松岡圭祐は、個人的趣味としてもっとも好きな作家のひとりである。
催眠療法家として知られていた松岡が小説を書き始めた、『催眠』、『千里眼』の時代から読んでいる。
『探偵の探偵』と『万能鑑定士Q』のシリーズは大好きだが、コラボ作『探偵の鑑定』など、器用な作家で読者へのサービス精神もたっぷりだ。
そして、私を夢中にさせたのが、『黄砂の籠城』に始まる近現代史ものである。
描く世界がガラッと代わり、松岡圭祐にこんな歴史の深い教養があったのか、と思わずうなった。
義和団事件を両陣営の視点から描き、歴史の真実に迫る『黄砂の籠城』『黄砂の進撃』二部作。
見事な知略で多くの人命を救った伝説の司令官を描く『八月十五日に吹く風』。
男装の麗人川島芳子の恋と冒険を描いた『生きている理由』。
円谷英二の弟子が戦時下のドイツで特撮技術を発揮する『ヒトラーの試写室』
……と、近現代史の好きな私は、興奮して読みふけった。
そして、『シャーロックホームズ対伊藤博文』。
明治時代の史実をふまえて、フィクションとリアルの有名人物たちが活躍する。
しかも、これらの作品には、松岡の持ち味である人間への温かなまなざしが一貫している。
そこがまた魅力だったが、その後、近現代史ものはしばらく出版がなく、とても残念に思っていた。
多作な松岡は、その後、『グアムの探偵』、『高校事変』などのシリーズを次々と出している。
読めばきっとおもしろいとは思うが、制服の女子高生が銃器をもっている表紙絵の『高校事変』など、高校教員である私にはなかなか手が出ない。
それが、久しぶりに『ホームズ対博文』の続編を思わせる『アルセーヌ・ルパン対明智小五郎』が出版されたと知った。
これはぜひ読みたいと思ったが、以前、『ホームズ対博文』の話で盛り上がった、図書館の司書さんにあえてリクエストをしてみた。
すると、気配りの図書館司書氏は、すぐ購入してくれただけでなく、江戸川乱歩『明智小五郎事件簿Ⅵ「黄金仮面」』(集英社文庫)も一緒に貸してくれた。
『アルセーヌ・ルパン対明智小五郎』は、副題に「黄金仮面の真実」とある。
博識の図書館司書氏は、既に両作品とも読んでいて、「乱歩の方は癖のある文章で読みにくいかもしれませんが……」と控えめながら、比べ読みする楽しみを私に用意してくれたのである。
まず乱歩の方から読んでみると、確かに、大正・昭和初期の大衆小説臭プンプンの文章である。
活動弁士や紙芝居屋さんの語りを思わせる。
そして、物語は一時も休むこととなく、次から次へと展開する。
謎を追っていくミステリーではなく、謎はすぐに解けるが、次々とまた事件が起こり、すぐに思いもかけない真相がまたまた明らかになる。
主人公と敵の勝敗は常に逆転し、窮地に追い込まれてもお互い即座に巻き返す。
一時も目の離せない、ジェットコースター的展開。すごいすごい。息もつかせぬ冒険活劇。
これがいわゆる「通俗小説」なのかと実感した。
しかも、この作品では、後半、明智小五郎の前にアルセーヌ・ルパンが姿を現す。
なんだ、松岡圭祐が初めて両者を対決させるわけではかったのか。
では、松岡の小説はどういう展開になるのか、と興味が湧いた。
というわけで、あっという間に『黄金仮面』を読み終え、楽しみに『アルセーヌ・ルパン対明智小五郎』のページを開いた。
②へつづく