一日一日を大切に | 58才の希望と野望

58才の希望と野望

地方出身東京在住 
賃貸暮らし(50歳彼が家を準備!)
独身彼なし(49歳でできた!)
夢:本をだすこと
家族が 彼がほしい(彼はできた、51歳で入籍しました)
仕事がほしい(49歳で正社員になった!53歳首)
英語が話せるようになりたい!
人生あきらめません!

秋葉原の通り魔事件から20年がたつ、

2008年6月8日に起こった事件で、覚えていたが、このころだったかとyoutubeにあがった特集で思い出した。

その間もいくつもの無差別殺人事件が起こった。

 

小田急線内、京都、大阪等々

 

秋葉原の通り魔事件の犠牲になった方の名前と簡単な略歴がのせられたHPを見た。

個人情報とか、そういうことはここでは言わない。

亡くなられた方のそれぞれの人生を読み、皆、事件に巻き込まれるまで、

懸命にそれぞれの人生を生きていたと、胸が痛かった。

 

自分のことに話をよせれば、

癌になって初めて、あたりまえだが人生は終わるということを思いだした。

この感じは言葉にできない。

 

人は、いずれ死ぬとはわかっていても、日々それを自覚などしていない。

 

くいなく生きよう!とか口でいっても、

「まっ、明日でいっか」と当たり前に明日はくると思っている。

 

のど元過ぎ、癌がわかったばかりの、

死を意識した、あの感じがもどらない。

99.9、いや、100ぐらい、永遠に明日がくると思っている。

 

でも、横断歩道の信号待ちで立ち止まり、

行きかう車と、横断歩道でたまたま一緒に立った人の中にいるとき、

ふと、

人は、死んだ、と気づかず死ぬんだろうなと思った。

 

気づかず死ぬことは、死の恐怖中で苦しみながら死ぬよりいい死に方なのだろうが、

でも、ふっとおわるんだなぁと、家にももう帰れない。

鍵をあけ、電気をつけ、鍵をなげだし、

 

などなど、日常なにげなくやっていることがパラパラ浮かび、

人生は、この瞬間にも終わるかもしれないと、

私を囲む人の中で思った。

 

私だけがこの世から消えたとしても、明日は晴れ、明日はまた新しい曲が流れ、春に桜が咲き、

新しい子供がうまれ、いなかった人があらわれ育ち、いた人が永遠にいない。

 

秋葉原の事件も、多くの事件も災害も、忘れ去られていく。

 

外を出歩くより、家にこもるほうが圧倒的に安全であることは確かである。

でも、生きるという感覚は、一人で家にいては味わえない。

 

友達も少ないし、出かけるといっても一人だが、

(旦那は仕事か出張)

断ち切られた多くの人生に、

重い腰をあげ、参加させていただいている人生という素晴らしい時を、

無駄にしてはいけいないと、あらためて思った。