ダリの繭 | 本棚部屋の読書きろく

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ダリの繭 (角川文庫―角川ミステリーコンペティション)/有栖川 有栖
¥720
Amazon.co.jp

3月2日~3月3日読了。
長編一冊読むのに、二日かかるようになってしまっている……。
読書習慣を取り戻すのは大変です。

いつもの順番通り、次は『ロシア紅茶の謎』を読もう!と思っていたのですが、刊行順を調べてみたところ、『ダリの繭』の方が早く出版されているのですね。おそらく講談社文庫で刊行されているのをまとめて読んでから、角川文庫で刊行されている長編を読んでいたのでしょう……。この順番で読むのは初めてです。

この作品はドラマ版4話「ダリの繭」の原作になってますね。
ドラマの出来にはいろいろ……いろいろ言いたいことがありますが!(涙)
長編を1時間のドラマにするなんて無茶するな、とは思っていたのですが、大事なところほどばっさりとカットされちゃってる感がものすごかったです。
サルバドール・ダリと母性への幻想、ダリと女神として熱愛された妻ガラの関係性、堂条秀一社長の天才ダリへの憧れ……などの説明を全部カットしちゃうと、ただの「ダリ髭の社長が繭(フロートカプセル)の中で殺されただけの話」のタイトルが「ダリの繭」(笑)とか思われちゃうんじゃ……。少なくともドラマだけ見てる視聴者には、タイトルの持ってる意味はまったく伝わっていないことでしょう。
ドラマスタッフのがんばりを評価すべきところもいっぱいあったので、大事なところももうちょっと何とかして欲しかったというのは、贅沢すぎる要求なのでしょうか。

一番がんばったね!と思ったところは、たった1件の殺人事件を解決するのに、長編になっちゃうくらい、込み入ってて錯綜してしまうアレコレを、枝葉をばっさりと削って、シンプルな形にしたこと。ミステリ小説として読む分にはそれでいいのですが、ドラマで全部再現は絶対に無理なので「誰が殺したのか?」と「どうしてそのような状況になったのか?」という部分に謎を集約したのはうまかったな、と思います。

一番ダメだったと思うところは、この作品のゲストヒロイン鷺尾優子さんの扱いですかね……。鷺尾さんはこの作品内の「男たちに崇拝される女神」のアイコンなので、「頭もよくて有能な美人秘書」でいいのですが、なぜ解答編までのあいだに「長池さんと婚約しています」と長池を庇わないのか。
長池が疑われる根拠は「鷺尾さんを巡って社長と対立していた」と思われていたせいで、すでに婚約していたことをオープンにしてしまえば、殺意を持つ理由がなくなって、婚約者が疑われる状況を晴らせるのに。
長池が犯行がばれた時に彼女に迷惑がかかったりしないように婚約の事実を黙っている、という設定にするのはわかるのですが、鷺尾さんは婚約者の犯行を知らないわけで、庇うための最良の決断をしない理由がない。婚約者の犯行に気付いていたと設定を変更したとしても、やっぱり庇う発言がない理由にならない。こういう登場人物の心情として、取るべき行動を取らないのはどうなのだろう。
アリスの初恋の人に似ている鷺尾さん、というオリジナル設定をいれることで、アリスの悲しい初恋の顛末と小説を書き始めた理由、彼の繭の説明をする変更部分は別に良かったのですが、せめて婚約の告白をどこかにいれる、無理なら言おうとしたのをさえぎられる、くらいの表現は入れておいた方が良かったと思います。婚約者を庇ったり、婚約者と自分の幸せな未来を夢見ている、「誰かの女神」ではないごく普通の女性なんだ、という部分がないので、解答編の後、いきなり激高して火村先生を糾弾し始めるのが、すごく自分勝手な人にしか見えなくなってしまっている。
それに「社長にも似てる人がいるって言われました」って、堂条社長から母親に似ていると言われたことがあることを仄めかしてましたが、母親に似てるって言われて結婚してくれる女の人とか、いないから。振られるのが当たり前です。なに変な変更いれてるの……。

