トリュフのパニーニ プロカッチPROCACCI ~フィレンチェ~
フィレンチェに到着したら、すぐにトルナヴォーニ通りのトリュフが充実の食材店「プロカッチ」へ!
1885年創業のお老舗食材店です。
イタリアご在住の方、フィレンチェにご旅行された方の何人かから御奨めされたお店です。
トリュフ製品や各種ペースト、ワイン、保存食などのさまざまな美味しそうな保存品が置かれており、
わくわくします。
お昼時でおなかのすいた私たちは
パニーニを選びます♪
小さなサイズなので、パクっといけます。
店内には、イートインスペースもあるので、ワインと一緒にゆっくりできます。
トリュフとレバーペーストのパニーニ。
面白くて美味しかったのが、ワインのジェリーとチーズを挟んだパニーニ。
私もおうちでもぜひやってみたい~~。
大切な方へのお土産のトリュフを購入しようと思い、パニーニに挟んでいただいたものと同じトリュフをくださいと話すと、企業秘密だから全く同じトリュフはないとのこと。
同じようなラインのものをチューブと瓶で購入しました。
美味なフィレンチェの旅、早速はじまりはじまりです。
プロカッチ Procacci
住所:Via Tormabuoni 64r
電話番号:055‐211656
営業時間:10時~20時
定休日:日曜日
ヴェネチアからフィレンチェへ
ヴェネチアのキャナルグラン(運河)には、ヴァポレットと呼ばれ水上バスや、水上タクシーがたくさんいて
運河の上もにぎやかです。
いよいよ、ヴェネチア最終日。
荷物を持ってホテルを出発しました。
ヴァポレットにのりこみさあ出発。
ヴァポレットは、片道の1時間券、12時間券、など用途に応じていろいろなものがあります。
私たちはここで片道1時間7ユーロの切符を購入。
このあたりで、JCBとダイナースの組合せでヨーロッパにやってきた自分にげんなり。
VISAのカードも持っていたのに、持ってくるの忘れていたため、
特にベネチアではJCBはことごとく使えず、ダイナースも3回に1回は断られるみたいな状態で、
現金あまり持たずにカードで生活する私は、微妙にへこんました。
ヴァポレット窓口でダイナースはOKでした。
チケットはこんな感じです。
そんなリアルな状況はさておき、
ヴァポレットは運河の上をスムーズに流れて、本当に気持ちいいです。
美しい風景を歩いてみるのと、運河からみるのはまた異なり、それも楽しい。
サンマルコ広場を運河より
1番のヴァポレットは、各駅停車です。
それぞれの駅で、多くの人が乗り降りします。
橋の下をくぐるのも、一つ一つ楽しいです。
サンマルコ広場から40分くらいで、ユーロスターが乗れるサンタルチア駅(フェローヴィア)まで到着しました。
名残惜しいヴェネチアを後にして、フィレンチェへ!
ユーロスターにのりこみます。
新幹線のような快適な列車で、運河の町から、みるみる風景が変わっていきます。
2時間と少しでフィレンチェまでの快適な列車の旅です。
フィレンチェに到着すると、ホテルまでタクシーで移動!
タクシー乗り場には、多くのタクシーが待っています。
TAXIという看板の前では、危険なタクシーはいないと聞いたので、
並んで待って乗りました。
ドライバーさんには英語はあまり通じない様子だったので、地図を見せて連れて行ってもらいました。
観光客でごった返すフィレンチェ市内は、
なかなかタクシーは進めなかったけれど、ホテルまで無事に到着できました。
水の都 ヴェネチア その2
ヴェネチアの旅はまだまだ続きます。
ヴェネチアの街は小さな街なので、水上バスを使わずとも、とことこ歩いて十分観光できます。
キャナルグランデに最初に掛けられたリアルト橋へ。l
13世紀に初めて木造のはね橋が作られましたが、火災などで何度も壊れたため、
16世紀に現在の石造りの橋が91年かけて作られました。
500年の歴史のある橋ってすごいですね。
どれくらいの人が、歴史を刻んだ橋なのでしょう。
かつての交通手段はもっぱらゴンドラであったそうが、今は観光用です。
京都でいう人力車のような感じかなあ。

ランチは贅沢に、「ハリーズバー」へ!
「老人と海」「誰かのために鐘はなる」の著者のヘミングウェイやエリザベス女王もこられたことのある
歴史ある有名なレストランです。
門構えはとっても小さく、思わず通り過ぎてしまうほどでした。
牛肉のカルパッチョを頂きました。
こちらはカルパッチョ発祥の場所で、こちらのレストランの常連だった婦人が
厳しい食事制限をされていて、加熱したお肉を食べられなかったので考案されたのがこちらのカルパッチョでした。カルパッチョという名前は、当時、ヴェネツィアでルネサンス期の画家ヴィットーレ・カルパッチョの回顧展が開かれていたことからカルパッチョと命名されました。
臭みがなくとろけるように美味しい。
桃のリキュールの「ベリーニ」
甘くて香りよく美味しい。
歴史的な建造物の中で、ベネチアの美しい運河を眺めての食事は本当に贅沢でした。
そのあとは、アカデミア橋を渡って、対岸へ。
アカデミア美術館で、ティントレントなどの美しい絵画を堪能したら、
運河をお散歩。
小腹がすいたので、
Cantione Gia Schiavi カンティノーネ ジア スキアヴィ という
ワイン屋さん兼居酒屋さんのカウンターのお店でおつまみをチョイス。
運河のほとりでお昼間のワインを楽しみます。
船乗りさんたちの楽しい動きが見れたのも、楽しい。
さらにサルーテ岬に進み
サンタマリアデッラサルーテ教会へ。
17世紀に流行したペストの終結を記念して聖母にささげるために建てられた教会で、
サルーテは健康の意味です。
八角形の本堂の周りを6つの礼拝堂が取り囲むように作られ、
主祭壇の奥にはティツィアーノの天井画があります。
ペストは1630年ごろに流行し、5万人近くもの人口(人口の1/3)を奪ったのだそうです。
ネズミに付着するノミが媒介するペストは水の多いヴェネチアでは大流行しやすいのかもしれません。
日本では、ペストは1899年にもたらされていらい、北里柴三郎の研究の成果により
1926年以来確認されていないそうです。抗菌薬のストレプトマイシンも著効です。
このペストはヴェネチアの弱体化をもたらした大きな要因の一つになったそうです。
天気にも恵まれて、素晴らしいヴェネチアの旅です。
どこを見渡しても美しい芸術品にあふれ、栄華を極めた15世紀、16世紀は、さまざまな芸術家たちの美しい絵画、彫刻がまさに外交のカードでした。
資源、リッチには御世辞にも恵まれているとは言えないヴェネチアが、大国が植民地政策を進め、
戦争を繰り広げる中で、芸術品の充実により円満な貿易をはかろうとしたようです。
日本からの天正使節団も上陸したようですが、日本との違いに、両者と相当驚いたでしょうね。
東ローマ帝国の属国だったヴェネチアが810年に独立し、
1797年にオーストリアに支配下に入るまで独立を貫いたのですから、1000年近い歴史が詰まっています。










