頑張れオンボロ食堂奮闘記 ― ロクとクゥーのまかない哲学 ― -15ページ目

頑張れオンボロ食堂奮闘記 ― ロクとクゥーのまかない哲学 ―

町はずれの少し古びたレトロカフェ食堂。木の温もりと柔らかい光に包まれ、落ち着いた大人向けの空間です。読書やひとり時間も楽しめ、厨房ではゆるい日常が流れています。

休みの日に厨房にいるやつは、だいたい何か始める。


火の入っていない厨房は、音が抜けて別の場所みたいだ。


俺はコーヒーだけ入れて、作業台の端に座っていた。


奥で、冷蔵庫の扉が開く音。


「何してるんです?」


トレーに並んでいたのは、卵、牛乳、バター、粉。


ロクが言う。

「再現だ」


「何の?」


「昔のやつだ」


それ以上は言わない。


生地を混ぜる手が、迷わない。


 測っているのか、覚えているのか分からない。


「レシピは?」


「ない」


「じゃあどうやって」


「食べた」


少しだけ間が空く。


「覚えてるもんだけでいい」



焼き上がる。

少しだけ膨らんで、少しだけ軽い。


ロクが小さく言う。


「……近いな」


黒豆を並べる。


「多くないですか」


「こんなもんだった」

記憶は、少しだけ曖昧だ。

でも、手は止まらない。

巻く

ためらわない。

一気に。

「止まると割れる」

切る。


断面に、黒豆がぎっしり詰まっている。

派手じゃない。

でも、妙に強い。



クゥーが食べる。

「地味だな」

もう一口いく。


「……でも止まらん」


ロクがうなずく。


「それでいい」


少しだけ、静けさが戻る。

ロクがぽつりと言う。


「最初で決まる」


クゥーが顔を上げる。


「改造していい?」


ロク「ダメだ」


俺「やめとけ」


たぶんやる。


次回

9皿目「最後で、なんとかしようとするな」 〜触るなは合図〜


朝に甘い匂いが漂っていた。

嫌な予感は、だいたい当たる。

厨房に入った瞬間、確信した。

「今日、特注多いぞ」

そう言ったのは、**ロク**だった。

貼り紙にはこう書いてある。

期間限定
バレンタイン応援弁当

「聞いてない」

「昨日決めた」

「昨日休みだ」

「だから今日いる」

理屈が少し雑すぎる。

**クゥー**は箱を開けてチョコを確認しようとする。

「触るな」

「まだ触ってない」

「その目が触ってる」

仕込み表には、ハート型、副菜の色付け、メッセージ仕切り、甘味付きと書かれていた。

ロクは小さく首を振る。

「弁当に感情を詰めるな」

でも、イベント弁当には物語が少しだけ必要らしい。

型抜き、色付け、詰め替え、書き入れ。

手を止めると終わる仕事だった。

「誰だこの工程組んだの」

「お前だ」

「俺かよ」

横でロクはチョコの温度を見ている。

「チョコは温度管理が命だ」

「弁当だぞ」

「だから安定がいる」

「何度です?」

「28度に下げて、31度で戻す」

数字が妙に具体的だった。

忙しい日の記憶は、すぐに消える。

クゥーが何かを作っていた。

「何してる?」

「チョコ味噌」

「やめろ」

「可能性はある」

「今日はない」

入れて、焼いて、香りが少し迷子になる。

試食したクゥーが言った。

「二口目はない」

一口目はあったのか。

ピークが来る。

「合格!」「がんばれ!」「勝て!」

メッセージ弁当が次々と出ていく。

「応援されたいのはこっちだ」

「手を止めるな」「止めたら泣く」

受け取りに来た高校生が言った。

「これ、今日渡します」

ロクは包みながら呟く。

「温度は味方だ。冷ますな」

料理人の言葉は、少し重い。

すべて出し終えたあと、クゥーが聞いた。

「ロク、昔めちゃくちゃもらってたタイプだろ」

「否定はしない」

即答だった。

「お前は?」

「ゼロではない」

「何個だ」

「ゼロではない」

今日いちばん甘かったのは、たぶん空気だった。

片付けの前、クゥーが渦巻き状の仕込みを見せる。

「それ何だ?」

「明日の仕込み」

「見たことないな」

ロクは少しだけ笑った。

「昭和ロールだ」

「いじっていい?」

「ダメだ」

「絶対やるなよ」

たぶんやる。

厨房の火は、今日も静かに残っていた。

次回



― 余裕がない日は、火が上がる ―


休日の電話は、だいたいロクからの知らせじゃない。

包丁も握ってない。火も見てない。まだ頭も起きてない時間。

着信の名前を見た瞬間、
ため息が出る。

「悪い、今日出れるか?」

「何時からです?」

「もう来てほしい」

はい、休み終了。

