松岡圭祐『アルセーヌ・ルパン対明智小五郎』と江戸川乱歩『黄金仮面』② | 映画を観ているみたいに小説が読める イメージ読書術

映画を観ているみたいに小説が読める イメージ読書術

小説の世界に没入して
“映画を観ているみたいに” リアルなイメージが浮かび
感動が胸に迫り、鮮やかな記憶が残る。
オリジナルの手法「カットイメージ」を紹介します。
小説を読むのが大好きな人、苦手だけど読んでみたい人
どちらにもオススメです。

 大好きな松岡圭祐の近現代史ものが久々に出た。

 『アルセーヌ・ルパン対明智小五郎~黄金仮面の真実』

 

 

アルセーヌ・ルパン対明智小五郎 黄金仮面の真実 (角川文庫)

 

 さっそく顔見知りの図書館司書氏にリクエストしたところ、江戸川乱歩の『黄金仮面』とセットで貸してくれた。

 要するに、『ルパン対明智』は、『黄金仮面』のパロディ作なのである。

 

 

明智小五郎事件簿6 「黄金仮面」 (集英社文庫)

 

 まず大衆小説臭プンプンの『黄金仮面』を、あっという間に読み終えた。

 松岡がこれをどう料理するのだろうとワクワクしながら、『アルセーヌ・ルパン対明智小五郎』のページを開いた。

 乱歩の『黄金仮面』は、私の頭の中では、大正時代の弁士付き活動写真か、古いアニメーションのようなイメージで見えている。
 それが、『ルパン対明智』を読み始めると、色鮮やかで、多様なアングルから人物の表情もリアルに捉える、“実写版映画”が浮かんできた。

 起こる事件は乱歩の『黄金仮面』をそのままなぞっているが、同じ物語をアルセーヌ・ルパンの側から見ていく場面が多い。
 ルパンはなぜ来日したのか、なぜ黄金仮面の扮装なのか、富豪の令嬢不二子がなぜルパンと恋に落ちるのか、など乱歩版では説明なく既成事実になっている設定に、ひとつひとつ必然的な裏づけがある。
 そして、明智小五郎と対決するのだが、もともとルパンをリスペクトしている明智はやがて真相に気づき、ルパンと手を携えて本当の敵と対決していく。
 
 全編を通して、松岡圭祐は常に乱歩の原作を尊重しつつ、モーリス・ルブランが創造した怪盗紳士アルセーヌ・ルパンの名誉も回復していく。
 そこにはやはり、松岡流の人への優しさ、創作への真摯な姿勢を感じる。
 これは、乱歩の原作を読んでいればこそ味わえる楽しみだ。
 この機会を与えてくれた図書館司書氏の慧眼と配慮に感謝である。

 ……と楽しんで読んでいると、本の半ばくらいで、『黄金仮面』で描かれていた話は終わりになってしまう。
 エッ?と思ったが、実はそこからが松岡圭祐のオリジナルである。

 1929年、日本の満州進出、張作霖爆殺事件、ウォール街の株価暴落(世界恐慌)といった時代背景をふまえて、物語は思いがけない方向へ展開していく。
 そこは、近現代史小説の傑作を数々ものしてきた松岡圭祐の本領発揮である。
 歴史のリアルの陰に、実は怖ろしく壮大な犯罪計画があったというフィクション。
 互いにリスペクトしつつ牽制し合う明智とルパンは、悪魔の陰謀を阻止すべく、力を合わせて戦う。

 この物語では、幾多の犯罪を重ねて50代となったルパンの心情が丁寧に描かれている。
 誇り高き窃盗王の人生のいくつかの心残り。
 鬼畜の犯罪集団は、その心の傷すら容赦なくえぐる。
 彼らとの最終決戦は、乱歩の小説をもしのぐ大スペクタクルである。

 ドラマチックな大団円の後は、明智小五郎の後日談となる。
 そこでも松岡は、乱歩へのリスペクトを忘れない。
 私もあまり読んだことはないが、明智小五郎と少年探偵団の話を多少とも知っている人なら、はたと膝を打つ、見事な結末が用意されている。

 細部まで仕掛けに満ちたよくできた小説で、さすが松岡圭祐。思った以上に楽しめた。

 この小説に興味を持った方には、ぜひ江戸川乱歩の『黄金仮面』から読むことをお勧めしたい。

 さいわい著作権の切れた乱歩作品は、「青空文庫」でも読むことができる。

 青空文庫版『黄金仮面』