学校で学ぶとは、人生の成功とは、を56歳ダラダラ書いてみた | 58才の希望と野望

58才の希望と野望

地方出身東京在住 
賃貸暮らし(50歳彼が家を準備!)
独身彼なし(49歳でできた!)
夢:本をだすこと
家族が 彼がほしい(彼はできた、51歳で入籍しました)
仕事がほしい(49歳で正社員になった!53歳首)
英語が話せるようになりたい!
人生あきらめません!

以下長いよ。

 

久しぶりの夢をみた。たまーーに見る夢。

大学にいて、うけなければいけない試験が、その日で終わっていたという夢。

それをうけないと大学を卒業できない、単位がたりない。あせる夢。

 

自分は大学はある意味親の力ではいった。

運よく自分の力以上の場所にねじ込んでいただいた。

56歳にもなり、今自分のいる場所が、すべて自分の足で歩いてきたものではないので、

時々こんな夢をみる。

みこしにのり担いでもらい、ある地点まで楽に登ってきている感じ。

でも、ずる(ある意味)をしたのは、自分はしっている、だから、

こんな夢をみる。

 

成功、、

学歴、美貌、家族、仕事と比較的若くしてすべてをパーフェクトに持っているように見える人、

を成功者とイメージする。

 

でも、最近これだけではないのではと思う。

もちろん、学歴~はあるのだが、本当の成功とは、

一言でいえば、自分の取り扱いを一番知っている人。

誰でもない、自分で自分に一番向きあえる、向きあってきた人。

いつでも自分に向きあえる人。

自分が、一番愛おしい。

子供がいても、もちろん子供は愛しているが、それとは違う、自分が一番愛おしい。

 

まずは、天才。で成功をつかんだ、少数派。

一つの才能に早くから突出している人、自分が意識せずとも、できてしまう。

できるから好き、周りもその才能をサポートしてくる。もちろん天才には天才の悩みがあるが、

ここでははぶく。

 

次は、頭のいい人。もしくは早くから大人になれる、身近にある一定数いる人。

 

小説で、アルジャーノンに花束を という小説がある。

知的障害者である主人公が、

ある実験によりIQがあがり頭がよくなっていき、

まわりはいい人ばかりと思っていたのが、頭がよくなるにしたがい、

実際は、まわりにいじめられたいたり、尊敬していた人が店のものを盗んでいたり、

知らなくてもいいことが見えわかっていく。

この小説を読んだ時、頭がいいってこんな感じだよなぁと思った。

 

よく木でなく森をみろというが、頭が凡人の私はこれがなかなかできない。

が、頭がいい人とは、この引いてみることが自然にできる人と思う。

世界がよくみえる。

頭がいいと、えらいといわれている人も、実はえらくないことを自然と見抜く、

さらに思った以上にバカだと見抜く。私には怖い人(笑)

 

ひどいと自分を取り巻く環境が全部バカにみえる。孤独になる。

(中二病的だが、ちょっと違う、思い込みではない。)

 

頭がいいと、まわりのあらがよく見える。

 

単なる若気の中二病と違うのは、ほんとに頭のいい人は、

なんとか、ここでないどこかに行こうと、

イメージとして、一人十字架を担ぎ坂をのぼりはじめる。

つまり、孤独にもがき、たいがい十代だろうから勉強をもくもくとはじめる。

クラスで、休み時間にも一人勉強しているやつ高校にいたと思う。

 

環境がよければ、孤独な中に、距離をとりながら走ってくれる友人もできるだろうが、

田舎、ヤンキーが多く生息する場所では、たんなるかわりものとして流されそうなる。

もがくが、道がみえず、結局ある程度であきらめたり。

(でもそこで自分に向き合うことをやめたら、宿題として一生追いかけてくるのだけど)

 

家がいい、親が子供をサポートする力があり、何もしなくても親がある程度の道にのせてくれる。

そんな風に、気づけば世間的に、いい場所にいたりすることがある。

でも本人は、勉強のやり方をトライエラーし、汗をかきながら、自分を伸ばす勉強の仕方を、

自分の取り扱いを、壁にぶつかり、越え、自ら改良してきたわけでない。

こうすれば伸びるというのを、運よく周りがおぜん立てし、

そこに十代の柔軟さ素直さもとの頭の良さが発揮され、

ある地点まできてしまったという人が、いると思う。

 

ある程度は頭がいいので、その後もなんとかなるかもしれないが、

問題は、すべき時に自分を耕す方法を必死で探し、自分という土壌を改良してこなかった、

自分の取り扱いに真剣にむきあわなかった。

である。

これが仕事や人生に影響をあたえると思う。

 

56歳になり思うのは、まわりの環境がいい、感謝する、はとても大事だけど、

パパ、ママありがとう、主人のおかげ、なんて誰かに感謝している間は、

本当の自分の人生ははじまらないと、そう思う。

 

(もちろの、金銭面の苦労がないは、本当に運がいい。十代ならとくに。

勉強、自分の取り扱い、を集中して考えることができるから。)

 

ともかく、早くに自分の取り扱い、自分といやというほど向き合う、

自分のできなさにいやと言うほど泣いた人ほど、

人より遠くにいける気がする。

つまり”人生の成功”の秘訣をつかむ。

天才でも、頭がいい人でも。

 

