服がない、この場合、服があるのに着る服がない、
でなく、
XZアプリを使い始め、手持ちの服のコーディをはじめ、
さあ着るぞと思うと、狭い我が家、洋服が忍者屋敷のように巧妙にしまわれているため、
どこにその服があるか、わからない。
服がない。正確には服がみつからない。
で今、パジャマです。気合がはいらん。
きっと、お掃除のプロの方は、私のクローゼットをみて眉をひそめるわ。
お洋服がかわいそうと。
そんなもんは、個人の問題である。
プロにしたがってすべてが解決するなら、自殺者はゼロになる。
なんでも、誰かの指導のもとすっきりしても、根本が解決しないと、
また同じことが繰り返される。
受験も、すごくやりてのいい先生にあたって、若いのと純粋なのと、
少々の頭のよさで、いい学校にもぐりこめても、
自分で考えず指導のまま勉強をしていたら、一流校で、どうしていいかわからず座礁する。
なんでも、自分で解決をみつけないと、
服はあるのに、服を買ってしまう。
ジョンセンムルさんという韓国のメイクアップアーティストさんがいるが、
黒の服に、黒ぶちめがね、黒のボブ、赤いリップが彼女の仕事の制服である。
あるとき、ぽんとそこにおさまったのか。
服が定まるとは、やはり何かさだまるということである。
やりたいことがあり、服にかまってられないし、服にみじんも、まったくご興味がない方は、
専門家に自分の一番似合うシンプルな服を大枚はたいて決めてもらい、
(何着ても落ち着かないか、もしくは裸でもかまわない、は人によるだろうが。)
ともかく、それを愛することかと思う。服問題をはやく済ませたかったら愛する事。
他人から、いやプロからみたあなたらしい、あなたがよく見える服を、愛する事。
服問題は解決し、やりたいことに時間がさける。
そのうちまわりも、遠目からでもあなたとわかり、人の覚えも早い。
仕事面では有利。
で、私であるが、とくに強烈に突き動かされるパッションもなく、
勤務時代はその場の雰囲気にあわせカメレオンのごとく服をあわせ、
その社会生活をリタイヤしたいま、
私だけになった。どこまでも私。
(時々旦那が加わるが)
基本今の生活のかなりは、私だけ。
会社の雰囲気なんてもうない、あるのは、私の買ったものに囲まれた部屋、
どこまでも私チョイス。
(旦那がほぼ家にいないので、8割私物)
で、私って?
そのせいか、服もどこかに隠れて、みつからない。
最近ファッショ雑誌をみるようになった、読み放題で読める分だが、
今、雑誌を作っている人は、だいたい私より下になってきているはずである。
だからか、私が枯れてきたのか、あまり、これほしいな、がない。
なので冷静にみれる。いいなと思うものはスクショしている。
ここ一か月ほど服に向き合い思う。
服問題とは、そんなに軽い問題ではない。
服を定めていくということは、やはり、自分を定めていく、
定まっていくということである。
どうでもいいかっこは、やはり、どうでもいい私なのである。
ハイブランドを買えというわけではない。
服問題は解決にはやはり時間をとらないといけないと思う。
自分がどうありたいか、ずっととがっていたのか、エレガントか、ばくぜんとした、
ありたいイメージを少しづつ、30分でいい、自分が気になる写真なのどスクラップを作り、
ブレブレの写真の焦点をあわすように、少しずつ、はっきりしたほうがいい。
でないと、いくつになっても雑誌宣伝、youtubeのステマ的な×クロ着てみましたをみては、
ゆれたり買ったりして、
散財する。
定まって散財するより悪い。カオスが残るだけである。
56歳になると、似合う似合わないは少しわかってきた、
私は、上に特徴のあるものがにあわない、パフスリーブなど似合わない。あと首にぴたりとしたセーターも。
あとしたくないスタイル、ワンピースにズボンを合わせる、プリーツのミモレ丈にワンピースをあわせる、
シャツを上着にする、もしたくない。
多分ゾロっとした感じが嫌い。
自分は足が幅広なので、普段はスニカーだが、本当は、シュッとした、ハイヒールで縦長スタイルがすき。
身長が161センチなので、スニカーより、ヒールのあるものが私をなんとかしてくれるが、
楽という点ではむずかしい。
靴は今後の課題。お財布と相談しながら、考えないといけない課題である。
私は多分、やや定まってきて、その定まってきたなかで散財している。
好きなものだけが膨らんできている。この点のまずいのはバランスが悪い。
なので、それらを組み合わせ、自分は、どうありたいのかを考えながら、
アクセントを、しめるもの、きかせ技を学ぶ必要がある。
色、アクセサリーなど。
時間をとり、手持ちの服を組み合わせリアルに着ている、着るとなんか違う。
外に出てみるとさらに違う。
を今繰り返している。
プロがみたらお洋服がかわいそうと思うほどあるので、
組み合わせは色々できる。
そして時間もかかる。
着て着てみて、
葛藤、闘いのなかで、プロに指導をしてもらうはいいかもと思う。
一人で解決できないことも、ほらこうやればいいだよと言われると、
ポンとわかることがある。
みんな時間がない、それはわかる。
だから、なんとかしてくれそうな服を手っ取り早く買う。
ブルベじゃなんじゃを、大枚はたいて知り、それにそい買う。
似合うかどうかわからないが、似合うらしいから、それにそってみる。
でも、なんか違う。
あなたはどうなりたいのか、どんなイメージになりたいのか。
すぐにわからなくてもいい、でも、一週間に一度でいい、
自分にむきあえば、何かみえてくる。
思ったより、服はどうでもいいとストンときたら、
きっぱり、残りの人生、スエット、適当でもいいだろう。
それも決断だ。
それでも、もやもやするなら、やはり時間はかけ、
もやもやに向き合うべきだ。
一般人は、透明、何にでもなれる。
退職すれば、これまで、紺のイメージだったけど、明るいいけてるおじさんになってやろう、
と思えば、違和感ありまくりでも、ピンクから挑戦してみればいい。
何か内に、扉をたたく私がいるなら、
その扉をたたく私は、どういう私なのか、
だいたいショッピングで、これいいなと思う服は、
うちなる私が扉をノックノックした時でないだろうか。
だからクローゼットに、うちなる私がひそんでいる可能性がある。
なので、私は、リアルに服もみつからないが、
その、うちなる私をみつけるため、
貴重な残りの人生の時間をとり、
かくれんぼしている手持ちの服をひっぱりだし、
誰かからみたらバカらしいほど、
それをとっかえひっかえして、組み合わせている。
退職者の暇つぶしかもしれないが、
今、私は今、後半生の自分、私というものの集大成、
服で、地球にあらわた唯一無二の私を、あらわそうとしている。
そしていつか、何をきても、服をしたがえられる女になりたい。
いまだ春のように移り変わり、
漠然としている、私のクローゼット戦記のはじまりである。