- 海のある奈良に死す (角川文庫)/有栖川 有栖
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3月7日~8日読了。
長編を一日で読み終われるようになれるのでしょうか。自信なくなってきた……。さらに感想を書くのにも結構時間がかかっているという……。
古き良き時刻表アリバイものの鉄道ミステリ(そういえば有栖川先生は鉄道がお好きなようなのですが、このテの作品はあまりありませんね)、という訳ではないのですが、いっぱい電車に乗ってるし、車移動も多いし、あちこち旅して回っているので、もう旅情ミステリ、と言ってしまうべき?な一冊。
特に若狭周辺、小浜あたりの歴史、文化、観光ガイドを作中でアリスが語りまくってくれるので、思わず行ってみたくなります。古代から開かれた港町として栄えていたのでしょうね。オバマ大統領を勝手に応援するので盛り上がってるんじゃ寂しいですよ、小浜市……。火村先生がばあちゃんへのお土産にしていた塗箸、若狭塗でしょうね。塗箸の生産量が日本一のようです。それにしても先生はお土産を欠かしませんね。『ダリの繭』でも真珠島でお土産買いこんでて、時絵さんに無駄使いしたらダメですって叱られるかも、って言ってませんでしたっけ?小浜は北陸新幹線も開通したことですし、東京から旅行しやすくなったかもしれませんね。それでも金沢から敦賀経由で小浜まで、おそらく2時間半かそこらでしょうかね?新幹線の乗車時間も考えると、日帰りで行ける場所、ではないですね……。
作品のモチーフになっている『海のある奈良』『八尾比丘尼伝説』『人魚』など、歴史、説話、伝承盛りだくさんの内容で面白い。
特に、お水送りの儀式に関するところは興味深いです。奈良のお水取りの迫力ある火の祭りの風景はテレビなどで見たことがあったのですが、小浜の儀式と一対の儀式なのですね。神道の儀式のはずなのに、僧侶が執り行うあたりの歴史的経緯については勉強になりました。奈良と小浜の歴史的な繋がりが、そのままこの作品内で火村先生とアリスをミスリードしていく作りにニヤニヤさせられます。きっとこれをモチーフに作品を書こうとしていた赤星先生も読者がそこでぐるぐるしちゃうところを想像して、わくわくしながら取材旅行に出かけたのでしょう……。登場時のアリスとの掛け合いもなかなか楽しい先生だったので、お亡くなりになってしまったのが残念です。アリスの作家仲間として、これからも活躍してほしいくらいでした。
それにしてもぐるぐるしちゃう理由の一つが、仲間の訃報を受けてアリスが混乱してるせいだと思われます。経緯や収集した情報はちゃんと探偵に最初に伝えておきましょうね、先生……。読んでて「その話、火村先生にしておかなくていいの?」というアリスの思考のとっちらかりぶりが気になってしまいました。もしかしたら普段から注意力散漫なのかもしれませんけど。自分の新刊の発売日に、曜日のミスに気づいても直せないよ。もっと早くに気付こう!
