
あるソーシャルネットワーキング(*注)で知り合った高校生グループが社会に巻き起こす“親切の快感”というビッグウエーブ。
誰も傷つかない、誰も死なない小説だけど、ボクは途中10回は涙して、最後には号泣してしまった(^^ゞ
キッカケはある高二の男のコが日記に書き込んだエピソードだった。
「電車で席を譲ったら、スッゲー意地悪そうな顔をした爺さんが深々と頭を下げてくれた。生まれて初めての快感~! おまいらも一度やってみ!?」
東京のあちこちで、大阪で、福岡で、高校生たちが突然、電車の席を譲り始める。
快感報告が次々と届き、さりげなく譲るノウハウ、妊娠初期の女性や、重い生理痛の女性を見分ける方法などがネットワークを通じて議論されていく。
ある時、千葉の元ヤンから「お年寄りとは何歳からを指すのか?」という質問が寄せられる。価値観の異なる全国の高校生たちは、最初は譲るべき相手さえ見分けられないのだ。
そこからが、この小説の真骨頂。
彼らは話し合い、家族に年寄りがいるものは祖父母にインタビューをしてネットで報告、次々にマニュアルを決めていく。
結果、「面倒なので自分の両親より年上の人が目の前にいたら、席を立つ」という基準を設ける。このマニュアルによって、やりたくてもできなかった親切をより多くの高校生たちが実践できるようになる。いままで電車に乗れば寝たふりをしていた子供たちが顔を上げるようになる。
また「電車内で立つときもドアの近くに立たない。長椅子の端には座らない」というルールもできる。
お年寄りはじつは席に座るのも立つのも不安定なので、手すりに掴まる必要がある、という理由からだ。彼らはネットを駆使して、そういうことを学んでいく。
最初は“席を譲る程度の快感”で盛り上がるのだが、次第にそれは当たり前のことになり、座っているヤツを見るとかっこ悪く思えてくる。そうなると自分たちは退屈だ。高校生たちは“より強い快感”を求めるようになる。
たとえば、老人ホームに慰問に行くのだが、彼らはそこで歌ったり踊ったりをほんの少ししか見せない。彼らは、自分たちが一曲披露したら、すぐに年寄りたちをうながして、自分たちは聞いたこともない軍歌や歌謡曲を歌わせ、それをさも楽しそうに聴くのだ。ただ聴くのではない。真剣に耳を傾け、手拍子に参加して、心を込めて乗り出すように集中して聴く。そしてやんやの喝采。見せるより見てあげる方が老人たちは喜ぶ、ということを学ぶ。
年寄りの踊りの発表会があると聞けば、饅頭や羊羹を持って駆けつける。最後まで鑑賞して、控え室の前で出待ちまでして、“楽しかったよ~、ばあちゃん上手だねぇ”とニコニコしながら誉める。そして最後の決めゼリフは“次は、いつやるの?”。
すべてマニュアル通りなのだが、ここまでやるとほぼ100%年寄りたちは、皺だらけの顔をぐちゃぐちゃにして高校生たちにすがるように「ありがとう!」と泣き出す。
彼らは、最初からボランティアをやっているつもりはない。自分たちが気持ちよくなることを探していたら、たどり着いたのが他人が喜ぶ顔を見ることだったのだ。ほとんど遊び感覚なのだが、快感を伴いルールが明確な遊びが流布するのは早い。あるものは献血に、あるものは地域の清掃活動にと、小さなサークルが次々に生まれ、ピンポイントの快感を求め始める。
そして日本中に広まりつつあるとき、“快感”という動機を快く思わない教育委員会や文部科学省が動き出す。あるいは組織化して利用しようとする者が現れる…。
彼らのエピソードを読んでいると、当然、読者も気持ちよくなってくる。
まず親切にされた人々が笑い、高校生たちが喜び、その光景を目撃した周囲が微笑み、そして読者も感動する。なんという幸せの循環。こんな小説、読んだことがない。
ちなみに、エピソードの半分は実話だという。
参考:「小さな親切」運動本部:グッドハートな高校生たち
http://www.kindness.jp/archives/000054.html
さて、
皆さんご存じのように、この小説はソーシャルネットワーキングのなかで生まれた。リアルなエピソードを高校生たちが持ち寄り、それを著者である繰井未来氏が小説として仕上げて、デジタル編集者が無償で一冊にまとめ上げた。
ボクも発売前に、そのクローズしたコミュニティで読んだ。登録者しか読めないわけだから、せいぜいまだ数万人が目にした程度だと思うが、出版を目前にしてバズ(噂)による認知度はあの『電車男』をもしのぐかもしれない。
『快感』は、しかしAmazonや書店で購入することはできない。
ネット予約だけで既に15万部という話題の本は、今日4月1日(金)17時を期して地方の小型書店を中心に無料で配布されるのだ。一部、高校や中学、福祉施設、図書館への納品も決まっているという。
出版には、従来の出版社や流通は一切関わっていないのである。
流通は、セミ・オンデマンドの形式でデータが地方の印刷製本会社に送られ、そこで数百から数千部ずつ製本される。それを、地元の高校生たちが、町の小さな本屋さんに自転車やバイクで届けるのだ。サイトで募集されていた「配布ボランティア」は、あっという間に応募多数で抽選となった。
ビジネスモデルは、広告収入。
コミュニティ内の事前マーケティングのおかげで、この小説の潜在的な部数は数十万部と予想されている。
表4、表2、表3を始め、行間や柱など随所に広告を入れることで、その印刷・製本の費用はまかなうという。
タダで配られる小説、つまり初めて本格的な、“フリーペイパー単行本版”が登場したのだ。小説のテーマも相まって今回は3社のスポンサーが付き、なんと初版で既に黒字は確定している。
さらに素敵なのが、エピソードを提供した数百人の高校生たち。
彼らは、個別に著作権の主張をしないことを早々に決めた。その代わり、黒字分をどこかに寄附することを求めたのだ。
その結果、当初10%の配当が与えられるはずだった地方書店や作家さえも、寄附することに賛同した。印刷・製本に必要な実費を除き、黒字分はすべて寄附! なんてこったい。
じつはいま、制作の舞台となったソーシャルネットワーキングのなかでは、寄附する先をどこにするか、が熱く議論されている。取らぬ狸の皮算用~!とかイイながら、寄附してイチバン喜ばれるところはどこか、イチバン気持ちいいのはどこか、と、高校生たちは楽しそうなのだ。
読みたい人は、こちらをご覧ください。
快感/繰井未来
注:読みたくない人も、↑をご覧ください。
*ソーシャルネットワーキングとは、推薦人がいないと入会を認められない人と人とを結びつけるインターネット上のサービスだ。ある意味排他的だけど、匿名性が主役のネットの世界にあって、リアルな人間関係を構築する特異な仕組みでもある。