うずちゃん押し問悶答(道)場~♪その日暮らし♪~ -4ページ目

うずちゃん押し問悶答(道)場~♪その日暮らし♪~

うずちゃんの例の部屋の別館です。こっちはダークネスで。

自分中心に考えて自分のいる地点にかかわりを持ってくれている人はたぶん、周波数をそこへ合わせてきてくれるのだろう。

 

普段、まったく合わない友人が誕生日なり、他の要件という接点になる何かをめがけてそこまで下りてくてくれる。

 

けれども、普段はそれぞれの階層に住んでいるので、お互いが見えない。

 

私の周波数みたいないものを目標に訪れてくれるから見える。

 

私は今、私のレイキの師匠とは疎遠になっている。

 

ひとつはもしかするとお互い生まれる前に交わした約束ポイントを通過してお互いの役割、役目を終えたから疎遠になってもいいんだと思えるのだけれども、最近、SNSは勝手に師匠のアカウントを探してきて、

 

知り合いではありませんか?

 

とか言われる(笑)

 

知り合いだけれども、私はなんだか師匠に会うったり、つながりを持つのが申し訳ないように思えるので、今は会うことを考えていない。

 

私の心の問題である。

 

都合さえ合えば、それを拒否する人ではない。

 

でも、私が一生懸命頑張っても師匠の周波数に合わせようとすればするほど、私が居心地が悪いのである。

 

私が望んでも相手が望んでなければそれは居心地が悪いだけであるから、わざわざそこへ行く意味もない。

 

本当はレイキのファイナルステージを受けたいと思っているけれども、もうそれも無理なんぢゃないかと思うわけですよ。

 

師匠がそれを望んでない気がするし、私もそれを望んでいない気がする。

 

しかし、ちょっと思ったのだ。

 

SNSでおすすめの人を知らせられるというのは四六時中ではないのだ。

 

そこで、あれ?と思って、こっそり(笑)師匠のSNSを覗いたら、ああ、師匠の周波数が下がっていたのだ(下がっていたのか、上がっていたのかわからないけれども。この上、下という言い方も、私は最近嫌い。粗いとか、精妙とかそういうのもなんだかっ嫌い)ということが分かった。

 

だから、私に師匠が見えるのだ。

 

私の周波数くらいのレベルにやってきていて、師匠の周波数に合わない階層にいるものだから、とても居心地が悪く、そこでなんとかいないといけない状況だから、調整が必要なんだ。

 

その調整途中に、師匠の姿が見えるようになった。

 

それが周波数なのかな、と、うっすら思った。

 

良く同じような周波数でないと一緒にいられないっていうことを以前聞いた時には、どちらかが格上(笑)になり、どちらかが格下(大爆笑)になるとかいう違いが起きて、お別れするっていうことなんだと、ひがんだりもしたのですが(まったくひがみ以外のなにものでもない。

私は周波数が低いからだ!とかね)、住める階層が変わって、相手が見えなくなっていくっていうのが自然なんだと思うようになったのです。

 

濁った水に住むのが上手な生物もいれば、澄んだ水にしか住めない生物もいる。

 

濁っているのが最適か、澄んでいるのが最適かは生き物の生き方とか特性とか、そういうものに左右されているだけで、上も下もない。

 

らくちんなほうに行けばいいってことなんだな。

 

周波数が調整されたら、また見えなくなりました。

と思わずにいられないことがある。

 

私は昔からどっか

 

人の広げた風呂敷を後始末するという係りの人生

 

と思うことがこれまでもよくあった。

 

小学校、中学校、高校はそうでもなかったけれども、

 

大学から誰かが何かした後始末をする係という印象がぬぐえない。

 

大学の学祭では出店するための下準備から最後の会計までこなしたこと。(酔っぱらいの世話までした。学祭後、学校で屍のようになっていた人たちにおにぎりも握って持って行った。自分のサークルのほうも大変で徹夜で色々やった後だった。あの頃は体力があったな。そのあと、2日間、土日はほぼ意識なく寝て過ごすという)

 

最初に就職した先では体を壊したために会社を辞めることになったけれども、その時にその部署できれいに合ってなかったゴミみたいなデータの山をきちんと調べて、辻褄合わせてやめたこと。その後そこの部署は花形部署に統合されて、キラキラのキャリアを積める部署になったとのこと。

 

暗黒の鬱期間2年を過ぎて、アルバイト先では資料整理の山をもくもくとこなして、政府系機関だったので、6ケ月過ぎると雇わないといけないので、急に辞めてと言われて、茫然としているところに父の知人からの仕事の誘いがあった。

 

はじめはすごく華やかで、給料も良くて、勉強もさせてあげるし、そのための学校に通わせてくれるとまで言われたけれども、蓋を開けてみれば、そんなことはなく、仕事の内容はすごくおもしろかったけれども、いつも誰かのしりぬぐいをし続けて、サポートし続けて、最後には社長が急にお嫁に行くことになり、

 

会社閉めるから、社長やりなさいよ!

