頑張れ!! オンボロ食堂奮闘記!! 〜今日もゆるっと営業中〜 -41ページ目

頑張れ!! オンボロ食堂奮闘記!! 〜今日もゆるっと営業中〜

町はずれの少し古びたレトロカフェ食堂。木の温もりと柔らかい光に包まれ、落ち着いた大人向けの空間です。読書やひとり時間も楽しめ、厨房ではゆるい日常が流れています。

こんばんは!!


オーナーのクゥーです。 



なんと今日は大掃除の日だったんですね。

| 壁 |д・)

そろそろ年末なのでしないといけないと思っているのですが(お店&家)・・・・


毎年思うのです。


今年もまたやらんといけないのか

・・・・・ε=ε=ε= ヾ(*~▽~)ノ


毎月少しずつすればよいのですがそれで毎年、後悔してます。


めんどくさい・・・・・


典型的なO型なので大雑把な性格の上めんどくさがりなのです。

(*´Д`)=з


俺みたいな人ばかりではないでしょうけど・・・・・


他のO型の人ごめんなさい。


m(_ _ )m


でも、していかないと年末に御節が控えてるのでする暇がなくなるんですよね。


┐( ̄ヘ ̄)┌


だから今年も頑張ってやります。


でまたまた豆知識☆-( ^-゚)v


昔からこの煤払い、大掃除を始めるのは12月13日と決まっていました。この日は旧暦では鬼宿日と言い、最高に縁起がいい大安吉日に当たります。そこで新年を迎える準備を始めるのに相応しい吉日として、煤払いが行なわれるようになったそうです。

他にも元旦のお雑煮を作るための薪を拾いに行ったり、門松飾りの竹や松の枝を取りに行く日でもあったそうです。
鬼の日に山へ薪や竹を取りに行くのは少し怖い気もするのですが、もともと 「鬼」 はご先祖様のことをさし、この日は何をしてもご先祖様に守ってもらうことができる日、だから鬼宿日はとても幸運な日と言うワケなのです。

てことで少しでも幸運を分けてもらえますように・・・・

例えば宝くじで一等当たるとかね。・・・・・


ではおやすみなさい。


こんばんは!!


コックのロクです!!


今日は普通なら休みなのですが忘年会の予約が入ったので今日は店を開けました。

内容はすき焼きでした。

頑張った甲斐がありお客様に喜んでいただいたので良かったです。

今日はスーパーで珍しく玉ひもがあったので玉ひも煮を作ろうかなぁ・・・て思って買ってきました。


仕事が終わりみんなで賄いです。


皆さん玉ひもって知ってますか。


これがそうなんですけど↓


頑張れ!! オンボロ食堂奮闘記!! ( リニューアル大作戦 )-玉ひも

ちなみに鳥のもつです。


腸のような内臓と卵黄のような黄色い玉がはいってるやつです。



排卵前の玉子「キンカン」と卵管「ヒモ」がくっついたものです。


少しグロテスクですがおいしいです。


焼き鳥屋の串焼きなんかでもキンカンなどと呼ばれてたりします。

独特の臭みがありますから、煮込みや焼き物が支流だと思います。


調理の仕方はまず、キンカン、ひもに分けます。


そしてひもをひっくり返してよく水で洗って食べやすい大きさにします。


たまねぎなどと一緒に炒めるといいですよ。


普通は臭みを消すために湯通ししてから砂糖・酒・醤油・しょうがの千切りを煮立たせ、そこへ下茹でした玉ヒモを放り込ンで味がしみこんだらok!!

なんですが今日はちがったやりかたでやってみました。


まずたまねぎを切ってフライパンに油を引いてたまねぎを炒めその中に湯引きなしでひもをいれさらに炒めていき今日はすき焼きの残ったタレで和えて最後にキンカンとしょうがの千切りを入れます。そして汁気がなくなるまで煮詰めたら出来上がり。



頑張れ!! オンボロ食堂奮闘記!! ( リニューアル大作戦 )-玉ひも煮


なかには炒めている最中にキンカンをつぶす人がいますね。


人それぞれ食べ方は違えど玉ひもは改めて食べると癖に成る食べ物ですよ。

こんばんは!!