解答編も関係者全員を集めて「さて」をやってしまっていますが、これも原作同様に兄弟に向けて解答編をやりつつ、別のところで長池の鷺尾さんへの告白シーンをやったほうが、絶対印象的なラストだったのにな、とガッカリしました……。

「時々こういうことやりたがるんや」ってなんだそれ。
長池の告白シーンが終った後に京都府警組が見張ってましたと登場して長池を連行して、鷺尾さんが待ってるから、と縋ってるところを入れたり、コマチさんの「残念ですが」を入れたりしたほうが作品的にも、役者さんの演技力のアピール的にも良かったのではと思う。アリスと鷺尾さんの「言うべき言葉がみつかりません」とかの無駄やりとりを入れなくてもよくなるし。2話で探偵の推理に頼り切ったりしないでがんばってる警察の皆様のイメージをダメ押しできるし良いことずくめなのに。長池さん役の役者さんの登場時間確保のためなら、再現シーンを演じてもらって挟めばいいだけだし。
余った時間でラストの火村先生とアリスのやりとりを伸ばして、初恋の人だけでなく、鷺尾さんにも何も言えなかったアリスを表現させるとか、ダリとガラの説明を入れれば、「ダリの繭」(笑)にもならないし。

ひそかに一番がっかりしたのが「ブラジル蝶の謎」からセリフを引っ張ってきちゃうことで、ブラジル蝶のドラマ化(少なくともこのキャストのもの)の可能性をほぼなくしてしまったのも酷い(泣)。綺麗な蝶々で飾られたこの作品は映像化向きだよね、と思っていただけに、ね。全10話のドラマで映像化できる作品が限られていることはわかるのですが、原作の暗号だけ公開とかされちゃうと、「これはやらないのね(涙)」といつも悲しくなります。

ドラマの愚痴が長くなってしまったので、原作の感想。

再読して驚いたのが、ドラマでもイチオシしていた「新婚ごっこ」が3回も出てきたこと……。朝食のところだけじゃなかったんだね。二人の皮肉の応酬が好きなので、どんどんやっちゃってください。

火村先生のフィールドワークについても説明が追加されてました。やっぱり初期には警察に頭を下げてお願いして回ってたんですね。『きてもいいぞ』と京阪神の各警察に言ってもらえるようになるほど実績と信頼を積み重ねて努力されたんですね、先生……。このアリスが助手を務めるようになる『前』の時代の事件って、短編とかにはならないんですかね?

作品全体のテーマとしては「孤独」そして「自己を守るための逃避場所たる繭」でしょうね。
作品の語り手であるアリスの孤独(初恋のトラウマ)と繭(推理小説を書くこと)。
火村先生の孤独(?)と繭(学問にかこつけて犯罪者を狩る)。
そして事件関係者たちのそれぞれの孤独、それぞれの逃避場所……。
事件の中心であり、被害者になった堂条社長の孤独(仕事は成功しても、愛情的に満たされていないこと)から守るための繭がダリへの憧れと早くに亡くなった母への思慕、そして母に似た人への愛情と執着。繭(フロートカプセル)の中で満たされたい想いが殺意へと育ったことが、事件発生の引き金になるところも考え深いです。
私個人としては、「孤独」はそんなに悪いものとは思っていません。人は簡単に一人きりにはなれませんし、「孤独」が育てるものもあるでしょう。多くの芸術作品、文学作品、学問や技術を昇華するための思索や試行錯誤の時間がそれにあたるでしょう。
読書だって人が一緒にいる時には進まないので、一人の時間が必要です。

