った、というこの窓の変遷を引っ張ってきたエネルギーとは何だったのか、いま思いを巡らせています。何方か、解明したかた教えてください!