と思わずにいられないことがある。
私は昔からどっか
人の広げた風呂敷を後始末するという係りの人生
と思うことがこれまでもよくあった。
小学校、中学校、高校はそうでもなかったけれども、
大学から誰かが何かした後始末をする係という印象がぬぐえない。
大学の学祭では出店するための下準備から最後の会計までこなしたこと。(酔っぱらいの世話までした。学祭後、学校で屍のようになっていた人たちにおにぎりも握って持って行った。自分のサークルのほうも大変で徹夜で色々やった後だった。あの頃は体力があったな。そのあと、2日間、土日はほぼ意識なく寝て過ごすという)
最初に就職した先では体を壊したために会社を辞めることになったけれども、その時にその部署できれいに合ってなかったゴミみたいなデータの山をきちんと調べて、辻褄合わせてやめたこと。その後そこの部署は花形部署に統合されて、キラキラのキャリアを積める部署になったとのこと。
暗黒の鬱期間2年を過ぎて、アルバイト先では資料整理の山をもくもくとこなして、政府系機関だったので、6ケ月過ぎると雇わないといけないので、急に辞めてと言われて、茫然としているところに父の知人からの仕事の誘いがあった。
はじめはすごく華やかで、給料も良くて、勉強もさせてあげるし、そのための学校に通わせてくれるとまで言われたけれども、蓋を開けてみれば、そんなことはなく、仕事の内容はすごくおもしろかったけれども、いつも誰かのしりぬぐいをし続けて、サポートし続けて、最後には社長が急にお嫁に行くことになり、
会社閉めるから、社長やりなさいよ!
となんの専門技術もない私に会社を渡そうとするのをなんとか固辞して、会社の清算を会計事務所の方の助けを100%借りて、事務所じまいのためのゴミ掃除を延々3ケ月シュレッダーとデータ削除と清算期間に6ケ月を要することがあったので、其のあとまたしばらく使い物にならない1年を過ごし、派遣会社経由で受ける仕事はなんだかんだハプニング続きで、やっと腰が落ち着いたかと思ったら、就業した部署は会社の中で一番収益を上げてはいたものの、部署自体は鼻つまみで周りから嫌われ、部署の中ではお金を持ってこない人員(つまり事務屋ね)は下の下扱い、その中で外向きには部署の人が適当なことをやってくる尻ぬぐいをし、関連部署には平身低頭で過ごし、もうやめようと思って、今度はその部署の人員の半分が独立して会社を立ち上げるといわれたのを、猛烈の断ったのに、今度こそ収益を上げられる人間に育てる!という偉い人の言葉を信じてついて行って、またもや私は転倒しました。
そこでも、人のしりぬぐい。
さすがの私もやめないとあかん、と思って仕事をやめました。
新しいことなんて全然なくて、いつもお古で細かい後始末。
其のあと、なんか細かい仕事をして回って、派遣会社も7社近く登録して、仕事を待っていて、とうとう某有名企業の仕事が舞い込んで、ルンルン♪でいたら、父が交通事故で死ぬの生きるの、この後どうするのさ!という状況で、家に入り介護生活を始めて。
最初は、クラウドサービスみたいな仕事をしたり、単発の派遣仕事でもして、なんとか収入を得る努力をしようとして、母も父もそこそこの回復を見せたので、本当にたまに1ケ月くらいの仕事もしても、できるのは早朝に出勤して、もうちょっと仕事したいなあと思っているうちに、帰りの時間に追われることも多く、そんなときに、母が3ケ月にかかる長期入院で、付き添う必要が出て、それ以来、もう仕事を考慮に入れながら私には仕事なんてできない、と割り切らないと生きていけなくなりました。
介護生活もやっと安定してきたかと思うと、ちょいちょい救急車のお世話に両親がなったりするもので、精神的に余裕がないところに、最近は父も少し物忘れが激しくなったり、感情の起伏が激しくなったり、私の話をちゃんと根気強く聞かなくなってきたところで、弟の部屋が超散らかっていることを口火に私と父は昨日大喧嘩をしました。
その散らかりが、二階の洗面所前まで広がっているし、水道周りの工事があるので、邪魔だったんでしょうね。
邪魔ならとりあえず、弟の部屋にぶち込んでおけと思いましたが、父は捨て始めました。
分別もせず、分別(ふんべつ)もなく。
その時に私のものも一緒に捨て始めたのです。
100歩譲って私が悪いとしても、弟が原因で、このコロナ禍の中で小さな家で家族三人仲良く過ごすのにすごい配慮が必要で、喧嘩しないように喧嘩しないように過ごしております。
そうなると、結局誰が我慢するのかって話になったときに結果私か父なわけです。
父の気持ちもわかるけども、まあ、喧嘩の理由は
父が私や弟の所有物を勝手に捨てる
という所業に出たのを私がぶち切れたというわけです。
最悪、弟のものを捨てられてもいいですけれど、基本、他人に自分のものを捨てられてうれしい人はいませんよね。
それが父は昔からわからない。
そのうえ、それをやめない理由として
父と私の価値観が違う
ほったらかしにしてあるものは捨てていいものだ
を押し付けてきたのです。
いやいや、私のものはほったらかしてないですよ。
使ってますからね。
でも、父の中ではいっしょくた。
でもさ、価値観とかの問題ぢゃなくて、人のものを勝手に確認もせず捨てるとかだめなんだっていう価値観を受け入れる必要あるんではないですか?
と私は何度も説得しましたが、弟は結婚して外に出てるわけですが、私に確認もせず、とうとう、ものを捨て始めたので、怒り心頭に達しました。
以前も勝手に私が使っているものを捨てたので、大喧嘩になりましたがまだわからんのか!と。
色々ありましたが、結局、私の話を無視するわけだね!とブチ切れた私は母の面倒以外の家事を全部昨日は放棄して、本日半分機嫌が悪いまま過ごしていたのですが、私の中では解決策はわかっております。
私が弟のと、妹のと片づければいいんだ。
確認をとりながら。
お嫁に行って、お嫁を貰った人たちのを私がやる必要はないけれども、家の平和がそれでどうやら保たれそうなので、やることにして、弟と妹に確認をして、そうなりました。
これも後始末。
多分、両親が死んでから家の後始末も私の仕事。
それが人の役に立てる最善の私の人生の使い方のようです。
人生は人の役に立ってなんぼ。
昔は人の役に立てることは素晴らしいと生きてきましたが、今振り返ると、人の役になんて立てなくていいから、らくちんでお金が沢山入ってきて、人から「ありがとう」って言われる、そんな仕事があればいいのに、と思っています。
私の才能の範囲では、人がやらかした後の後始末。
それも限定的分野にて。
お金にもならんし、感動もない。
名誉も地位もいらんけど、お金と感動はほしいなあ。
後始末の人生が終わったら、よく頑張った!と言って、超美形の天使がお迎えがくるといいのに。