しかし、同じくらい、「自己を守るための繭」も必要なんだ、と思っています。傷つき易い部分をそのまま曝け出し、日々の生活をおくるわけにはいきません。作品中では様々な「繭」が描かれていましたが、一番気になる「繭」はやっぱり火村先生ですよね……。
一見、頭も良くて何でもできて一人でも大丈夫そう、という火村先生にもある弱くて傷つき易いところ……、と思うと、「学問にかこつけて犯罪者を狩る」という先生のセリフがすごく痛々しく思えるのですよね。犯罪捜査をしなくてよくなる火村先生というのは「読者的に」想像したくない
(シリーズが終っちゃう)のですが!いつか先生が穏やかに過ごせる日が来ればいいのにな、とは思います。

そして初期長編らしく、部外者のアリス先生が捜査に参加するのに、サラリーマン時代の仕事仲間が事件関係者になってる、とか。1作目では巻き込まれ、2作目では関係者になってしまった元仕事仲間のアリバイ証言者、とバリエーションがんばってますね。新しい作品になるほど、「有栖川さんもいかがですか」と、何も活躍してないのに呼んでもらえるようになっている(短編が多いので毎回参加する理由の設定や説明は面倒ですよね……)わけで、初期はアリスを捜査に連れて行く設定を作るために苦労しているのがわかりますね。

そういえば読んでいて気になったところが二つ。
一つ目は、最初の捜査状況の説明の時には「靴は下駄箱にあった」と書かれているのに、弟の吉住の証言以降は「靴は兄(秀一)のも自分(吉住)のもなくなっていた」ことになっていること。たぶん、下駄箱にあったという設定は初期のもので、修正し忘れて残ってしまったんだろうな。今は修正されているのでしょうか?
二つ目は、初めて小説を書いたのは17歳の7月9日、のところ。7月7日の七夕の夜に手紙を書いて、翌日(8日)の放課後に渡して、その次の日(9日)に学校に来なかったことを不審に思って、その翌朝(10日)に自殺未遂の話を聞いて、夜に小説を書き始めた……とすると日付が合わない。ここもきっと修正ミス。
初読の時にはスルーしてて気づいていませんでした。今回じっくり読んでて初めて気が付いたよ……。読むスピードの代わりに、集中力を犠牲にしていたのかもしれません。

この作品は特に、ラストの飛行場のシーンがドラマティックで好きです。
長池が鷺尾さんに犯行を告白するところ。野上刑事もかっこいい。火村先生とアリスのフィールドワークと推理の裏側で、警察が常套手段の捜査をきっちりやっている描写があるのが、シリーズを通して好きなところです。探偵として指摘するのはロジックからの犯人の特定、状況の説明であって、犯人を逮捕するところとその証拠固めはちゃんと警察の仕事なのですよね。探偵が警察の仕事に介入しているところがすでにファンタジーなのですが、ファンタジーすぎないところが現代風の探偵小説らしくていいところかな、と思います。

それからサルバドール・ダリについて。絵画は美術の教科書なんかでみた覚えがあったのですが、宝飾品のデザインもしていたのですね。気になって調べてみたら、想像していたよりもずっと艶めかしくも美しくて、素晴らしかったです。『ルビーの唇』は真珠の白い歯とモンローみたいな唇が色っぽい、けど、どんな服にこれを付けるのでしょうか……。個人的には『時の眼』一番好みでした。木にぐんにゃりと溶けたみたいに引っ掛かっている時計のイメージばかりだったので、新鮮な驚きでした。

《追記》3月4日
調べてから書こうと思って忘れてしまっていたので追記。
元・大阪球場が住宅展示場になっている、という特異なシチュエーションの説明に、「あれ、大阪球場跡地って今なにかになってなかったかな?」と調べてみたところ、2003年に「なんばパークス」として生まれ変わっていました。記憶違いじゃなかった。曲線と緑地が多用された変わった建築物で、行ってみたいなと思っていたところです。バブル崩壊後のあれこれで球場跡地の再開発は紆余曲折があったようですが、結果的に魅力的な場所になったみたいですね。空撮写真がスゴイです。