 

となんの専門技術もない私に会社を渡そうとするのをなんとか固辞して、会社の清算を会計事務所の方の助けを100%借りて、事務所じまいのためのゴミ掃除を延々3ケ月シュレッダーとデータ削除と清算期間に6ケ月を要することがあったので、其のあとまたしばらく使い物にならない1年を過ごし、派遣会社経由で受ける仕事はなんだかんだハプニング続きで、やっと腰が落ち着いたかと思ったら、就業した部署は会社の中で一番収益を上げてはいたものの、部署自体は鼻つまみで周りから嫌われ、部署の中ではお金を持ってこない人員(つまり事務屋ね)は下の下扱い、その中で外向きには部署の人が適当なことをやってくる尻ぬぐいをし、関連部署には平身低頭で過ごし、もうやめようと思って、今度はその部署の人員の半分が独立して会社を立ち上げるといわれたのを、猛烈の断ったのに、今度こそ収益を上げられる人間に育てる!という偉い人の言葉を信じてついて行って、またもや私は転倒しました。

 

そこでも、人のしりぬぐい。

 

さすがの私もやめないとあかん、と思って仕事をやめました。

 

新しいことなんて全然なくて、いつもお古で細かい後始末。

 

其のあと、なんか細かい仕事をして回って、派遣会社も7社近く登録して、仕事を待っていて、とうとう某有名企業の仕事が舞い込んで、ルンルン♪でいたら、父が交通事故で死ぬの生きるの、この後どうするのさ!という状況で、家に入り介護生活を始めて。

 

最初は、クラウドサービスみたいな仕事をしたり、単発の派遣仕事でもして、なんとか収入を得る努力をしようとして、母も父もそこそこの回復を見せたので、本当にたまに1ケ月くらいの仕事もしても、できるのは早朝に出勤して、もうちょっと仕事したいなあと思っているうちに、帰りの時間に追われることも多く、そんなときに、母が3ケ月にかかる長期入院で、付き添う必要が出て、それ以来、もう仕事を考慮に入れながら私には仕事なんてできない、と割り切らないと生きていけなくなりました。

 

介護生活もやっと安定してきたかと思うと、ちょいちょい救急車のお世話に両親がなったりするもので、精神的に余裕がないところに、最近は父も少し物忘れが激しくなったり、感情の起伏が激しくなったり、私の話をちゃんと根気強く聞かなくなってきたところで、弟の部屋が超散らかっていることを口火に私と父は昨日大喧嘩をしました。

 

その散らかりが、二階の洗面所前まで広がっているし、水道周りの工事があるので、邪魔だったんでしょうね。

 

邪魔ならとりあえず、弟の部屋にぶち込んでおけと思いましたが、父は捨て始めました。

 

分別もせず、分別(ふんべつ)もなく。

 

その時に私のものも一緒に捨て始めたのです。

 

100歩譲って私が悪いとしても、弟が原因で、このコロナ禍の中で小さな家で家族三人仲良く過ごすのにすごい配慮が必要で、喧嘩しないように喧嘩しないように過ごしております。

 

そうなると、結局誰が我慢するのかって話になったときに結果私か父なわけです。

 

父の気持ちもわかるけども、まあ、喧嘩の理由は

 

父が私や弟の所有物を勝手に捨てる

 

という所業に出たのを私がぶち切れたというわけです。

 

最悪、弟のものを捨てられてもいいですけれど、基本、他人に自分のものを捨てられてうれしい人はいませんよね。

 

それが父は昔からわからない。

 

そのうえ、それをやめない理由として

 

父と私の価値観が違う

 

ほったらかしにしてあるものは捨てていいものだ

 

を押し付けてきたのです。

 

いやいや、私のものはほったらかしてないですよ。

 

使ってますからね。

 

でも、父の中ではいっしょくた。

 

でもさ、価値観とかの問題ぢゃなくて、人のものを勝手に確認もせず捨てるとかだめなんだっていう価値観を受け入れる必要あるんではないですか?

