街の香り。 | デジタル編集者は今日も夜更かし。

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ボクにとって春の訪れを決定づけるのは、沈丁花(ジンチョウゲ)の香りである。

夜遅く、住宅街を足早に帰宅するとき、ふとどこからか甘い香りが漂ってくる。
沈丁花だ。
この香りは不思議なことに、春一番が吹いてしばらくして気温が安定し、本格的な春が訪れると急に強くなる。胸一杯に深く香りを吸い込むと、仕事の疲れを忘れてしまう甘さだ。幸せな気持ちになれる香り。

背の低い沈丁花は、住宅の生け垣や塀のなかに静に佇んでいる。また、花そのものも、華やかなものではない。従って、街灯に頼る深夜の住宅街では、花を目にすることなく香りだけが漂ってくる。視覚に頼らないだけ、春の香りが際だつ。

沈丁花の花芽は、冬のただ中から膨らみ始め、節分の頃にはいまにも開きそうにも見える。しかし、頑固なほどに本格的な春の訪れを静かに待っているのだ。地味な姿形で、決して見た目で惹かれる春の花ではないが、芯の強さを秘めている気がする。

近所では、先週の後半から一斉に沈丁花が香りだした。
古い家、お年寄りも多い地域なので、沈丁花も愛されているのだろう。

愛犬・ソピアと散歩をしていると、街には、季節毎に、時間帯毎に、様々な香りが漂っていることに気が付く。
よく、肉じゃがだったり、カレーだったり、夕げの香りについて、エッセイや小説で街の香りとして表現されることが多い。実際に、夕方の犬の散歩ラッシュ時間には、むせるほどに家庭料理のメニューが匂いで交錯する。家々のたたずまいとともに、そこに暮らす幸せな生活を想像してみたりする。

最近、数ブロックを歩くと、必ず気づかされる匂いがある。その家庭の暮らしをイヤでも想像する匂いである。
それは、消毒薬の匂い。下水道が整備されている現在、嫌な匂いが街に流れ出ることはまずないけれど、清潔に保つための消毒薬は、思いのほか鼻につく。近くに医院もない住宅街に漂う消毒薬の匂いは、確証はないけれど介護の匂いだと推測する。
介護の必要な家族を、清潔で快適に保つための匂い。
それは十分に重たい匂いではあるのだけれど、夕げの香りと同じように、幸せな香りであって欲しい、と思う。年老いた家族を、思いやる家庭から放たれる街の香りであって欲しい、と思う。

沈丁花や、カレーや、洗濯洗剤の香りだけで街が成り立っているワケじゃない。
塀や扉の向こう側には、いろんな生活があるのだろう。
でも、春の期間限定だし、沈丁花がイチバン。幸せがイチバン。
暖かくなってきたから、窓、開けられるね。介護をしている家庭のなかにも、春の香りが流れ込んでいくと良いな。