67皿目:コーヒーと、止まる時間 ― 止まる時間も、進んでいる | 頑張れオンボロ食堂奮闘記 ― ロクとクゥーのまかない哲学 ―

頑張れオンボロ食堂奮闘記 ― ロクとクゥーのまかない哲学 ―

町はずれの少し古びたレトロカフェ食堂。木の温もりと柔らかい光に包まれ、落ち着いた大人向けの空間です。読書やひとり時間も楽しめ、厨房ではゆるい日常が流れています。

午後の食堂。


客足が少し途切れた頃、ロクがコーヒー豆を挽いていた。
ごり、ごり、と小さな音がする。
クゥーがカウンターから顔を出す。
「コーヒーですか?」
ロクは返事の代わりに、挽いた豆をドリッパーへ移した。
湯を注ぐ。
ふわっと、香りが広がる。
さっきまで揚げ物の匂いが残っていた店の空気が、少し変わった。
窓の隙間から、コーヒーの香りが細く流れていく。
店先を通った人が、ふと足をゆるめた。
そのまま通り過ぎる。
少しして、暖簾が揺れた。
「コーヒー、もらえる?」
クゥーが振り向く。
「はい」
ロクはカップを一つ、カウンターに置いた。
客が腰を下ろす。
クゥーがコーヒーを運ぶ。
その横に、ロクがもう一つ皿を置いた。
小さなどら焼きが一つ。
客が見る。
「……これも?」
「おまけです」
ロクはそれだけ言って、厨房へ戻った。
クゥーがどら焼きを覗き込む。
「コーヒーに、どら焼き?」
客は笑った。
「いいんじゃないか」
コーヒーを一口。
苦みのあとに、豆の香りが残る。
どら焼きの皮を割る。
ふわりと、あんこの甘い匂い。
客はもう一口、コーヒーを飲んだ。
しばらく、何も言わなかった。
クゥーも何も言わない。
時計の針だけが、カチ、カチ、と進んでいる。
店の外を、自転車が一台通り過ぎた。
暖簾が揺れる。
客は窓の外を眺めたまま、残ったコーヒーをゆっくり飲んだ。
「……なんか、時間が止まったみたいだな」
クゥーが時計を見る。
「止まってませんよ」
「そうだな」
ロクが洗ったカップを伏せる。
「ちゃんと進んでる」
客は少し笑った。
どら焼きの皿には、最後の一口だけ残っていた。
コーヒーの香りが、まだ店の中に漂っている。
しばらくして、客が席を立つ。
「ごちそうさん」
「ありがとうございました」
暖簾が揺れる。
外へ出ていく足音が、少しずつ遠くなる。
クゥーが空いた皿を見た。
「……もう一個、出します?」
ロクはカップを拭きながら、
「誰に?」
「自分に」
ロクが少しだけ笑った。
「それなら、いい」
午後の食堂に、またコーヒーの香りが広がった。


【今日の注意書き】


・コーヒーは、急いで飲まなくても大丈夫です。
・どら焼きは、コーヒーにもよく合います。
・「もう一個」は、注文してから考えましょう。