(前回の続き)
今後私が限られた時間の中で、ボランティアとしてできることを考えてみた。
まず、時間的な条件から。
カンボジアでいうあと5か月は、日本に置き換えれば2か月半くらいの感覚だ。それだけカンボジアではスケジュール通りに事が進まない。「プロジェクト」をやるとしたら、欲張って複数に手を付けず、一つか二つにに絞ったほうがいい。
第二に、金銭的な条件から。
中央省庁が期待するような何百人規模のイベントごとをやるには、お金ばかりがかかって、参加者に対する細やかなケアができない。お金を使うことで、プロモーション目的で派手にはやりたいけど、誰かの手柄目的で派手にさせたくない。日本の税金を使うのだから、最大限の知恵と想いを絞って、資金計画を明確にしたうえで進めたい。
第三に、人材的な条件から。
周りにスタッフは沢山いるけれど、結局物事を進めるのは自分自身だ。今までは、配属先のスタッフと一緒に事を進めることに拘ってきたが、ここへの執着を捨てるべきかもしれない。彼らも既存の人間関係の中で苦労しながら、様々な仕事を抱えていることも理解しよう。皆と一緒に進めることで、気づいて欲しかったのは、仕事の創造性、コミットすることの重要性、環境啓発活動に関する新しい手法や発想だ。手取り足取り一緒に進めることが難しければ、別の方法で気づいてもらえればいいのではないか。
そう、「一人でやって、見せてみる。」方法だ。
中央省庁の力関係や大きな政策の流れの中で、人を動かして物事を変えようとするのは、いちボランティアには困難だ。これまでは、何故自分が中央省庁に配属されたのか、その使命を意識しすぎるあまりに、身動きが取れなくなっていた。これからは、地方現場に出ていこう。中央省庁配属のボランティアとして、地方へ出向くことで、各地方行政を改善するための方法を中央省庁に吸い上げてもらうことが出来るメリットもあるのだ。
幸い、私の周りには素晴らしい先輩隊員たちがいる。JVはそれぞれの任地で人間関係を苦労して構築しながら、自身の現場を持っているし、シニアボランティアの方々は、それぞれの専門分野の見地から助言やひらめきを与えてくれる。中央省庁という場を配属先にしている私にとっては、そうしたボランティアの力を活用させてもらうことは非常に貴重な機会となる。
「やって見せ、言って聞かせて、させてみて、ほめてやらねば、人は動かじ。」ではないけど、はじめに「やって見せ」ないと、紙に書いた企画書の構想だけでは、カンボジア人にとって体験したことのない発想を理解してもらうことなどできないのだろう。何の疑いもなく、言葉で説明すればわかるかと思っていたけれど、例えば同じ「環境教育」という言葉を聞いて頭に浮かんでくる発想は、日本人のそれとカンボジア人のそれとは、全く異なっていたのかも知れない。イマジネーションは、自分の経験の蓄積がもとになっているのだから。
残り、5か月。気持ちの整理がついた。今月中には、第二四半期の業務費申請をしなければならない。早速、活動計画の修正、予算計画、そして何より大切な「何故そのPJをやるのか、何故そのPJがカンボジアにとって有効なのか」という私の意志。三点をはっきりさせよう。
こうやってどんだけ悩んでも、よそ者の私を受け入れてくれているカンボジア。暖かいカウンターパートや同僚たち。私にとって彼らが原動力であることに変わりはない。