コックのロクです。


今日は明日の宴会の買出しです。


ふと前を見ると あっ!!クリスマスケーキの予約の受付がそういえば、時期的に言えばそうなんだ。

ふと小さいときのクリスマスケーキを思い出します。


俺の憧れは・・・ヽ(゚◇゚ )ノ

アイスクリームのケーキがほしくて、ほしくて仕方なかった事を思い出します。(-^□^-) 

そして母に一度だけ、買ってもらった記憶があります。それも1カートンメッチャうれしかった。


それを頑張って食べたんですが・・・・・(ノ_-。) 


お腹が痛くなって・・・


二つで挫折・・・・


でもまだ食べるって頑張ったんですよ。

。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。


さすがにうちの親は普通のケーキならまだしもアイスクリームのケーキは食べないって・・・


ちょっと無理って(iДi)・・・・・・


それから程なく冷凍庫の眠りにつきました。


それから、日が経つうちに忘れられ思い出したときに食べようと思ったら・・・・

なくなってて母に聞いたら、「あんたが食べんから融けるけてしもて食べられへんから捨てたで・・・」の一言が


続けざまに「食べられへんならもう二度とかわへんからなぁ。」とダメ押しの一言・・・・


それ以来買ってもらえなくなった記憶が・・・・・o(_ _*)o



それとアイスクリームで思い出すのが

「 ピエネッタ 」!!(o^-')



皆さん覚えてはりますか? 



若い人は知らんかも・・・



でもあれは衝撃てきでした。



この辺で見かけないので写真だけ・・・・↓


頑張れ!! オンボロ食堂奮闘記!! ( リニューアル大作戦 )-ピェネッタ1

頑張れ!! オンボロ食堂奮闘記!! ( リニューアル大作戦 )-ピエネッタ2


思い出としてはこれも初挑戦で親に買ってもらったきがします。


少し値段は高かった記憶がありますが・・・・


親もしぶしぶ買ってくれた気が・・・・


アイスの中にチョコが入っててパリパリしてておいしかったから絶対に大人になったら買ってやる!!

とおもてたんですがいつの間にかなくなってて残念でした。



今もあるんやろか?




こんばんは!!


コックのロクです。


忘年会といえば・・・・


鍋ですよね。


寄席鍋、ちゃんこ、カレー鍋、


トマト鍋、ふぐちり、・・・・


などなどいろんな鍋があります。


皆さんは忘年会をされましたか?


うちの店も忘年会の予約がありました。


今年は「SUKIYAKI 」の注文がありました。

僕の父ぐらいの世代が大好きなSUKIYAKI です。



SUKIYAKI といえば坂本九SUKIYAKI ですが


実を言えば私はすき焼きよりしゃぶしゃぶ派なんです。m(_ _ )m


なぜかと言いますと生卵につけて食べるのと

すき焼きが甘すぎるのが苦手なんです。

ε=ε=ε= ヾ(*~▽~)ノ


でも上を向いて頑張ってます。

てなわけでSUKIYAKI の豆知識 (-_☆)


ちなみにSUKIYAKI の歴史は幕末 になるまで、牛肉を食べることは一般には行われていなかったが、別に「すきやき」と称された料理は存在していたのです。(^-^)/


古くは寛永 20年(1643年 刊行の料理書料理物語 』に「杉やき」が登場しており、これは などの魚介類と野菜を杉材の箱に入れて味噌煮にする料理やさらに享和 元年(1801年 の料理書『料理早指南』では、「鋤やき」は「 のうへに右の鳥類をやく也、いろかはるほどにてしょくしてよし」と記述されていたり、また、文化 元年(1804年 の『料理談合集』や文政 12年(1829年 の『鯨肉調味方』にも具体的な記述が見られ、使い古したを火にかざして鴨などの鶏肉や、あるいは鯨肉などを加熱する一種の焼肉 であったんです。