なんでこんなことをダラダラと書いたかというと、

ネタばれすれば、

二名のUCLAに入学卒業した人の、youtubeを見たこと、本を読んだことがきっかけ。

 

最近はyoutubeといういい物があるので、環境が悪い天才も、

中間の才能を持つ者にも光りが見える。(そのあとは、本人次第だが)

 

話は脱線するが、(読まなくてもいい。)

東大に入学する人とは、個人的に思うことだが、

天才と、残りは、運のいい(家庭的に環境的に)、

中間ぐらいの頭のいい人が、血がにじむような努力をあきらめずにつづけ、

(もしくは自分が伸びるのが楽しく)

ついでに当日の体調がよかったりして、1点の差、指の差で、入学できた人たちと思う。

なにが言いたいかというと、東大も、一部少数の天才以外は、わりと普通の頭と言いたかった。

 

yutuberさんのある一名は、とてもいい環境ではあったが、

それに甘んじることなく高校時代、夢を探し調べ、見つけたと思ったら人から話をききつまりリサーチし、

違うと思えば修正し、

ゴールを探しながら、そこに向け必要な勉学は特に力をいれ努力をしたようだ。

 

早くに目標をみつける、みつけようとする、そのもがき、想像力、

ぼーっとせずに、見つけようとする懸命さも、頭がいい人と思う。

(十代にいいたいのは、早く大人になることは大切である。これは力説したい。

戦略的に子供はいいが、心は早く大人になるのがいい。)

 

行くべき場所がわからないと努力のしようがない。

何を収穫したいかわからなければ、土を肥料を、全体的計画は把握しようがない。

 

やるべきことがみつからないという人が多いが。

(自分も)

成功した人がよくいっているのが、パッション、情熱の大切さである。

若ければ、あせりとなり急き立てられるが、年をとるとどんどん消えていくものでもある。

ついでに、その目標をみつけ努力する純粋な集中力も、十代の特権である。

と高校球児に思う。

 

youtuberさんにもどれば、

その人が、

学校で学ぶことは、テストでいい点をとるという目標を達成するための、

タスク管理を学ぶところ、と言い切っていた。

ついにでたと思った。

こういう風に言う人が最近ぽつぽつでてきて、本当に今の子は幸である。

勝つことに意味がある。

過程ではない。オリンピックで、

金(きん)をとらなくても楽しんだからオッケーなんて、

派手なカツラかつぶって笑う時代ではない。

 

勝って意味ある。勝つために汗をかくことに意味がある。

その結果勝てなかったら、自分に問題がある。

と学校のテストぐらいは思わないといけない。

もとい、自分のやり方に、勉強方法に、なにか問題がある。

工夫しかない。自分でだめならリサーチする。信頼できるような人にきく、

SNSはそうつかえ。

 

こうやって自分という畑を耕す方法、土の改良、模索することが、

学ぶのABCのAと思う。

石ころゴロゴロの土に、何を植えても、いい実はならない。

 

そのyoutuberさんの、”自分はこうすればできるということを探していった”

とボソッと言った一言で、そうだよなぁと思った56歳である

 

天才でもなければ、壁は、どうやってもある。

(天才も、天才の壁だらけだろうが)

 

自分は今十代にもどってもF1で常勝ドライバーになれるとは思わない。

あと、56歳になると、自分は運がよかったとしても、東大にいけたかといえば、いけなかった気がする。

 

でも十代は、自分が天才だと思うものである。

F1で勝てるし、やるきになれば韓国芸能界でもスターになれるぐらいに思える。

それが十代の強みではある。

”バカヤンキーでも死ぬ気でやれば世界の名門大学で戦える”という鈴木琢也さんのポプラ社から出ている本は、

そんな恐れをしらない十代頃、

自分を耕す方法を探し探し、成功をめざす、がどんな感じかわかる。

 

日本の教育にたりないのは、こういう自分の取り扱いの仕方を学ぶために学校がある、

という考えが足りてないのではと思う。

一般教養、たとえば歴代の徳川さんの名前をしっているとか、もちろん知っておいたほうがいいことは沢山あるが、

それは結果として身につくものと思う。

 

ある目標に対して、どうすればそれをクリアできるか。

現在の自分と目標の距離を冷静に引いてみて、

どれほどこなさないといけないタスクがあるのか。

それがわかったら、愚直につぶす。

人生はそれの繰り返しである。

 

日本人は苦しむことがすきだが、できればそれを苦しみでなく、もっと、

自分を変えていく、ゲームに近い感覚で、自分の成長、変化を感じながら

(十代はそれこそ、目の前の世界がぱーーと変わっていく感じを味わえると思う)

生きることの素晴らしさを、苦しみの中に感じていける人が増えていけば、

他人のゴシップに時間をつぶしたり、どうでもいいことにかまったり、

へんに感情の浮き沈みにゆらされたり、

無駄な服を買ったり、金におどらされることもなく、

一人一人が楽しく成功をめざし、自分に集中し、自分が面白くてしかたなく、

行き詰ったときは、学ぶもの同士、他人の方法、自分のやり方を教え合い、それを自分にとりこみ、

そうして、この世界はもっと、より良いものに、成功者が多い、いい環境になるのではと、

そんなことを、ながながと思う。

 

ここまでお読みいただき、お付き合いありがとうございました。

いつもわかりにくい文章ですみません。