― 余裕がない日は、火が上がる ―
休日の電話は、だいたいロクからの知らせじゃない。
包丁も握ってない。火も見てない。まだ頭も起きてない時間。
着信の名前を見た瞬間、
ため息が出る。
「悪い、今日出れるか?」
「何時からです?」
「もう来てほしい」
はい、休み終了。
店に入った瞬間、空気が違う。静かじゃない、でもうるさくもない。
“回ってない音”する。
仕込み途中、寸胴は半端、注文伝票は山。
誰もパニックじゃないのに、全体がギリギリで動いている。
「ポジション三つ、頼む」
男前一丁どころか、三丁だ。
切る。焼く。返す。盛る。
考える暇があると崩れる。だから手だけを動かす。
途中、常連さんがカウンターから言った。
「今日はいつもより火ぃ強いな」
図星。余裕がない日は、だいたい火力が上がる。
ピークを越えたあと、ようやく座って食べたまかないは、
全部の半端をのせた丼だった。
見た目はひどい。でも味はやたらうまい。
疲れてる日の料理は、妙に正直だ。
「今日はもういい、上がって」
時計を見ると、まだ夕方。
呼び出されて、走って、回して、終わる。滞在時間より密度が濃い。
外はまだ明るい。少しだけ、世界が得した気がした。
帰り際、女性達の話の中に小さな呟きが聞こえた。
「明日、バレンタインか」
……嫌な予感しかしない。
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