雑記帳「目白で目が白黒」

雑記帳「目白で目が白黒」

エディットハウス代表 岩中祥史のブログ

なんだかんだ言っても、世の中、「本」がなければどんなにかさびしいことでしょう。

古い人間のせいか、「本」のページを繰るときの指先の感覚、本屋さんの店先にただよう、紙とインクから成る独特の香りを、常に心地よく感じてしまいます。お袋の味とも違う、オヤジの背中とも異なる、「本」ならではの存在感。それをできるだけ多くの人たちと共有したいなと思っています。


雑記帳「目白で目が白黒」



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大都市近郊にある多くの街が、ベッドタウンであることにひきずられアイデンティティーを失ってしまう中、それを保っていられるのは、できそうでできないことです。それが、駅前の見かけだけでない、この街の魅力を高めているような気がしました。


翌日出向いた小見玉市は、旧小川町・美野里町・玉里村の2町1村が平成の大合併で一緒になって生まれた街。地元関係者以外でその存在を知っている人がいたらめっけものでしょう。というか、地元出身者でもすでにそこを離れている人は、そのことを知らずにいるようです。


それというのも、ラジオで、「私は美野里町の出身なのですが、いつの間にか小見玉市になってたんですね。知らない名前なので、びっくりしました」などという声が寄せられていたからです。来年3月には、市内に茨城空港が誕生するので、「小見玉」の名前がマスコミをにぎわすことでしょうが、それまではいまのまま、無名の状態が続きそうです。でも、これは考えてみると不幸な話です。


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それにしても、こんなところに空港をつくって、利用者がいるのだろうかと心配になってしまいます。市内にもその周辺にもこれといった観光資源はありません。現在定期便の就航が決まっているのはアシアナ航空だけだそうですから、せいぜい、韓国からゴルフを楽しみにくる(需給がアンバランスで料金がえらく高い韓国に比べると、茨城・栃木は格段に安い!)人がいるくらいではないでしょうか。

 トカラ列島の悪石島に大勢のマニアが訪れているのをよそに、私はたまたま取材で着ていた沖縄本島・那覇で、46年ぶりという日食に出くわす幸運に恵まれました。日食観測用のメガネ(500円!)を片手に、太陽とにらめっこしながら午前中を過ごすことになったのです


 46年前といえば、私が中学1年生のとき。そういわれれば、ろうそくを燃やして出る煤をつけたすりガラスの破片を手にしながら、必死になって空をながめた記憶がよみがえってきました。それ以来のことなのですが、大人になっている分、どこかクールな自分がいます。


 それでも、実際それを目にすると、ドキドキするものです。名古屋でその昔見たのは、おそらく部分日食だったのでしょう。それが沖縄ともなると、92%も太陽が欠けるのですから、あたりがかなり暗くなるのではないかなどとあらぬ想像をめぐらせたりもします。


 でも実際は、そこまで行きませんでした。太陽のまわりにまん丸の虹みたいなものができ(これは不思議です!)、メガネを通して見る太陽が時々刻々と欠けていく幻想的な様子を目の当たりにすると、やはり素朴に興奮します。


目白で目が白黒 太陽のまわりにはこんな神秘的な”虹”状のものが見える



目白で目が白黒 日食が始まって15分経過。もう3分の2以上が消えている


 本当は、一眼レフに望遠レンズとフィルターを用意したうえで撮るのでしょうが、それほどのマニアではありませんから、コンパクトのデジカメのレンズに、500円の日食用メガネをかぶせて撮る、まったくの急ごしらえ。それでも、まずますの映像が撮れるので、私としては十分でした。

 それにしても、こういう珍しい天体のショーを見ると、ゾクゾクしてしまうのが人間なんですね。いまでこそ、何月何日何時何分何秒まで、皆既日食が起こるなどということが事前にはっきりわかるわけですが、そんな情報など一切なかった大昔の人たちは、いったいどうだったのでしょうか。突然あたりが暗くなり、気温も下がり、気がついたら太陽が姿を消してしまっているのですから、よほど恐ろしいことが起こったと、うち震えたのではないかと思うのです。おそらく、そのとき人々は自然に対する畏怖の念を抱いたことでしょう。


 科学の力ですべてが明かされてしまっている現代人と、そうでなかった昔の人たち。どちらが幸せなのか、そんな疑問もわいてきます。



目白で目が白黒


 いま思うと、『不思議の国の信州人』(KKベストセラーズ刊)という本を書くきっかけになったのも、こうした大合唱でした。長野県出身者は、集まるとかならず全員で「県歌」を歌うという話を聞き、「それはおかしい、おもしろい」と思いました。当の長野県人にたずねると、「なんで? 県歌を歌うなんて、当たり前のことじゃないの」と不思議そうな顔で問い返してきます。


 「いやー。いまどき、校歌だってまともに歌わないのに、県歌ですよ。だいたい、県歌なんてシロモノがあること自体、レア過ぎでしょう」といっても、納得した様子がありません。そこで、信州には他の県にない、おかしなこと、不思議なことがほかにもまだいっぱいあるのではないかということで、取材を始めると、あるわ、あるわ。ということで、それを材料にして、本を書き上げた次第です。もう10年以上前の話です。


 大きな声で歌を歌うだけで、人間そのものが変わる──。この原理は古今東西変わらないようです。先月観たアメリカ映画の中でも、プリンストン大学の同窓生が校歌だか寮歌だかを大合唱するシーンがあったのですが、そこでも、ふだんはきちんとしたビジネスマンや公務員、学者が、酒の勢いもあるにせよ、まるで別人のような顔を見せながら、大声を出していました。



 そういえば、4月末に名古屋であった「ラグビー部創部60周年を祝う会」に集まった面々も、年齢・立場に関係なく、校歌を歌っていたっけ。その輪の中にいる自分は、もちろん高校生でした。