昼時になると行き交うサラリーマンやOLでそこここに小さな渋滞ができる都心の某道路で、珍しい貼り紙を見つけた。
“警告 この物件は、道路法及び道路交通法に違反しています。
所有者は至急撤去してください。撤去しない場合は、不要な物として処分されます。
道路はみんなのものです。正しく使いましょう。”
歩道の左右にズラリと立ち並び人の流れを堰き止めていた回転寿司やビデオ屋などの看板すべてに、パチンコ屋ののぼり一本一本すべてに貼ってある。
かねて邪魔だなぁと思っていたので、おお、そういえばここは法治国家ニッポンだった、とようやく思い出す。
道路は国民共有の財産だから、たとえば歩道の上に張り出した看板や日除けでも占有許可を取り、占有料を支払うことになっている。
たとえば東京23区内の国道では、店の2階から道路上に張り出している看板は、1㎡あたり8,500円/年を収めなくてはならない。よく見かける日除けは、2,200円/年だ。ただし、日除けに店名などの文字、広告が入っていればそれは看板の扱い。
しかも、高さは路面から2.5m以上、突き出しは1m以内などと決まっていたりする。
まして、舗道上に看板を放置するなど、占有許可の段階でおりないだろう。
東京都の場合は、さらに屋外広告物条例などで、看板のサイズや表現方法など景観をも考慮した細則が決められている。
というわけで、日常的に違法状態が続いている町並みに、気紛れなのか、なんらかのキャンペーンなのか、チェックが入ったわけだ。
看板だから設置者は明らかだし、処分するなら費用は設置者持ちだろう…と思ったりもするのだが、とりあえず行政と警察が行動を起こしたという事に驚いた。
旅行代理店のパンフレット・ラックや、弁当屋の販売台、路地の奥にあるマッサージ店の誘導看板…、さてさて、明日はどうなっているのか、すごく楽しみなのだ。
ところで、この幹線道路から一本入ると、地域整備の波から取り残されて下町の風情を残した一角がある。昔からの八百屋さんや、煙草屋、豆腐屋に、米屋。
住居を兼ねたお店は、奥に卓袱台とテレビがある座敷で家族が店番を兼ねて食事をしていたりするのが歩道から見える。昭和30年代にタイムスリップしたような、ある意味で懐かしい風景。
こうした店では、歩道を我が庭のように飾る。
壊れかけた発泡スチロールに椿やトマトやアロエを植え、大きなプラスチックの漬け物樽には水をためて金魚を飼っている。覗いてみるとホテイアオイがビッシリとはびこり、水は青く濁っているけど。そして、定番はワサビの桶に赤いベゴニア。
脈絡も節操もなく、それらが歩道を塞いでいる。人はカラダを斜めにしないとすれ違うことはできず、車イスでは少なくともまっすぐには通れない。
あふれた荷物や看板は、歩道だけでは置ききれずに車道をも占有している。身内のクルマやバイクは日常的にそこを駐車場代わりにしているが、空いているときはご丁寧に駐車禁止の赤いコーンを身代わりに立てている。
周辺ではよく駐禁のチェックが行われ、実際にレッカーされるクルマも多いのだが、なぜかこの一角の地元車に限ってはタイヤにチョークの跡を見たことがない。
下町文化の保存会でもあるのか、それとも、地元同士の情報ネットワークがあるのか。
100mも離れていないのに、もちろん例の貼り紙もここまでは進出していなかった。
今日も八百屋のおじちゃんとおばちゃんが、路駐したバンの荷台に粋に腰掛け、気のいい笑顔を満面に浮かべながら近所のおばちゃんと談笑をしていた。
当然歩行者は歩道を通ることができず、このエリアの異邦人であるネクタイ姿のサラリーマンや気の弱い学生たちは、車道に迂回して通り過ぎる。
ボクはといえば、お庭先を失礼しまっせ、と談笑の輪の中を腰を低くして突っ切るのだった。
とまどいの視線は彼らのもの。一瞬ストップする会話に、批難のニュアンスが漂う。
道路はみんなのもの…、とはもちろん、口には出さない。