厨房で会いましょう China
Bemyguestの寺脇加恵さんの中華のセッションを受けてきました。
すばらしい出会いと発見がいっぱい。
素敵なシェフによるシークレットセッション。
かぶりつきでインタビューしまくりました。
海老湯葉巻揚げ
五目蒸餃子
(私があまりお肉を食べないので、、ということで、加恵さんにお気遣いいただきました)
きくらげ、くわい、にんじん、椎茸、長いも、パクチーと五目以上に盛りだくさん。
生地から作っていただきましたが、だんだん透き通っていく美しい生地にただただ、見とれました。
海鮮と椎茸の土鍋煮こみ
黒酢醤油酢豚
中国醤油の炒飯
どれもこれも絶品でした。
しぐさのひとつひとつがとても気になって、たくさんインタビューしちゃいました。
中国は広いので、地域によっても特長があったり、
お醤油や湯葉など中国から伝来しているものはたくさんあるのに、
微妙に日本のものと違っているものがあり
(中国醤油は色付けのみ、日本醤油は香り付け)
聞けば聞くほどおもしろい。
すばらしい出会いと発見がいっぱい。
素敵なシェフによるシークレットセッション。
かぶりつきでインタビューしまくりました。
海老湯葉巻揚げ
五目蒸餃子
(私があまりお肉を食べないので、、ということで、加恵さんにお気遣いいただきました)
きくらげ、くわい、にんじん、椎茸、長いも、パクチーと五目以上に盛りだくさん。
生地から作っていただきましたが、だんだん透き通っていく美しい生地にただただ、見とれました。
海鮮と椎茸の土鍋煮こみ
黒酢醤油酢豚
中国醤油の炒飯
どれもこれも絶品でした。
しぐさのひとつひとつがとても気になって、たくさんインタビューしちゃいました。
中国は広いので、地域によっても特長があったり、
お醤油や湯葉など中国から伝来しているものはたくさんあるのに、
微妙に日本のものと違っているものがあり
(中国醤油は色付けのみ、日本醤油は香り付け)
聞けば聞くほどおもしろい。
じゃが王国

これはなんでしょう。
わからない。。。
まあ題でわかるか。
じゃがいもです。
ただいまジャガイモは収穫シーズン。
お得意先の先生から、患者さんにいただいたものをいただいたり。
むすび農園からの野菜箱にもじゃがいもたくさん。
私の部屋は現在じゃが王国
結構、おなかに来るものなので、主食代わりに使えます。
北海道では、山のようにじゃがいもができます。〔日本のジャガイモ生産の70%)
そこで生み出されたメニューは
「いももち」

蒸したジャガイモをつぶして、片栗粉とよく混ぜて、フライパンで焼きます。
「外カリっ。中フワっ」
がたまりません。
砂糖醤油でいただきます。
今回は、ちょっぴりおしゃれに、バジルを細かく切っていれてみました。
もう「いももち」とは言わせない、
なんだかおしゃれな味に仕上がり。
英語にしてもしょうがないのですが。
ジャガイモにもいろいろ種類があって、
☆男爵・・・ホクホク感がある(=煮崩れる)
コロッケ、ポテトサラダ、粉ふき芋などに。
☆メークイン・・煮崩れしにくい。
カレー、シチュー、肉じゃがなどに。
☆トヨシロ・・・加工目的(ポテトチップスなど)保存ができる。
など。後は、最近話題のインカのめざめ(とっても甘い)ベニアカリなど。
今となっては、メジャーなジャガイモですが、400年まえに出島にやってきたときは、淡白で日本人の嗜好に合わなかったのだとか。お肉料理もあまり多くなかったことだし。
戦争の飢餓のときなどには、大活躍したようですが、お肉料理の普及とともに、
一気に存在感をアップさせていったようです。
マクロビ(中医学)の中では、
南米アンデス出身のジャガイモは、陰の野菜とされ、体を冷やしてしまうのだけど、
ビタミンCはとても豊富で、他に野菜なら熱を加えるとビタミンCが壊れてしまいますが、でんぷんに覆われているので、壊れにくいのだとか。
高校生のころ、太るから食べないって豪語し、母親に怒られてましたが、甘いお菓子を食べるよりずっと体にはよいはず。。。
しばらくは、じゃがいも生活です。
恍惚の人
恍惚の人 (新潮文庫)
著者:有吉 佐和子
販売元:新潮社
発売日:1972-05
おすすめ度:
クチコミを見る
有吉佐和子の本は「紀ノ川」を大学のときに読んで以来。
会社の関係もあり、認知症や介護に興味が持たざるを得ず、読もう読もうと思いつつやっと読むことができました。
1972年に新潮社から「純文学書き下ろし特別作品」として出版され、1973年には森繁久彌主演で映画化された。たびたび舞台化されており、1990年には日本テレビで、1999年にはテレビ東京で、2006年10月には三國連太郎主演でテレビドラマが放映されました。
1972年というと、私の生まれる10年以上前で、
女性の家庭や社会での役割はぜんぜん違う。
またいまでこそ、「認知症」と疾患として認知されていたけど、それこそ耄碌(もうろく)とか呆け、年だから仕方ないという時代で、身体的な障害がない限り、政府も医療も適切な対応ができなかった。
徘徊や幻覚、排泄、子供の顔がわからないなど、強いBPSDが、お嫁さんである昭子を悩ませる。
それから、もう30年以上の年がたって、だいぶ医療も介護も認知症に対する対応が変わってはきたけれども、きっと家族がそうなったときの感情は変わっていないのだろう。
激しい介護の疲れの中、人の尊厳と守るということはいかに難しいことか。
認知症の権威の先生は、すべての人が、この本のように、
徘徊したり排泄物を投げたりというような症状がでるわけではないと指摘しています。徘徊するのは、全体の10パーセントくらいだとか。
内容はさておき、この時代においてベストセラーとなった恍惚の人は、時代に警笛をならしたんだろうなあ。