新年が明けて、普通の生活が戻って来ました。

 

普通とは言うものの、夫Tさんとmamoは、会社電車、冬期講習鉛筆と行きましたが、明日から始動の私は、自宅に一人の時間が戻って来ました。

明日から始動する前に、ちょっとだけ贅沢な時間をキラキラ

 

まず、毎年恒例になった、今年の抱負について。

お正月に家族で書き、リビングの壁に貼りました。

 

私は、「聞く 聴く 養生」

人の話を聞く(それとなく)、聴く(深く)、養生(本来の生きる力を大事にする)

 

今年は「きく」が大きなテーマになっています。

二つの「きく」を並べたのは、昨年妹に勧められて読んだ、東畑開人著「聞く技術 聴いてもらう技術」が印象深かったから。

読書メーターのアプリを確認したら、昨年の1月!それだけ、私にとって印象深かったんだな。

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人の話を「きく」時の心持の話。

最初から「聞く」と「聴く」の違いにちゃんと触れてくれているのですが、実は、読んでいる途中は、ちょっと違うなと思いながら読んでいました。この本を読む前から知り得ていたテクニック的な内容にちょっと抵抗があったのだと思います。

多分、妹に勧められていなかったら、勝手な自分の思い込みから抜け出せず、下手すると最後まで読んでいなかったかもしれません。

私が、妹からこの本を紹介された時、「きく」ことに迷いを持っていました。それをわかった上で勧めてくれた本だということを信じて、読むのをやめなかったことが本当に良かった。

この本を読んで、私の中でどこか「聴く」が「きく」の中で一番、大事なことと思っていた自分に気が付きました。

しかし「聞く」も「聴く」も両方大切。しかも「聞く」は難しいということ。

もう一回読み返したくなりました。

 

私は読書の時間にはかなりムラがあります。

読まない時は、全く読まない。

先日、ある方から本を貸していただきました。

今回で二回目。

趣味で歌を習っている方で、定期的にその方のレッスンの伴奏を担当させていただいています。

一冊目は、稲垣えみ子「老後とピアノ」

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今回二冊目は宮下奈都「羊と鋼の森」

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いずれも、ピアノに関する本で、「いつまででも良いので、良かったらどうぞ」と貸してくださいました。

一冊目は、稲垣節が本当に面白く、面白いだけでなく深い気づきが沢山ちりばめられていました。そうそう!と思ったり、そういうものか!と再発見があったり。これから先の「老後」についても。考える良い機会でした。

 

二冊目の今回、本を持ち歩きながらも、なかなか読めず、この年末年始で読みたいと思っていました。

念願叶って読了。

ここでも「きく」がテーマとして重なります。

単純に、ピアノの調律師が主人公なので、ピアノの音を「きく」ことが中心になってきますが、主人公が関わる人とのコミュニケーションで相手が話す言葉を「きく」様子もとても興味深かったです。

そして、登場人物それぞれの人生の中で、それぞれが自分の力で見つけ出した大切にしているものを知り、そこに自分の価値観を重ねてみたり。

唯一、年末年始に具体的にやりたいこととして決めていたことが実行できて、満足です。

 

最後に「養生」

たまたま、最近習慣となっている、家事の途中に聞くVoicyというアプリを聞き漁っていた時に出会いました。

私も年齢を重ねてきて、心身の健康が大切だとも感じ始めました。

 

そして、あらゆる分野で、なるべく余分なものをそぎ落としたいという気持ちが強くなっています。余分と思うものは、自分が気持ちよく過ごすために、少々邪魔になるものです。なるべく距離を置いて行く方向に持って行きたいと思っています。

少し前までは、兎に角なんでもかんでも、まだ私は未熟だから(大雑把に言うと、人間ずーっと未熟な状態(笑))今は、修行しないと!とか、我慢しないと!とか、足りない自分に負い目を感じて、色々やることでその力の足りなさをカバーしようとしていました。

最近、諦めたとか、怠けるとかそういうことではなく、自分なりのスタイルがあると思い始めました。自分のスタイルの中で、高めたいこともあるし、向上心もある。

誰かと比べたり、この世界ではこういうのが常識!とかそういうことに引きずられて頑張ることについて、「私のしたいことってこういうこと?」と疑問を持つようになりました。

