6皿目「男前一丁の日」 ― 余裕がない日は、火が上がる ― | 頑張れオンボロ食堂奮闘記 ― ロクとクゥーのまかない哲学 ―

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町はずれの少し古びたレトロカフェ食堂。木の温もりと柔らかい光に包まれ、落ち着いた大人向けの空間です。読書やひとり時間も楽しめ、厨房ではゆるい日常が流れています。


― 余裕がない日は、火が上がる ―


休日の電話は、だいたいロクからの知らせじゃない。

包丁も握ってない。火も見てない。まだ頭も起きてない時間。

着信の名前を見た瞬間、
ため息が出る。

「悪い、今日出れるか?」

「何時からです?」

「もう来てほしい」

はい、休み終了。

店に入った瞬間、空気が違う。静かじゃない、でもうるさくもない。
“回ってない音”する。

仕込み途中、寸胴は半端、注文伝票は山。
誰もパニックじゃないのに、全体がギリギリで動いている。

「ポジション三つ、頼む」

男前一丁どころか、三丁だ。

切る。焼く。返す。盛る。

考える暇があると崩れる。だから手だけを動かす。
途中、常連さんがカウンターから言った。

「今日はいつもより火ぃ強いな」

図星。余裕がない日は、だいたい火力が上がる。

ピークを越えたあと、ようやく座って食べたまかないは、
全部の半端をのせた丼だった。

見た目はひどい。でも味はやたらうまい。
疲れてる日の料理は、妙に正直だ。

「今日はもういい、上がって」

時計を見ると、まだ夕方。
呼び出されて、走って、回して、終わる。滞在時間より密度が濃い。

外はまだ明るい。少しだけ、世界が得した気がした。

帰り際、女性達の話の中に小さな呟きが聞こえた。

「明日、バレンタインか」

……嫌な予感しかしない。


次回