幸せについて 考えた | 58才の希望と野望

58才の希望と野望

地方出身東京在住 
賃貸暮らし(50歳彼が家を準備!)
独身彼なし(49歳でできた!)
夢:本をだすこと
家族が 彼がほしい(彼はできた、51歳で入籍しました)
仕事がほしい(49歳で正社員になった!53歳首)
英語が話せるようになりたい!
人生あきらめません!

今年はじめてのブログです。

もう2月 早いですね。

 

ところで、幸せですか?

って宗教みたいですが。

 

私は今年57歳になりますが、この年になると欲がなくなり楽になってきました。

ようやく幸せと思えるようになりました。

 

若いころ、とくに20代は、欲だけは強いのに努力する根気がなく、つらかった。

走りたいのに、走る体力と気力はない。

オリンピックで金メダルを取りたい!的な気持ちはあるが、

きびしい練習はしたくないしできないひ弱な私。

野望ばかりは強いが、体と根性はない、そんな私でした。

私にマイルドヤンキー力があれば、あんなに苦しむことはなかったのですが。

 

若い頃、卒業した学歴が気にいらず再入学しようか迷っていた友達、

仕事のキャリアが子育てで分断され、このままでは満足できないと、

子供を育てながらコツコツ仕事をはじめ、40代で花開いた友達。

そんな人たちも、50代後半になり力がぬけ、これでいいかなっと、

たまに集合するお茶のとき、ニコリと笑うようになりました。

昔は、キリキリしたお茶会でしたが。

 

が、40超えても、50超えても、いつまでも、このままではいけないと勉学を続けておられる方もいます。

この場合2種類で、ようやくしたいことが見つかり、その1本がおもしろくておもしろくて、やめられない方。

ならいいのですが、

そうでなく、一つこえると、つぎはこれをこえたいと、いつまでも次のさらに高い欲がわきとまらず、

亡霊みたいな欲にとりつかれ、頑張ることがやめらず苦しみ続ける人もいます。

そばにいますが、外からみたら超勝ち組ですが、本人はいつまでもいつまでも不幸です。

 

地方が出てきて、東京の郊外に住み、次はもう少し都心部に、次は都心6区に、次は3区に、

スリーAに。スリーAのステータスの高いマンションに、

上には200億円だかの麻布台ヒルズもあり大変です。

住む場所で例えるとそんな感じでしょうか。

 

面白くて勉学がやめられない人は、人の目などもう気にしませんが、

後者は、人の目、承認欲求がとまらず、年齢で努力がつらくなっても、

やめられない人が多いような。

 

自己愛性パーソナリティ障害、の特徴にあてはまる人が多い気がします。

実際、上記病名がはっきりとつく人は少ないらしいですが。

この特徴に当てはまる人は、ステータスの高いお仕事の人に多い気がします。

そして東京、都心部に住む方に多い気もします。(偏見ですが)

 

不満足でいる幸せを感じられないことで輝き続けられるとは、

なんとも皮肉です。

 

主人が仕事で、東京からの電車のない茨城のとある場所でしばらく働いていたのですが、

行くたび、道路は広いし、店も広い、広いので東京でみない物がある、魚も野菜も安い、温泉もある。

東京で狭いマンションを買う金で家がかえます。

車が必須、病院が少ないので私は移住はできませんが。

最近は若い夫婦が、すごく増えたそうで、ひろーーい公園にいくと、それを実感できます。

最近では、クリニックも増えてきています。(土地の値段もあがってます)

 

多分東京の人からすると、ここに住んでる人は、”負け犬”という範疇なのでしょうが、

そこの人と人の間隔がひろい喫茶店でゆっくりお茶をしながら、

幸せって?、と思うのです。

 

先ほどのいつまでも”がんばること”がやめられない人には、住めない場所でしょう。

そういう人は、東京に(東京都心部に)参加していることで、気持ちが落ちつくのかと思います。

私も、そんな一人であることは認めます。

 

広い道路を走りながら、横をすぎる大きな4WDに思うのです。

早くに、俺ここでいいっす!と、ほんとに心底心底思えるのは、

幸せになる能力が高い人なのではと。

都心部で不幸をばねに頑張る人が、

そんな人がバカにする幸せに、幸せと満足できるている人たちがいる。

 

人の目からしたら不幸かもしれませんが、

本人が、幸せと思えるなら、他人がどう思おうが、

幸せと思っている時点で、勝っている。

 

私の、頭がいい人の特徴ではないかと思うことに、

切替の速さ、ぱっと切り替えたあとの集中力。

切り替える前の見極め力。

と思うのですが、

幸せになる力も、同じではないかと思うのです。

 

若いうちは野望にもえ、自分の欲に苦しみ努力することは、

おれここでいいっすと、早くになげる、ある意味逃げるよりいいとは思いつつ。

(スポーツと同じで、やり切った感があるほうが、満足度幸福度は深いと思うので。)

 

はやくに見極められる、ここでいいと思える力が、幸せ力な気がするこのごろです。

 

結婚したのに、いつまでも、若いお姉さん、もしくは男性の賞賛がほしくて不倫がとまらないでなく、

俺は、私は、この先は、家庭と仕事に集中する、と腹をくくったものが、

晩ねん幸せになるのと同じな気がする。

 

人を基準にせず、ある意味はやくにあきらめる、

家族でも、親でもなく、自分でこれと選択し、集中できる腹をくくれる人が、

人生の幸せを、生きているうちに沢山味わえるのではないかと。

 

自然にいつか物欲、欲がなくなり、わかってくるとは思いつつも、

一生苦しんで、幸せってなにと、死ぬより、

大したことのない俺、私だったけど、エルメスの××、時計の××、車の××はもてなかったけど、

幸せだったなぁと思え、笑える晩年が来る気がする、このごろです。

 

まとまりませんが、今年もよろしくお願いします。