明日の記憶/萩原 浩 | デジタル編集者は今日も夜更かし。

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MRI

2005年本屋大賞第2位。
どうもボクはこの賞とは相性が悪いらしく…。もちろん大好きな小説も受賞(*)しているんだけど、ね。(*今年で言えば『チルドレン』、 『そのときは彼によろしく』
それで小説選びの基準としてはあんまり興味はなかったけど、好きな作家ばかりを読んでいて食わず嫌いもいかがなものか、ということで未読のものを何冊か読んでみることにした。

まずは若年性アルツハイマーを発病する主人公の一人称で展開する『明日の記憶』。渡辺謙さん主演で映画化も決定。話題の小説だ。

面白かった。面白かったのだが、『夜のピクニック』 の大賞と共に、やはり相性が悪いのかなぁとも思ってしまったのだった。

確かに記憶を失っていく過程には静かな恐怖はあるし、ある部分は感動的だし、生きる意味を考えるきっかけにもなるだろう。各書評でも概ね好評。でもボクは結局、終始冷静に読み終わった。

喪失する記憶をテーマにした小説なら、昨年の同賞で大賞を獲得した『博士の愛した数式』 (小川洋子)の方がはるかに洗練されていたし、こちらは、ボクは大いに感動した。博士の愛したオイラーの等式
eiπ + 1 = 0

が、意味は理解できなくても本当に美しく思えてきて、ボクはプリントしてデスクの前に貼ってある。

また、『明日の記憶』の主人公がつけている日記の表現手法は、世界中に感動を与え今なお読み継がれているSFの名作『アルジャーノンに花束を』 (ダニエル・キイス)そのままではないだろうか。“アルジャーノン"が大好きなボクとしては、ちょっと許せなかった。

幸せになっていく過程を描いて感動を得ようとする小説と、避けられない不幸に価値を与える小説がある、と思う。

いわゆる知識人と言われる人々や評論家たち、マニアックな本読みたち(書店員や編集者を含む)にかかると、前者はなぜか、ご都合主義とか漫画チックとか、問題意識が欠如しているとか、お気に召さないようで評価の対象になるチャンス自体が少なくなる。
方や不幸を描くと一気に“問題作"となり、評価のハードルが低くなるような気がするのは気のせいだろうか。
たとえばハリウッドの映画とヨーロッパ映画のような関係。
ボクは、もっともっとハッピーな小説や映画を評価しても良いんじゃないかな、と思うし、実力ある作家たちが、不幸ではなく、幸せをキチンと書いて欲しいと思っている。

若年性アルツハイマーは、働き盛りの年代で痴呆が進行するというショッキングで深刻な病だ。治癒の可能性も極めて低い。症例をみると、ボク自身も、あれ?もしかしたら…と恐怖を煽られる。そして、小説を読みながら、いまボクがもし…と、考える。
でも、小説は病気や不幸そのものが主人公ではいけない、あるいは、そんな事で評価しては作者にも失礼だ、と思うのだ。

ところで、写真はボクの頭の中身。初公開!
数年前の人間ドックでMRI撮影したビデオを持っているのだが、そこからキャプチャしてみた。この写真の真ん中あたり、脳の下部に記憶をつかさどる「海馬」がある。専門医がこの写真を見て、おっとやばいんじゃないの?なんて不具合を見つけちゃったりしたら、ちょっと怖いな。

■明日の記憶/萩原 浩■