今日は、長い一日でした。

 

午前中、公民館の文化祭で歌のサークルの伴奏。

4年ぶりの文化祭開催でした。

このサークルの伴奏は、本番前に2回伴奏合わせに練習に参加するだけなのですが、みなさんに久しぶりにお目にかかりました。

とても積極的に歌われていて、楽しんでいる様子も伝わってきました。

 

たきび

村祭り

お嫁においで

遠くへ行きたい

恋のバカンス

にじ

パプリカ

 

無事、少しの緊張と楽しんで演奏できて無事終了。

 

次は45分かけて車で移動です。

 

とりの音楽会

という企画で、「とり」にちなんだ曲をプログラムにした、イベントでした。ここでは、歌で参加しました。

 

バードランドの子守唄をデュエット。

バイバイブラックバードを4人で。

 

ジャズを習っている先生が音響や音楽サポートで参加されているので、その関係でレッスン生も出ることになりました。

午前中の本番で、こちらのリハーサルには出られないとわかっていましたが、それでもOKと許可を貰って、参加することができました。

ゆるい会ではありますが、折角の機会、頑張ろうと、練習もして、歌詞も覚えて(一曲は不安に駆られて途中から譜面台の歌詞を見ましたが)、スキャットも頑張りました。

こちらも、ちょっとの緊張と楽しめて。

 

こちらの音楽会、最高でした。

他の参加者の濃さ。

表現したいことが濃い。

この説明では、なんだ?と思う人もいるかもしれませんが。

好きが集まっていた感じです。

そして自由です。

こうでなくちゃいけない、というものが極力少ない。

これで、成立しているのです。

そして、めちゃ楽しかった。

やりたいことをやって。

 

私、最近少し自分を開放できるようになってきたのです。

リズムに乗って体を動かすとか、ましてや、「一緒に踊ろう!」なんて企画は、今までの私だったら見てる専門だったのですが、今日は踊れましたねー。




 

長い一日、好きな音楽で満たされた一日でした。

 

 

色々と立て込んでいて、頭の中がとっ散らかっています。


今朝、もうちょっとで来週の予定を一つ忘れるところでしたあせる


こんな時は、敢えて頭も体も緩めましょう。

感覚を味わいましょう。

感謝をしましょう。


と自分に言い聞かせました汗


やったことは。

ドリップでコーヒーを入れる。

今日に限らず、最近自分に戻ってくる為に、コーピングリストとして、丁寧に飲み物を淹れる。というのを実行しています。


2ヶ月前に、購入を5年位迷っていたドリップカップを買いました。(ニトリで1,290円てへぺろ)



迷うほどのものではありませんが、ドリップカップの役割と電気ポットの役割を兼ねる家電を買うか否かでずーっと迷ってまして。


電気ポットは置場所に困るのと、なるべくモノを減らしたいので、ずーっと検討中でした。


2ヶ月前に、ふと、決心がついて、ドリップカップを買いました。手入れもしやすいし。


暑い時期は、ドリップで、グラスにガシガシに氷を詰めて、アイスコーヒーを淹れていました。


飲みたい、という欲求ももちろんですが、私にとってはアロマ効果大です。

キッチンに立って、セットし、朝、ひとりで自分の為だけに淹れる。(夜、家族に振る舞う時もあります)


ポタポタとコーヒー粉にお湯をたらし、粉が蒸されて立ち上る香りをいっぱいに吸い込む。

濡れて色が変わったコーヒー粉を暫し眺めた後、お湯を注ぐ。


好きなダブルウォールグラスだと、溜まる様子も見られて最高。


最近はホットで淹れるのですが、時々ミルクも友だちから貰ったラテシェイカーで作ります。


友だちにありがとう、と感謝しながら、左右持ちかえてシェイクする時に揺れる、顔の肉、体の贅肉(笑)(笑)それも味わい(笑)




あ、撮る前に飲んでしまいました爆笑

机も片付いてないけど。


スーパーで買った、コーヒーだけど、

ウォールグラスもbodumじゃないけど、


目にも鼻にも舌にも、頭にも、心にも、沁みます。

自分をちゃんとつかまえておきたいです。



Facebookで記事を見かけ、色々考えながら、寄せられていたコメントを読んで。また考えて。


しばらく家事をしたり、なんだかんだしていて忘れてたんだけど、また思い出して。

検索したら見つかりました。


https://news.yahoo.co.jp/articles/99a09ec93ef0565009fead7e4b78e37224eabe0d/comments 


Facebookのコメントも、ヤフーニュースのコメントも読んで。

そこで感じたこと。
私もそうだけど、1回で求めすぎる。
なるべく、沢山のことを最短で、みんなが納得する方法で解決させようとする。
スピードを求め、万能を求める。
勿論、悩みが深かったり重かったら、少しでも早く抜け出したいという思いからそうなるってこともある。

ネット記事にする、本を出版する、公の場で意見を言うと、必ず批判は付き物だ。
⚪⚪の立場の気持ちを無視してないか?
とか。
その考え方は、⚪⚪の負の思想を増長させるのでは?
とか。

