8皿目:昭和ロール | 頑張れオンボロ食堂奮闘記 ― ロクとクゥーのまかない哲学 ―

頑張れオンボロ食堂奮闘記 ― ロクとクゥーのまかない哲学 ―

町はずれの少し古びたレトロカフェ食堂。木の温もりと柔らかい光に包まれ、落ち着いた大人向けの空間です。読書やひとり時間も楽しめ、厨房ではゆるい日常が流れています。

〜理屈で巻くか、勘で巻くか〜

休みの日に厨房にいるやつは、だいたい何か始める。

火を入れていない厨房は、音が抜けて別の場所みたいだ。
俺はコーヒーだけ入れて、作業台の端に座っていた。

奥で冷蔵庫の扉が開く音がした。

休みの日に来るやつは、だいたい何か始める。

「何してるんです?」

金属トレーが出ていた。

卵、牛乳、バター、粉。
並び方からして、もう菓子作りだ。

ロクが言う。
「再現だ」
「何の?」
「昭和ロール」

「昔、もらったことがある」
手を動かしながら続ける。
「差し入れで来たロールケーキだ」
「レシピは?」
「ない」
「聞かなかった?」
「食べた」

今日は理屈より記憶らしい。


「今の名前は違う」
「え?」
「昔は昭和ロール」
「今は丹波ちりめんロールって呼ばれてるらしい」
「だいぶ変わったね」
「売る言葉は時代で変える」

そこはブレない。


「特徴は?」
「軽い生地」
「甘さ控えめ」
「中に黒豆」
「黒豆?」
「丹波の黒豆がたっぷり入ってた」

記憶がやけに具体的だ。


クゥーが入ってきた。
「甘い匂い」
「帰れ」
「もう入った」
早い。


生地が焼ける。
きれいに膨らんだ。
ロクが小さく言う。
「近い」


黒豆を並べる。
「多くないですか?」
「もっと入ってた」
記憶優先だ。
巻きに入る。
ためらわない。一気に巻く。



「止まると割れる」
また人生みたいなことを言う。

切る。
断面に黒豆がぎっしり並んでいた。
派手じゃない。でも妙に強い。
——これは当時もらった時の写真だ。




※記憶の元になった昭和ロール
(今は丹波ちりめんロールと呼ばれているらしい)

クゥーが食べた。
もう一口いった。
「地味だな」
「そうだ」
「でも止まらん」
「それでいい」
ロクがうなずく。

「改造していい?」
ロク「ダメだ」
俺「やめとけ」
たぶんやる。

次回
第9話「触るなと言ったのに」
―― 触るなは合図