向田邦子も、実家暮らしから一人暮らしになり、お鍋からつまみ食いしている自分に、はっとしたと書いていた。
今、遠距離中の彼が、帰国時に私の部屋にきたいとリクエスト中。
どうしたものかと思案中の私は、ふと、2名の作家の書いたことを思い出した。
私、不肖、男を部屋に呼んだことがない。
昔姉と暮らしていた時、男の出入りが多くうんざりしたことと、男は結構入り浸ることをその時感じたせいもある。
でも、一番は、面倒!
部屋がふた部屋あればいいが、都心で借りられるのはせいぜい一部屋。
ここに呼ぶとなると、
片付けなければならない。
仕事をしていれば、食べたあと、台所に洗い物そのままもあるし、土日外出があれば、洗濯物やら、掃除機、床に物が転がり、あぁ。
スエットから卒業し、美容室にいき髪をきれいにし、ブローをして、脱毛に、運動、爪にパック。
美の一番のきもは、清潔と、品。
そのうらに汚部屋はない。
清潔でありつつも、フェミニンなお部屋が裏舞台のはず。
男を家に呼ぶということは、だらしなさから卒業すること。
できる男は、私の少ない経験からでも、整理整頓ができる男が多い。
つまりは、物事も、仕事も、カオスにせず、どこに何があるか、探さず、スッキリと把握できる能力と、イコールである。
捨てるとは未練をたち、前に進むということであり、大切な物とそうでないものを取捨選択する力である。
ということを、できない社員の汚い机に実感、片付けなければと思う私である。
仕事も軌道に乗り、男目線に私をかえ、この歳でモテ期という奇跡がきた私に最後の大山!
今コタツで考える。
隅から隅まで一部屋、一人使用の部屋。
私の最後の、崩さなければいけない、自尊心スペース。
部屋に今まで男を呼ばなかった、一番の理由は、本当の私を知られ見られるようで、怖かったから。
男にモテるためには、私(過去のモテない、変プライドの塊の私)であってはいけない。
まずは自分の、呪縛自意識をすてなければ!
変革の最後の大トリは隅から隅まで私なお部屋の意識改革。
ピンヒールをはき、寒くてもズボンでなくスカートを選び、お部屋はそんな私を癒してくれた休憩地ではあるが、ここを変えねば本当の変革はない。
一人で、皿も洗わずオコタでぬくぬくしたくとも、一人部屋から、誰でも呼べる部屋にするプロジェクトに着手せねば。
(とオコタで考え中)
フェミニンなカッコをすれば、女性らしくなるように、男を招く部屋づくりが、一人から二人の始まりになることは確か。
まずは、もの、捨てる。
つまりは未練、執着を手放すことから、
始めねば。