心に映像イメージを思い浮かべ、カットが切り替わるところで区切り線を入れていくカットイメージの作業は単純ですが、けっこうしんどいのも事実です。
だから、浦沢凛花さんの動画でも、「ひとつの作品を最初から最後まで線を引く必要はなくて冒頭の一部分だけでもOKです」と言っています。
でも、そこをがんばって、小説1冊をまるごとカットイメージ作業で通し読みすると、多くの気づきがあります。
しかもまだ読んだことのない小説でそれをするのは、まさに“映画を観ているみたいに” ワクワクと物語世界にハマっていく体験です。
その方法で私が初めて読んだ小説は、又吉直樹さんの『火花』でした。
現役のお笑いタレントがお笑いタレントの世界を描いて芥川賞を受賞した、というくらいの知識しかなかったので、あえてそれ以上、情報を入れずに読み始めました。
やはり「直木賞」とは違い、冒頭から引き込まれていく、という感じではありません。なかなか地味な展開だなと思いながらも、簡易式の線を入れて、丁寧にイメージしながら読んでいきました。
主人公が「師匠」と仰ぐ先輩芸人との交流が話のメインですが、二人の会話が、ときにお笑いをめぐってかなり哲学的な議論になるときがあります。それを読み飛ばさずに意味を理解し、人物の動作や表情としてイメージし、区切り線を入れていきました。
すると、自由奔放にお笑いに徹する師匠と比べて、未熟で臆病な自分を恥じ、世間を気にして劣等感にまみれる主人公の心情が伝わり、読みながら切なくなっていきます。
読み終えたとき、結末のシーンは視覚イメージとして鮮烈に脳裏に焼きつきました。お読みになった方はおわかりでしょう。
しかし、残念ながら結末の感動といったものではなく、「なんだろう、この結末は」という気持ちでした。正直、意味がわからなかったのです。
しかし、その後も日常の中で、結末のシーンをはじめ、いくつかのカットイメージが心に浮かんでは消えていました。
すると、3日くらいして突然、結末のシーンの意味がストンと腑に落ちたのです。あ、そうか、そうかと思いました。
そうすると、それまでのいくつものカットイメージがつながり、物語の全体像が見えた気がしました。そのときに初めて、この物語への感動を覚えたのです。
カットイメージを使わず、なんとなく読んでいたら、この体験はなかったと思います。