 

と私は何度も説得しましたが、弟は結婚して外に出てるわけですが、私に確認もせず、とうとう、ものを捨て始めたので、怒り心頭に達しました。

 

以前も勝手に私が使っているものを捨てたので、大喧嘩になりましたがまだわからんのか!と。

 

色々ありましたが、結局、私の話を無視するわけだね!とブチ切れた私は母の面倒以外の家事を全部昨日は放棄して、本日半分機嫌が悪いまま過ごしていたのですが、私の中では解決策はわかっております。

 

私が弟のと、妹のと片づければいいんだ。

 

確認をとりながら。

 

お嫁に行って、お嫁を貰った人たちのを私がやる必要はないけれども、家の平和がそれでどうやら保たれそうなので、やることにして、弟と妹に確認をして、そうなりました。

 

これも後始末。

 

多分、両親が死んでから家の後始末も私の仕事。

 

それが人の役に立てる最善の私の人生の使い方のようです。

 

人生は人の役に立ってなんぼ。

 

昔は人の役に立てることは素晴らしいと生きてきましたが、今振り返ると、人の役になんて立てなくていいから、らくちんでお金が沢山入ってきて、人から「ありがとう」って言われる、そんな仕事があればいいのに、と思っています。

 

私の才能の範囲では、人がやらかした後の後始末。

 

それも限定的分野にて。

 

お金にもならんし、感動もない。

 

名誉も地位もいらんけど、お金と感動はほしいなあ。

 

後始末の人生が終わったら、よく頑張った!と言って、超美形の天使がお迎えがくるといいのに。

お祭りが苦手なのかもしれない、と最近思う私です。

 

例えば、それが自分のお祭りならばもうちょっと気持ちのこめかたが違うのかもしれないけれど、誰かのお祭りを周囲と同じ熱量で楽しめない自分がいることをいつも思います。

 

なんか、こういう自分の熱量不足って嫌いなところがある。

 

みんなでわーっと盛り上がっている時に、一緒に盛り上がればすごく楽しいのに、どっか遠目に観ていたり、それ見て少し引いてしまう自分みたいな感じ。

 

素直にみんなと盛り上がれない自分が嫌だなって思う。

 

他人の熱量が大きかったり、なんか使命感が大きいのを観ると、なんかひいちゃうんだよなあ。

 

だから、みんなが盛り上がって楽しそうにしているのを、良かった良かったとは観ているのだけれども、その反面、

 

そ、そこまでのこと?

 

と本当に、言葉で言うと

 

私はなんだかちょっと薄情

 

って思ってしまう。

 

そこに浸りきって一緒に楽しめないこの気持ちはなんなんだろうなあ。

 

と思っているところで、ああ、自分のお祭りの時もそうだったなあとちょっと思い出した。

 

盛り上がっていて、自分の周りが喜んでいてくれていて、とてもうれしいのだけれども、どっか、自分では引いてしまっている部分があって、そこがなんとも嫌だなあと思っていたことがあったなあ。<本当に自分の頭がおかしいんぢゃないかと思ったこともある。

 

嫌ならそういう風な行動をやめて、ハチャメチャやればいいと思うのだけれども、そのままで遠く引いて少し冷ややかにその状況を観ているメリットがお祭り騒ぎに浸っているよりも大きいからそうしているとしか思えない私。

 

周りがお酒飲んでどんちゃん騒ぎをしていても、一向に酔わなかった自分を思い出す。

 

それに相当近いかもしれない。

 

いやあ、どっか感受性が壊れているのかしら?

いつも私の悩みは介護生活の中。

 

多分、派遣社員で働いていたころに比べたら、ずっと楽な状態だろうと思う。

 

ただ、社会で働いている時、逃げたいと思った時に逃げる先はいくらでもあるけれど、介護生活からは逃げることはできない。

 

自由に逃げるための財力も能力もないからだけれども。

 

だいたい、7年くらいになるのだろうと思うけれども、ずっと解決のつかないことがある。

 

ほかのことはともかく、母のリピートトークのしつこさには辟易している。

 

解決策もいくつも考えてきたけれど、それは残念ながら私の思っている理想とする解決策ではないのだ。

 

つまり、私の思い通りになる解決策は今のところ見つかっていない。

 

そればかりか、時間が進めば進むほど、母も私も老化していき、ますます、思った通りにはいかない凝り固まった思考になっていくから、うまいこといくわけないのだ。

 

つまり、消極的で、果たして、正解かどうかなど問う以前に、私はきちんとそれを7年近くかけて受け入れられていない状況を受け入れていないということを改めて認識しないといけないのかもしれない。

 

神様がいるなら、どうか最大限私が満足できる解決策を与えてもらいたい。

 

私の眼は曇っているので、わかるように教えてほしいですもの。

 

ああ、しんど。

 

しんどいならやめればいいのだけれども、やめられなくば、それを受け入れるしかないんだから。

 

 

 

今、2を読んでいる。

 

書いている内容はたぶん何度も別のところで、何度も書かれていることなんだけれども、同じようなことを書いてある書籍で比較的翻訳が読みやすいかな?と思って、購入した記憶がある。

 

今、積読本が沢山あって、これもその一冊だったりする。

 

「思考は現実になる」

 

っていうのは自分の人生経験の中からもうわかっているのだけれども、改めて他人が書いた文字を読んでみると、

 

ああ、ほんとにそうだわ

 

って思える本だなと思います。

 

実験がいくつかあって、今改めて本を読んで、

 

ああ、ほんとにそうだわ

 

を改めて実感しようと思っています。