誰もパーフェクトな人はいない。
全ての人を納得させることは出来ない。

私は、小島よしおの意見も一つの形だと思う。
小島よしお本人が、彼の人生の範囲で一生懸命に考えているのが伝わってくる。

だから、沢山の人の意見を聞いてみることが大切だし、自分が全てではないと自覚することが大切だと思う。

批判や争いを恐れて、自分の意見を言わないのも良くない。言わせない空気も良くない。
しかし、言わない選択も尊重したい。

まずは、自分はどう感じ、どう思っているかに、ちゃんと丁寧に向き合うことからはじめる。
そして、外に出したければ出す。出したくなければ出さない。

みんながそうすること、そう出来ることが、相互を大切にすることだと思う。

出しても、出さなくても良いと思える、安心の環境を作る。

それぞれの人の行動には、必ず意味がある。
選択している。
世の中のスピードや、知らずに刷り込まれた「常識」に巻き込まれて、選択している自覚がない。

広がりすぎた。
まとまらない。
でも、取り敢えず文字にする。

ここ数日、あるお手伝いで、プリントアウトしたり、チラシを折ったり、封をして切手を貼って郵送という作業をやっています。

黙々とおねがい

 

先ほど第二弾の郵送物の準備を終えました。

楽しすぎる。

計120通位。

ひたすら名簿を確認しながら、入れるものをチェックして、折り、封入して住所ラベルを貼り、切手を貼ります。

 

私、紙フェチでしてラブ

紙を触っているだけで楽しいのです。

 

そして、単純な作業も大好き。

 

珍しく勉強しているmamoに、ついつい話しかけてしまいましたチュー

心の声が漏れてしまいました。

「あー楽しい。楽しすぎるんやけど、mamoはこういう作業好き?」

「いやー好きでも嫌いでもないな」

またもや、ふんわりはっきりしない、つれない返答笑い泣き

 

準備が整った封筒をトントンと揃えるのも、楽しい。

 

今回はシール切手。便利ですねーしかも、綺麗でかわいい。

(かといって、水でぬらすタイプの切手も、連続で貼る技を工夫してする作業も大好き)

 

先日、大量の封筒を郵便窓口に持ち込んだら、別納のスタンプを自ら押さねばならないということだったので、味気ないスタンプよりも、かわいい切手だったら、ほんのちょっと嬉しいかもってことで(シール貼りたい欲が後押しして)、大量の切手シールシートを購入して、郵便局で貼りました。

 

大学生時代、寮の先輩に連れられて、まだ日が昇らない早朝に集合して電車を乗り継ぎ、倉庫のような事務所でひたすら通信教育のDMの発送作業のバイトに行ったことがありました。寮生で代々伝統?で引き継がれるバイトでした。

もうその作業が楽しくて。

黙々と封入作業。

思い出が蘇ります(笑)

 

最近はそういう作業もオートメーション化してるんだろうなぁ。

 

 

毎朝7:40にAlexaがケルト音楽を流す。


これは私の苦肉の策。

もちろん、無印良品の店内BGMのような感じも好きで、朝にぴったりだと思う。

癒されるけど、まったりしすぎない加減が丁度良い。

何が苦肉の策かというと。

mamoに余計な言葉を掛けないためニヤリ

私の都合(勝手な心配)で、朝の準備を急かしたり、本人が自発的に動く前に要らない言葉を掛けてしまうのを防ぐ。

私の勝手な心配の声掛けは、

「忘れ物ない?」

「今の時間を有効に使ったら、もうちょっと余裕が出来るんちゃう?」

「その布団畳んで!」

自分が、今言われたら大抵嫌な気分になることばっかりだし、ちゃんと伝えたいなら、もっと違うタイミングにした方が良いと思うので、無闇に吐かないようにしたいのだ。


ケルト音楽のクルクルと回転しながら前へ進む感じが、「ほれ、朝やで。動き出せ」感を醸し出してくれている。

数年、その設定を続けているので、改めてmamoに訊ねてみた。


「これ、どう?だいぶ設定してから長いけど、馴染み過ぎて耳に入ってきてないとかある?」

「聞こえとるよ」

「あった方がいいかな?」

「寝とったとき、ヤバい❗ってこれで気付くで」

(朝食後、登校までに二度寝する時がある)

「この音楽聞くとどんな気分?」

「朝やなーって感じ」

「ほう、朝やなー、でどんな気分?」

「・・・・」


私的には、朝やなー、急かされてる感じ、とか、テンション上がる、とか、学校行かなあかんダルー、とか、何かしら感情を聞きたかったのですが、反応は「・・・・」だった。

これが思春期男子であると言ったらそうかもしれないけれど汗


自分も含め、毎日、自分の気持ちや状態に無関心過ぎると感じている。

私はたった今、何を感じているんだろうか。

それを味わう前に、忙しさや建前や、まだやって来ない先の事に心を奪われている状態が常である。

良かったこと、ラッキーだったこと、幸せだと思うことも、ちゃんと味わいたい。

負の感覚もちゃんと味わってから通過しないと、先に進めず、ふと、またこれを思い出して引っ張られるーと繰り返すことが多い。

なんとなくプラス思考を良しとして、負の感覚を即座に、プラスに変換しようとしたり、毎日の生活の流れに適応するために自分を奮い起たせ、弱い自分を見て見ぬふりをしたり。

負の感覚も、もうちょっと味わってから動き出しても、遅くないと思う。

一旦止まることが怖いって思うのは、現代病なんじゃないかなー、なんて思ったりして。