この魚介類の味噌煮の「杉やき」と、鳥類・魚類の焼肉という「鋤やき」という二種類の料理が、牛肉の鍋物としての「すき焼き」の起源と言われています。

なお、すき身の肉を使うことから「すき焼き」と呼ばれるようになったという説もあるのであります。

そのほか日本国内各地方でその調理法に違いがあり、みなさんご存知の関東風、関西風です。



関東 のすき焼きは明治に流行した牛鍋がベースになっており、出汁に醤油 砂糖 みりん などの調味料 を混ぜた割下をあらかじめ用意し、割下の中で牛肉を煮る。


関西 のものは文字通り牛肉を焼く料理で、肉が焼けたところに砂糖を乗せるか、まぶし、醤油を直接加えて味付けをする。肉と水の出る野菜を同時に焼かない点、コンニャク など肉を硬くする作用を持つものを一緒に焼かないことなど、関西の調理の手順には特徴がある。ただし、野菜など他の食材から出る水分と砂糖および醤油が混ざることを考慮して、牛肉が焼けた後に他の食材を加えて調理する地域もある。


北海道 新潟県 ではその昔、牛肉ではなく豚肉 を使うことが一般的だったらしくこれはかつてこの地域では牛肉が高価だったせいもあり、食べる習慣があまりなかったためですって、しかし、比較的安価に牛肉が提供されるようになった現在では牛肉を使う場合が多い。


また滋賀 愛知 では鶏肉 で食べる習慣もある。


入れる野菜も、地方によってはモヤシ を入れたりジャガイモ を入れたりと様々です。(*^-^)b


そんでなぜ溶き卵かというと焼けた肉などの具材を溶き卵 に潜らせて食べるのは関西発祥で、関東の牛鍋をベースとしたすき焼き店では、溶き卵を出す店は無かったらしい。その後、関西のすき焼き店が関東に進出してきた時に、溶き卵を付けて食べる習慣も持ち込まれ、一般化したと言う。 なぜとき卵が使われるようになったかと言うと具材をいきなり口にいれ火傷をしてしまわないようにと、ほどよい温度にしてから食べるようにしたためなんですって・・・・

以上豆知識終わり ( ̄ー ̄)


てなわけで日曜日に宴会の予約はすきやきです。


ボーナスもでた頃なんで皆さんも是非きてください。


私たちにボーナスを・・・・・・

(>_<)




ブログをあげながら「ニセ医師と呼ばれて」というドラマをみてました。

医介輔(いかいほ)・・・・・

聞きなれない言葉でした。

で調べてみると

沖縄がまだアメリカだった頃、マラリアなどが蔓延する戦後の沖縄で、医師不足を解消するため、医師免許をもたない“医介輔”と呼ばれる医師がいたということです。


戦時中の衛生兵 、医師の手伝いをしていた者、医学校中退者など医療 の経験を有する者に、1945年 「医師助手」という資格を与え、医療 に従事させた。この「医師助手(Assistant Doctor)が後の医介輔 の前身となった。今で言う看護師のことだろうと思う。


主人公は、2008年まで実際に医介輔として活躍した実在の人物・宮里善昌さんがモデル。
医介輔は、「重病患者に対する診療禁止」「医師の指示によらなければ抗生物質を使用してはならない」などの条件付きではあるが、医師による医療が行き届かない地域での医療行為が認められる。1951年、試験によって126人(沖縄96人、奄美30人)の医介輔が誕生した。
交通機関の整備も十分になされていない離島や僻地で、野戦病院のような状況下、毎日数十人、時に100人を超える患者が深夜まで押しかける中、医介輔となった医師たちは、地域医療の第一線で日夜奮闘していた。
しかし、医介輔は正式な医師ではないため、時には「ニセ医者」と偏見や差別を受けることもあった。それでも彼らは、地域医療を支えるため、沖縄の僻地や離島でがんばり続けた。


それがどれだけ過酷で満足な薬も医療設備も持てない医介輔という立場にジレンマや無力感を抱えながら、米軍基地のある村で、病やケガに苦しむ村の人々のために診療をしたのか?


このドラマを見ていて思ったのは昔にはこんなことなど教科書には載っていなかったしこんな人たちがいることを知らなかった。


上辺だけを勉強したのかと思い恥ずかしかっしそのおかげまたひとつ勉強になった。


感謝です。