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雑記帳「目白で目が白黒」

エディットハウス代表 岩中祥史のブログ

 今日、福岡から東京に戻りました。 福岡は雑誌の取材で行っていたのですが、取材先のひとつで感動した店があります。それは「日本一たい焼」という、その名のとおり「たい焼」屋です。取材でお邪魔したのは太宰府市にある本店で、1年間でなんと四百数十万個も売り上げるというのですから、ハンパではありません。もちろん、ここだけでなく、九州と大阪にある14店舗の合計ですが、それにしても、各店で1日千個以上は売っているわけで、それには確たる理由があるのでしょう。


 どの店も駅の近くではなく、ロードサイドにあります。そのため客は皆、クルマで買いに来るのですが、駐車場が何十台分もあり、土日・祭日ともなると、そこがギッシリ埋まるほどです。それくらい人気があるということでしょう。


この店のキャッチフレーズは「たい焼にも天然モノと養殖モノがある」。魚のタイも、天然もののほうが養殖ものよりはるかにおいしいのですが、同じたい焼でも、この店のものは、他の店に比べそれくらい差があるということを主張しているのでしょう。あんこを小麦粉で包んで焼いただけの単純なお菓子ですが、この店のたい焼は、もう頭のてっぺんから尻尾の先まであんこがびっしり。粉の部分はほんのわずかで、その皮がまたカリカリしているのです。身を二つに割るとポワーと湯気がでてきますが、そのにおいを楽しみながら舌をホコホコいわせながらあんこを口にすると、もうたまりません。


私自身、根っからのあんこ系(それも粒あん!)には目がないものですから、たい焼も大好きアイテムのひとつなのです。望むらくは、「日本一たい焼」が、東京近辺に店を出されんことを!


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 名古屋から那覇へ飛び、3月2日から福岡で雑誌の取材に明け暮れています。福岡も、ちょっと来ない間に大きく変わっており、驚きました。もともと舌の肥えた人が多く暮らしているので、飲食店の盛衰はめまぐるしいのですが、それにしても、まあ、よくぞこれほどまでにと思うほど、新しい店が次々とできています。

 しかし、そうした中で何十年も続いているというのはやはり胸を張っていいでしょう。中洲にあるバー「七島」もそのひとつです。ちょうど、今回滞在していた3月3日に、開店50周年を迎えたというのですから、たいしたものです。その日の西日本新聞(夕刊)にも大きく報じられていましたが、オーナーの七島啓さんはすでに76歳。本当はとっくの昔に引退するつもりだったようですが、いまなお矍鑠(かくしゃく)としており、2人の娘さん(最子さん、理子さん)とともにカウンターの向こう側に立ち、シェーカーを振っています。

この店で以前、バーテンをしていた方が独立し、すぐ近くで、バーを開いている(これがまた出色の店なのです!)のですが、その店では、師匠が50周年を迎えたその日を祝うとともに、敬意を込めて、「七島」のコースターを使っていました。それを見て、なんともほほえましいというか、こういうことがさりげなくできる弟子を持った師匠をうらやましく思いました。



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 福岡というところは名古屋などよりはるかにスマートな都会です。名古屋的な田舎の部分もけっこう残っているのですが、その一方で、とにかく「遊び」を大切にするというか、遊びの価値をよくわかっている人が多いので、遊びにいった人も心地よく過ごせるところなのです。「ハレ」と「ケ」という立て分けがありますが、福岡は年がら年中「ハレ」といってもいいようなところがあります。名古屋の場合、そのあたりはきっちり峻別されており、「ケ」のほうに重みが置かれています。そのため、数少ない「ハレ」の場ではドカーンと一発とばかりに大騒ぎする傾向があるのです。
もちろん、どちらがよくてどちらが悪いということではありませんが、人間やはり「ハレ」の時間が多いほうが、何ごとにつけエネルギーも高まると私などは思うですが、いかがでしょうか。


一昨日から名古屋に来ています。24日は東海テレビの生番組「ニュース+(プラス)」に出演し、昨日は名古屋JC(青年会議所)の定例会で企画されたパネルディスカッションに出席しました。これまで何度かテレビには出演する機会があったのですが、私としてはやはり生のほうが性に合っている気がしました。というのも、録画だと、打ち合わせやリハーサルが何度もあり、そこで話したことを本番のときに話すと、自分自身の内部ではほとんど新鮮みを感じないため、いまイチ迫力に欠けるのです。

しかし、生放送だとそういう心配はありません。もちろん、事前の打ち合わせになかったテーマがその場で突然出てくることもあるのですが、それはそれで面白さがあります。見ている人も、同じことを感じるのではないでしょうか。局としては、録画のほうが編集も利くので、完成度は高くなるのかもしれませんが、「つくられた」という印象はどうしたってぬぐえない気がします。


一方、パネルディスカッションのほうは、生も生、その場の丁々発止ですから、面白いことこの上ありません。「名古屋人よ、自信を持て」というテーマで、メジャーなようでなかなかメジャーになり切れない「名古屋」、そこに住んで仕事をされている人たちも、そうした呪縛から抜け出せないという現実をなんとかできないかというのが狙いと聞いていました。
司会は地元のフリーアナウンサー渡辺美香さん、パネラーは大垣相互銀行共立総合研究所の主席研究員・江口忍さん、漫画家の江川達也さん(『東大一直線』)、そして私の3人です。江川さんなど、当日、開会前に控室で紹介され懇談しているときにわかったことですが、小学校・中学校が私と同じで、住まいも、私が当時いたところから目と鼻の先、町の名前、丁目まで同じで、番地が3つか4つ違うだけでした。たまたま世代が違うので、通学時期は重なっていないのですが、そこらの原っぱで顔を合わせたことがあったのかもしれません。


江川さんも私も名古屋をとうの昔に離れてしまっており、いうならば例外的存在です。逆に、いまでも同じ名古屋に住み続けている人の場合、こうしたパターンはけっして珍しくありません。そのため、名古屋ではお互いに知り合いどうしということが非常に多いのです。その実態を知ると、名古屋がとてもではありませんが、人口が二百万人を超える大都市だとは思えないでしょう。近ごろ大流行している“隠れ家風レストラン”などというものは名古屋には存在し得ないと私は思っています。

でも、逆に考えると、名古屋のよさも、またそうした部分にあります。田舎と同じような、それこそ「隣の晩ご飯」の中身まで互いに知っているようなベタベタの間柄がいまでも存在している、それも大都市はそうそうあるものではありません。それにより、いまや全国的にも影が薄くなってしまった地域共同体も維持されているわけですから、そのことを誇りに思ってもいいのです。