私が私自身に「本当にそう思ってる?」「今の自分の気持ちはどう?」「私の身体それについてどんな反応してる?」と、「きく」ようになってきました。

そこから、派生して、本来あったはずの「野生の勘」のようなものをもっと大事にした方が良いのでは、と思い始めました。

そこで「養生」に。(前置き長かった笑い泣き

食べるものも、体の扱いも、心と体がつながっていることも、興味が出始めました。

今年、そういう観点で過ごして行きたいと思っています。

 

おまけ(覚書)

お正月に実家に集まった時、大学生の姪っ子の話にめちゃ感動しました。バイトの話、大学の部活の話。友達の話。

元々大好きで、どれだけでも話は聞きたい(笑)

世間一般でいう女子大生のイメージからすると、少々おぼこいところがあるのですが、その直球さも爽快。

また、彼女の中での「良い」「悪い」を決める潔さ。

かと言って、正義を振りかざすわけでもない。

すごくシンプルな思考なのに、冷たくない。

人の様子をきちんと見て、物事の真髄を見極めて、変なプライドを持ち込まず、自分の至らなさも「えへへ」と笑う余裕。

本人は自慢するわけでも、愚痴をいうわけでもなく。

あ、その言動を絶賛すると、隣に座っていた姪っ子の父に向かって「ウチでは、色々言われてるけど、私にもこういうところあるんだからね!」と茶目っ気ありの主張をしていましたが。

前にも増して姪っ子のファンになりました。

ピチピチキラキラ、真っすぐ。アッパレ。

 

昨日は、今年最後の本番でした。

先日伴奏をさせていただいた発表会の先生でもある歌い手Nさんの企画です。


Nさんの従妹のニコニコさんのお誕生日をお祝いするためのミニコンサートでした。

Nさんとニコニコさんが日常LINEをやりとりするなかで、好きな曲の動画が送られてきたりするそうですが、その曲を取り入れたプログラム5曲でした。


誰かの為に演奏❗というのは、面白い現象が起きます。

企画段階では、当たり前ですが相手を喜ばせたいということから始まります。


例えば、

これが買ってくる品物のプレゼントだと、選ぶ楽しみ(たまにこだわりすぎて迷ったりもするけれど)があったり。常に、相手のことを思い浮かべて品物を探します。


手作りのプレゼントだと少し様子が変わってきます。モノづくりのこだわりが強かったり、普段プロ意識を持ってモノづくりをしている人が、手作りのプレゼントに取り掛かると。

入り口は相手を思って作る楽しみで始まるのですが。そのうちモノと自分とに集中し、技術を尽くしたモノの完成度にこだわる。(贈る相手が少し消え始める爆笑)完成度にこだわるのは、相手への想いの強さでもあるのだけれど、モノと向き合っている時は、贈り相手を忘れることさえも(笑)(笑)

時にふと、何のための企画なのかを思い出して、それを行ったり来たり。

なんでこれを作ろうと思ったんだろう、と振り出しに戻って悩むことも笑い泣き


これが、そのまま「演奏」のプレゼントにも当てはまります。

自分の経験では、コロナ禍でstay home(懐かしい)で籠っていた頃、息子と鍵盤ハーモニカで合奏しようと動画を取り、友だちにプレゼントしようとした時も。

友人の結婚式で演奏した時も。

企画の大小に関わらず、ルートは同じ。

企画にワクワクするんだけど、途中必ず産みの苦しみが爆笑苦しむのはこだわりが強いから。

私なりに「音楽」と長く関わってきたことによるこだわり。


今回、歌い手Nさん主導の企画でしたが、Nさんもそのルートにハマっている様子も感じながら、時々、誰のための何の企画やった?と行ったり来たりしながらだったように思います爆笑


で、演奏が無事終わり、従妹のニコニコさんが涙して喜んでくださった姿に、私も、あーやって良かったな~と。


あれ?

これ、いつものことやん(笑)(笑)

企画を企てるのが、単独か複数か、または企画ありきで乗っかる形での参加、途中の迷いの強さは変わりますが、演奏会に参加を表明してからの流れはこれの繰り返し。


人前での演奏を始めた頃、兎に角いつも練習しているものを事故なく無事発表することを目標にしていました。今もタイトルに「無事終了」と書きたくなるのもその名残。

いつしか段々と、いや最近ようやく、作品の素晴らしさを自分が感じ、私、私たちは、こんな風に感じて表現してみました、という想いになってきました。作品を知らない人には、良い印象で伝えたいな、作品を知っている人には、私、私たちのバージョンはいかがでしょう?と届ける気持ちです。