店に入った瞬間、空気が違う。静かじゃない、でもうるさくもない。
“回ってない音”する。

仕込み途中、寸胴は半端、注文伝票は山。
誰もパニックじゃないのに、全体がギリギリで動いている。

「ポジション三つ、頼む」

男前一丁どころか、三丁だ。

切る。焼く。返す。盛る。

考える暇があると崩れる。だから手だけを動かす。
途中、常連さんがカウンターから言った。

「今日はいつもより火ぃ強いな」

図星。余裕がない日は、だいたい火力が上がる。

ピークを越えたあと、ようやく座って食べたまかないは、
全部の半端をのせた丼だった。

見た目はひどい。でも味はやたらうまい。
疲れてる日の料理は、妙に正直だ。

「今日はもういい、上がって」

時計を見ると、まだ夕方。
呼び出されて、走って、回して、終わる。滞在時間より密度が濃い。

外はまだ明るい。少しだけ、世界が得した気がした。

帰り際、女性達の話の中に小さな呟きが聞こえた。

「明日、バレンタインか」

……嫌な予感しかしない。


次回

      〜今日もゆるっと営業中〜

今日もゆるっと、厨房の火が呼吸している。
フライパンの上で、麺とソースが静かに寄り添っている。
夕方の匂いが、ゆっくりと空気に溶けていく。

今日の看板メニューは焼きナポリタン。
少し気分を変えて、香ばしい時間をひと皿に閉じ込めてみました。

フライパンに麺とソースを入れてジュウッと絡めると、香ばしい匂いがふわっと立ち上がります。外はカリッ、中はもちもち。見ているだけでお腹が鳴りそうでしょ?



ロクは無言で火加減を見つめ、鍋の呼吸を確かめています。
クゥーはチーズを振りながら「少し焦げても香ばしいってことで!」と得意顔。厨房の中は、香りと音と小さな笑いで満ちています。

仕込みの小鉢では、クゥーが野菜をザクザク切りながら、ロクと言葉を交わします。
「昨日のパスタ、焦げてたね」
「香ばしいと言えなくもない」

麺をひっくり返して焦げ具合を確かめたり、買い物中にトマトが袋から転がって小さな追いかけっこになったり。
「お前、逃げるな!」とクゥーが叫び、ロクは無言で見守るだけ。小さなハプニングも、今日の厨房の一部です。

今日のおすすめは、残り野菜とウィンナーで作る「香ば野菜とお肉のバター醤油炒め」。
ジュウジュウという音と香ばしい匂いが漂い、余った食材が小さな一皿に変わります。

常連さんからは無茶ぶりも。
「麺をスパイラルにして!」
クゥーはフライパンを回しながら実演して、大笑い。
あなたも、見ているだけで少し笑顔になれるかもしれません。

焼きパスタを作りながら、クゥーはぽつり。
「作る時間より、食べる時間の方が短いんだよね」

そう、だからこそ一口一口に気持ちを込めています。

焦げる前にフライパンに油を足す小さな工夫も添えて、今日も焼きパスタをゆっくり仕上げます。
その横でロクは無言で見守りながら、ほんの少しだけ微笑みます。

厨房は今日も香りと音に包まれ、ちょっとした笑いも静かに散らばっています。
読んでいるあなたも、ここにいるみたいな気持ちになってもらえると嬉しいな。

【今日の注意書き】
・営業は気分次第です(だいたい開いています)
・焦げは香ばしさの隠し味です(保証はゆるめ)
・クレームはクゥーが笑顔対応、ロクは静観します

今日も、ゆるっと営業終了です。

腹が減ったら、ふらっと寄ればいい。
まあ、うちはこんなもんです。お腹も心も、また明日で。

次回


   

少しだけ、詰めすぎた。


夕方の光が、厨房に残っている。


油の匂いが、静かに抜けていく。


ロクは、鍋の油を見ている。


「チーズ入れたら、絶対うまいでしょ!」


クゥーが蓮根を落とす。

小さな泡が、揺れる。


少しだけ、色が深い。


「……まあ、いいか」


ロクが言う。

クゥーは笑っている。


胡麻をする音。

少し散らばる。


ロクが無言で拾う。


「胡麻も愛嬌だ」


玉子は、少し甘い。


「……入れすぎた?」


クゥーが聞く。


常連が言う。


「これくらいがいい」


ロクは何も言わない。


弁当箱に、順番に詰めていく。


蓮根。

玉子。

胡麻。

少しだけ遊び。


ご飯に、ごま塩。


クゥーが覗き込む。


「多くない?」


「……多いな」




蓋を閉じる。

音が、少しだけ遠くなる。


腹が減ったら、ふらっとでいい。


まあ、うちはこんなもんです。

お腹も心も、また明日で。




【本日の注意書き】

・詰めすぎると、だいたい重くなります

・焦げは少しだけ、味の一部です

・弁当は、だいたい欲張りです


次回 

5皿目:焼きナポリタン〜今日もゆるっと営業中〜