今回の火村先生とアリスの独自捜査のちょっと変わったところは、旅先で殺された作家仲間がなぜ殺されたのか?でもなく、誰が彼を殺した犯人なのか?でもなく、「故人が書こうとしていたミステリはどんなものだったのか?」を探すというのがメインの目的であるところ。もちろん、その過程で犯人だって明らかになるのですが、それよりも書かれることのなかった作品の青写真がわかった時の方が、そうだったのかー!というカタルシスになっています。
まさに赤星先生の《作者の言葉》に書かれていた通り、「小説を読むことによって人は、時間と空間を超え、未知の世界に遊び、別の人生に触れる(中略)ミステリはわくわくするような不思議に満ちて、驚きで終わる旅(後略)」でした。
事件としては、第一の殺人のアリバイトリックはなかなか大胆だな、と思いました。ミステリ作家にトリックをしかけるという意味と、移動のダイナミックさという意味で。相手が自分に殺意を抱いている、とまったく想像出来ないと、そりゃ引っ掛かってしまいますわ……。しかし、第二の殺人のサブリミナル効果はどうかな……。必ずウィスキーを飲ませられるほどの強力な効果はまったく期待できないですからね。今このネタで作品書いたら、どんな与太話だよ、ってことになってしまいますが、90年代半ばから後半にかけては、日本でも放送でサブリミナルの使用を禁止したりしたなんて出来事もあったので、書かれた時代ではまだセンセーショナルなネタだったのかもしれません。
ミスリードのための小ネタとして、学駅や学文路駅の入場券を御守にする話も出てきましたが、廃駅の幸福駅の切符はネタとして知っていましたが、銭函駅の切符で金運の御守とか、知りませんでした。え?海水浴場のとこの駅ってそんなので有名だったの?とほんとに驚きました。
そしてこの作品でも「男たちを魅了する女神」が出てくるわけですが、……やっぱり有栖川先生の作品にはこのテの女神、多いですね(笑)。思っていたよりも、どの長編作品にも出てくるのでビックリです。
年齢相応の落ち着きと所作からもたらされる貫禄、それでいて本当の年齢を感じさせない無垢な女神。人魚の肉を食べた八尾比丘尼のイメージともクロスしているのでしょうが、もう一つの女神のイメージは『母』でしょうね。『ダリの繭』の女神にも『母』のイメージがあったので、「男たちを魅了する女神」はイコール「母の抱擁」のイメージ、ということなのでしょうか。
しかし、「恋多き女性」と「子を見守る母」、女の中では矛盾しない二つが犯人の中で混乱を呼んだことが、悲劇的な連続死へ繋がるのだと思うと、単純だ、とばかりも言えませんね。
火村先生じゃありませんが「どいつもこいつも女神がいないと生きていけない男ばっかり」のようです。ただ、浅井小夜子女史の説によれば、「女性の作るあらゆる芸術に感動しない」女性嫌いの火村先生も、「男の作る芸術の多くが伝えようとしていることは、女は素晴らしい、という錯覚」だそうなので(納得!)、矛盾しまくりの混乱しまくりな見解ということになってしまいますね。ほんとに火村先生には過去に何があったんでしょうか?
それから時代背景として(サザエさん時空なので、毎回検証するハメになってます)、携帯電話が登場してますね。赤星先生もパソコンでお仕事していたようです。連載作品が本になったのが95年3月だそうなので、携帯電話はまだ普及までは行ってないかな?アリスは公衆電話を使っているし(しかもテレホンカード!これもすでに懐かしの品)、新幹線の中で電話呼び出しなんかもしていますね。パソコンはWindows95が発売になった年だし、一般家庭に普及し始めた頃くらいかな?まだ結構イイお値段でした。家庭用パソコンもモニターがカラーになってたように思います。そしてフロッピーディスク!こんなのでパソコンのバックアップとか取ってた頃があったんですよね。何十枚も必要だった気がします。今は使いませんね。
思わず旅情ミステリ、なんて書いちゃいましたが、火村先生とアリスがあちこち二人で駆け回っているので、いつもより(?)変なことをしていたり、掛け合いが面白いです。人魚の像に座って事件の話し合いをしていたり(おそらくそこはデートスポットだよ先生たち……)、「推理作家がうつる!」とか、ものすごい職業差別しだしたり。最終的には「うつったのは推理作家じゃなくて考古学者」とかものすごい言い訳っぷり。アナタのお友達の職業だよ……。
そして、アリスが作家仲間に友人の犯罪学者の話をしているのは結構出てくるけど、火村先生も警察関係者に友人の推理作家の話をしていることも判明。仲良しですね。
仲良しついでに。
火村先生の深夜の悲鳴、この作品が初出でしたね。夢を見て悲鳴を上げる自分をあまり知られたくなさそうな火村先生と、そんな悲鳴あげられたらさすがに目は覚めちゃうのが当たり前だろうに、全然気づかない鈍感な男を演じるアリス先生。長く付き合いがある友人同士で、気心が知れてても、すべてを話し合えるわけではない、言えないことを抱えている同士、なのですよね。『犯罪だけが友』なんて言ってしまう火村先生の抱える闇の深さがほんとに気になります……。