いつからこんな風に思うようになってしまったんだろう。安らかに眠る君を、絞め殺してやりたいだなんて。


背後から私を抱きしめる君を、いつしか気持ち悪いと思うようになった。小さな手で優しく撫でられることさえ、今では鳥肌のたつ行為だ。

そういえば、なんでまだ君と一緒にいるんだろう?


君が寝たのを確認してそっとベッド抜け出しシャワーを浴びる。


酒に酔った勢いで告白され、適当に流したつもりだったのに翌日には私達は正式にお付き合いしていることになっていた。

恋人がずっといなかった私を一番祝福してくれたのは、私が一番大好きだったあの人だった。

どうせ最初から叶わぬ恋だったんだ。それならば、あの人が祝福してくれたこの関係を少しは続けてみようか。そう思った。

そんなロマンチックの欠片もない始まり方をしたこの関係は今年で3年目となる。


シャンプーに手を伸ばしたのだが手が滑ってしまい、液が私の太ももに垂れていく。それがまるで君が顔を歪めて吐き出したアレに見えて、吐き気がした。

たくさんの泡を使いすべてを洗い流していく。肌をなぞった君の痕跡をもすべて。

洗い流し排水溝へ流れていくソレを見ていると、何故かわからないけれど笑いがこみ上げてきた。

なんでまだ君と一緒にいるんだろう?


浴室から出て鏡の前に立つ。身体に無数に咲いた花びらは、昨日の行為を無かったことにしてくれない。

ドライヤーを手に取り、髪を乾かしていく。君が短い髪が好きだというから伸ばしている私の髪は、もう腰に届きそうな程になっていた。


戻った私を離すまいと腕を絡ませる君は、必死に私を抱き留めようとする君は滑稽だった。

羨ましいほど触り心地のいい猫毛な君の髪に指を絡ませる。引き抜いたらどんな顔を見せてくれるんだろう。

ピクリと震えた君の瞼にそっとキスをし、私は問いかけた。


いつまで私と一緒にいるの?


そのまま大嫌いな君の温もりに目を閉じる。

君が飽きるまでは。と遠くから聞こえたような気がした。








暖かかった珈琲はとうの昔に冷えきっていて、今では私の体温を吸いとっているだけ。

触れた欄干は私を拒絶するかのように熱を受け入れなかった。海の方から冬将軍の大きな手が私を包む。

このまま飛び込んでみようか。

沢山の人に迷惑かけるけれど。生きてても迷惑かけてばかりだし、大して変わらないよね。でも、もし私の遺体を見つけてトラウマになって苦しむ人がいたらどうしよう。

多分身体ぐちゃぐちゃでしかもふやけてもう大変なことになってそう。絶対トラウマなるね。それは何か嫌だな。トラウマにならないような何か無いかな。

突然心臓止まってとか。それが一番いいな。それなら、誰も責任負わないし病気のせいだからみんな仕方ないってなるよね。今すぐ心臓止まらないかな。きゅって。

分かってるよ。私に生きてて欲しいって思ってくれてる人がいるってことも分かってるよ。でもさ、人の別れって必ず来るじゃん。早いか遅いかってだけで。それにこれ以上生きてさ沢山迷惑かけるよりマシじゃない?迷惑かけてもいいからたくさん頼ってって言われても、迷惑をかけるのも頼るのもとてつもなく苦痛なんだよ。嫌なの。だって私にかまけてる暇なんてないでしょう。そんな時間あるなら自分のことしなさいよ。日々疲れてるその身体を休めてあげなよ。

もう放っておいてよ。私に対して何も出来ないでしょ。私の求めてるものは誰も与えることができない。何故なら私自身受け取ることを拒否するから。だからさ 諦めてよ。嫌いになってよ。私のことなんか忘れてよ。そしたら心置き無くさよなら出来るのに。

そうさ。私はわがままだ。図体ばかりでかくなっても中身は自分のことしか考えれない子供のままだ。こんな出来損ない誰もいらないでしょ。

どうやったら誰にも迷惑かけずにいなくなることができるだろう。どうしたらいいのかわからない。

何でこんなことになってしまったんだろう?

思えば最初の選択から間違いだったのかもしれない。生まれてきた時から全て間違いだらけだったのかもしれない。かと言って新しい人生でやり直すかと問われれば、否と答えるけれど。結局どの選択肢を選んだとしても、私はここにきてしまうんだろうから。

やりたい事はあった。昔は。夢も希望もあった。昔は。でももう、どうでもいい。この苦しみから、ずっと頭の中うるさく鳴り響いてる声から逃れられるのならなんだっていい。

もういいでしょ。私頑張ったよ。世間から見たらそうでもないし出来て当たり前かもしれないけどさ。私、頑張ったんだよ。いつまで頑張ればいいの?もういいでしょ。疲れたよ。

吐いた煙は白く空に同化していく。

気づけば辺りを包んでいた闇は薄らいでいた。飲まなかった珈琲をゴミ箱に投げ入れ、とぼとぼと自宅へ向け足を動かす。

仕事行かなきゃいけないから。






誰もが寝静まった丑三つ時、音を立てないようにそっと玄関から外に出る。

吐いた息は白く宙をさまよい、北風にかき消されてしまった。

どこへ行こうか。ふらふらと足を進める。

風の音しか聞こえないものだから、世界に私一人だけになったように錯覚する。ほんとに一人だけだったらどれほどいいだろう。

目に付いた自動販売機で珈琲を買う。取ろうと思ったのだが、悴んだ手には熱すぎて堪らず落としてしまった。ソレはころころ転がり暗がりの中に消えて、私の吐いた溜息もまた闇に溶けて消えていった。

未だじんじんする指を放っておいて足を進める。その足取りは先程より重い。それは珈琲を失ったショックではなく、単に普段から運動不足なせいだ。

荒くなっている息が顔に絡みついて心地悪い。座れる場所をと見つけたベンチは濡れていた。

もう帰ろうか。帰りたくないけれど。

戻りたくないけれど。

顔をあげると少し滲んだ星達が静かに灯っていた。

とても綺麗だと、そう思った。