演奏後に感想をいただいたり、本番後にお見送りをしたときのお客様の反応を感じて、やって良かったな~と思ったり。もしくは、たとえ反応が無かったり、良くなかったとしても、自分を振り返って、やるとやらないで、やるを取ったからこその自分の成長を自分でお祝いする。


これを繰り返しています。


ちょっと客観的に眺めると、滑稽でもありますが、私なりにやりがいを見つけ、「演奏活動」の中でも、私が大切にしたいものを基準に、私らしい活動の仕方があるんじゃないかと思うようになりました。


今回の企画がニコニコさんに届いて良かった良かった。

無事終了爆笑

先日 一生懸命 この中からある言葉を探しました。

2020年から朝zoomで参加しているマインドフルネス練習会のメモです。



 その言葉というのは ネガティブ ケイパビリティ。 ノート なので検索をかけるわけにもいかず、でもこれだけの量なので一生懸命 ページをめくって無事たどり着くことができました。

ネガティブケイパビリティ探しについては、またの機会に 。

今日は このノートについて。


KOKUYOの測量野帳です。


イベントの ノベルティとして 、表紙に箔押しのオリジナルのデザインをあしらったものが配られたり、販売されたりすることもあるそうです。

ファンもたくさんいて 、この世界かなり 沼りそうなので 私はあえて 目を背けています(笑)

残念ながら今は販売していないようですが 、 無印良品で同じようなものが販売されていました。
今は以前 まとめ買いしたものを使っています。
 スッキリ 真っ黒なのが気に入っていて、 再販を強く望んでいます。



気分で デコったりします。



今日は久々にデコってみました 。 
あー楽しかった。

昨日は、普段声楽レッスンの伴奏をさせていただいている会の発表会でした。

二部制で、全25曲を二人のピアニストで分担しました。

 

年に2回発表の場を設けていて、私がご縁をいただいたのは、コロナの声を聞き始めたころのカフェでの発表会後、レッスン場所の公民館での試演会だったので、舞台での発表会は初めてでした。

 

しかも、今回のホールは、私にとっても初めての場所。

小心者の私としては、空間に慣れないのと、私はイメージ先行のタイプのようで(最近気が付いた)、なんとなく自分の動きがイメージできないと落ち着かないのです。

ホール客席の雰囲気と、控室、舞台袖、備品など。

到着してまずやったことはこれらを一通り把握することでした。

 

演奏するだけでもエネルギーを使うので、自分の出来うる限りの力を発揮するには、前以てやっておけることを用意したいのですあせる

なるべく瞬間の判断を求められるような刺激的なエネルギーを、演奏まで温存したい(笑)

もちろんハプニングも、何か起きるだろうとも思っていますが。

 

今回は、楽器も初めての経験でした。

あー写真撮っておけば良かった。(残念)

Bösendorfer(ベーゼンドルファー)のインペリアル!

普通の88鍵盤にプラス、黒鍵白鍵合わせて9鍵多いのです。

話には聞いていたので、当日びっくりしたわけではありません。

余分な鍵盤は黒く塗られているし、さほど気にならないだろうと思っていました。

ベーゼンは声楽伴奏にも向いてるよ。という情報も貰っていました。(もちろん楽器の状態によりますがあせる

 

楽器自体は、ホールといえど公民館施設のホールなので、ピアノ保管庫も無く、コンディションがあまり良くないとのこと。

このあたりは私の部分的鈍感力発揮。

(音楽に携わるうえで全く自慢できない、鈍感力)

調律師さんに「どう?」と調律前に触ることを勧められ、案の定私の返答は、タッチの印象のみ。

「なんか、ちょっとだけ、ギュイって感覚がありますね」

(なんじゃい、この返答、自分もツッコミどころ満載。音色とかの要求とかないんかい!!)

