かすかに聞こえるサイレンの音。
そして扉を3回叩く音と開く音。
近づいてくる知らない人の足音。
じっとりとした濃い雨の匂い。
甘い香水と酒の混ざった匂い。
そして、濃密な血の死の匂い。
目が合った。
氷が砕けていくような硬い感触。
指の間を果汁が垂れていく感触。
ゴトリ、と。何かが外れた感触。
雨の音は激しさをましていく。
その部屋にはもう誰もいない。
ハッピーバースデー。
おめでとう。おめでとう。
かすかに聞こえるサイレンの音。
そして扉を3回叩く音と開く音。
近づいてくる知らない人の足音。
じっとりとした濃い雨の匂い。
甘い香水と酒の混ざった匂い。
そして、濃密な血の死の匂い。
目が合った。
氷が砕けていくような硬い感触。
指の間を果汁が垂れていく感触。
ゴトリ、と。何かが外れた感触。
雨の音は激しさをましていく。
その部屋にはもう誰もいない。
ハッピーバースデー。
おめでとう。おめでとう。
殺して欲しいと、お願いをされた。
私より小さくて無垢で、放っておいても死んでしまいそうなほど脆い身体なのに。
何もしなくてもその願いはすぐに叶うだろうに。
何も答えず目を閉じ、また目を開けるとソレは消えていた。
ひと時の夢か何かだろうと思っていた。それなのに。
ソレは毎日現れた。朝昼問わず。
自分を殺してくれと唐突に現れては小鳥のように耳元で囀るのだ。
お陰様で酷く健康的な生活となってしまった。
何故殺して欲しいのか尋ねたことはあった。
だが、ソレは決まって言うのだ。
「内緒」と。
放っておいても死ぬと思っていたがソレは葉が落ちる頃になっても現れた。
頬は痩け、服の下には生傷が透け、小枝よりも細い足でソレは現れた。
ソレは掠れた声でなお囀るのだ。
ノイローゼに成程に聞き飽きた文句。
だがそう、一瞬魔が差してしまった。
静かになった虚のなか満足そうに笑みを浮かべたような顔をした白い頬に触れる。温度も感じない、白く小さな身体だった。
数えるのも億劫なくらい冬が訪れても変わらずそこにソレはあった。
そういえば、何故殺して欲しいと願っていたのだろう。
地に帰らないその体躯に何を秘めていたんだろう。
音1つしない虚に身を埋め目を閉じる。
嗚呼、罪を犯しても遂に死ぬことは出来なかった。
殺して欲しいと願っていたのは、自分の方だったのに。
狡いと、思った。
ねぇ、ほんとにいいの?
何度目かになる問いかけを投げかける。
貴方はこちらを見ると軽く微笑み
うん。
と優しく呟く。
そしていつもと同じように私の頭を撫でてくれるのだった。
携帯が1瞬震える。
誰かと思えば弟からだった。
数年ぶりの連絡だ。あいつ生きてたのか。
「元気?」だなんて。
昔から勘が良かったけど、なんか怖いわ。
そう思いつつ携帯の電源を切る。
貴方は私のその行動を不思議そうに眺め私に声をかける。
どうしたの?
弟生きてたみたい。
そっか。良かったね?
まぁ…どうでもいいんだけどさ。
そっか。
少し寒くなったので貴方に寄り添い手を繋ぐ。
貴方は驚いたように少し目を見開き、指を絡めてくれた。
何の気なしに景色を見つめる。
とてもいい天気だった。
雲ひとつなくていつもは見えない水平線まではっきりと見えていた。
過去で1番綺麗だと思った。
バスが来るまであと10分。
あ…データ消してくるの忘れちゃった。
私の黒歴史が…
唐突に思い出して頭を抱える私を貴方は呆れながら見つめ、
HDD、ちゃんと壊しておいたよ。
と。貴方はやっぱり私の1歩前を行く。
バスが見えてきた。
ねぇ。ほんとにいいの?
何度目かの最後の問いかけをする。
うん。
貴方は優しく呟く。とても優しく。
その声になんだか泣きそうになる。
人生台無しにしちゃってごめんね。
帰ってもいいんだよ?
別に私に付き合ってくれなくても。
そういう私の目を見つめ、貴方ははっきりとこう言った。
約束。したでしょ?
バスが扉を開ける。
私達は黙って乗り込む。
手を繋いだまま。
流れる景色をぼんやり眺める。
相変わらずとても綺麗だな。
握る手に力を込めると、貴方もぎゅっと握り返してくれた。
長いようでとても短い時間が過ぎバスは到着した。
遠ざかるバスをしばし見つめ、その後私達二人は反対方向へと歩き始める。
どうでもいい話をした。
話しかけた野良猫が実はビニール袋だった話。
トーストを真っ黒にした話。
ベタに砂糖と塩を間違った話。
たくさんたくさん話をして
お腹が痛くなるほど笑って
私達は、目的地に辿り着いた。
壊れた扉を無理やり開き中に入る。
中は案外綺麗だった。
すきま風のせいかあんまりホコリも積もってない。
1番上まであがり、貴方はホコリを少し被ったソファの上に腰掛ける。
思った以上にスプリングが効いていてよろける貴方に手を貸すとそのまま引っ張られ2人仲良くソファに倒れ込んだ。
目をあわせ笑い合う。
そしてそのままキスをした。
昔と違って煙草の苦い味はしなかった。
そういえば何年ぶりだろうね?
ゆっくり離れ私達は見つめ合う。
それからしばらくして私は口を開いた。
貴方はくしゃりと微笑むと私の首に手をかける。
そしてそのままゆっくりと力を込めていく。
五月蝿いくらいに心臓の音と呼吸の音が響く。
滲む視界。ぽたぽたと暖かい雫を感じる。
私のわがままに付き合ってくれて本当にありがとう。
無意識にその腕に爪を立ててしまう私の手やささやかな喉の抵抗などまるで無いかのようにぐっと締められる。
頭がぼぅとして酷く痛む。
貴方が何かを言った気がしたが、耳鳴りの音で聞こえない。
そして、世界から全てが消えた。