調律師さんは長いお付き合いの方なので、私の返答に期待はしてなかったと思いますが(笑)

楽器に対して改善点を求めるというよりは、自分はこの楽器でどうしたらいいかなと、大雑把に(鈍感力)決める感じです。

これ、書いていて気が付きましたが、私、人間関係もこういうスタンスだなぁと思いました。

 

楽器の大雑把(何回も言う笑い泣き)な印象は、嫌な感じはなかったので、問題なし(笑)

後は歌い手とのバランスです。これは、自分も注意を払いますが、客席で聴いてもらっての判断も必要。リハーサルでチェック。

 

何度か演奏する時に椅子に座って気が付きましたが、私は鍵盤の位置で座る中心を決めていました。いわゆる真ん中のドを基準に座る場所を無意識に決めていました。

プログラム構成上、もうひとかたのピアニストと交代するのですが、その方は舞台袖から見る限り、ピアノの幅で中心をはかっている位置に椅子がある。(ように見えた)

 

これ、勝手に深堀り。

もしかして全然意味がない深堀りかもだけど。

私の視野は狭い。目の前の真ん中のドを目安に、自分の手がいつものように、いつもの場所にちゃんと動くことを気にしてしているのです。

しかし、もうひとかたのピアニストは、もしかしてピアノ全体を意識しているのでは???

もしかして、ピアノ全体から出る音を意識しているのでは??

使わないのに存在するインペリアルの余分な9鍵の意味として、ピアノの響きの為にあるわけで。

きゃーーー。

それ、全く私の眼中になかった。

とにかく、鍵盤の位置感覚に戸惑わないように、と思っていたなんて、なんと、私の非音楽的なこと!

 

と、初めてのことに色々と発見がありました。

 

出演者の方々。

レッスンの時からずっと様子を拝見しているので、何を自分の中の目標にしているかを知っているだけに、それをどうやって伴奏で支えられるかが私の役目だなぁと思っていました。

ドキドキもしましたが、歌う方の本番に対する一生懸命さに寄り添いながら、楽しかったです。

一緒に作る感覚になれたのだと思います。

 

みなさん個性をお持ちで、キャラクターや声に合った選曲で、本番に臨まれました。その人の精一杯を、この瞬間に表現することは、とてもエネルギーを使うことです。

出演者の方々には、日々の生活があり、またお仕事されていたり。一回限りの数分に全力を注ぐのです。

 

その指導の匙加減のすばらしさ。

ひとりひとりの個性に合わせて、各々が着実に成長出来る絶妙な指導は全て観察力とそれに対応する経験。

段取りや計画、出演者の方々も気が付かないところでも、指導者の先生は配慮を重ねていました。

 

出演者の中で、80歳をこえていらっしゃる男女一名ずつ。

このお二方。本当に素晴らしい。

女性の方は、人生でステージで歌うのは初めてだったそうです。

前日のレッスンでアドバイスを受けた所を克服していました。

本番中弾きながら、あれ?ここめちゃ良くなってる!と嬉しくなりました。前日だからと諦めずにアドバイスに挑戦したそうです。

想像をはるかに超える努力家です。

 

男性の方は、ノリノリでした。

カラオケでステージに立ったことはあるけれど、マイク無しの生声でのステージへの挑戦。暗譜に苦戦しながらも、好きな曲を気持ちよく歌う為の挑戦。持病と付き合いながら、歌に集中していると痛みを忘れると。

 

他のみなさんもそうですが、真摯に向き合う姿勢が伝わって来て、ひとつひとつ演奏することがとても貴重に思えました。

私なりに長く続けてきた音楽というツールを使って、その貴重な演奏にご一緒できるのは「喜び」です。

 

毎回思いますが、ずっと学び続けることの大切さを教えていただいています。

 家事をする時に時々 Voicy を聞きます。

いいお話が聞けたので 早速 実行することにしました。


自分は、何にどれだけの時間を使っているかを記録に残す。

するべきことを後回しにしたり、怠け心が働いた時に このログが役に立つ そうです。


やらなくちゃと、 頭の中で大げさに大変なことだと考えていたことが、 案外 短い時間で済むということにも気づけるそうです。


1日の行動 全部を ログを残すとなると、大変なので少しずつ 項目を決めて残すことにしました。


今日 計測したのは、 月に2回ある講座の準備です。



楽譜を順番に ピックアップして 揃える。
今回は 新しい曲がなかったので、結構早く済みました。 ここまで5分。 
その後 、一通り ピアノで弾いて チェック。
この作業で30分。 

トータルで準備には35分ほどかかりました。


余談

写真のヨガブロックは 本来の使い方をしませんニヤリ
 講座では 長机の上にキーボードを置いて演奏するのですが、 パイプ椅子では低いため 、 座面に 置いて 高さを作るために使います。

 軽くて 2つ並べると大きなお尻も収まります口笛


おまけ 

これも Voicy で知り得たネタですが 、音声入力を試してみています。 

今さらだけど、いつの間にか高性能になっていて、とても便利。すごい変換能力に驚いています。