なんか、このブログ、おんなじことを書いたところがありますね。頭の中が整理されてなくて、
 画像は御柱が曳行された道路を次の日に撮ったものです。アスファルトに薄く黄色く跡が残っている。
 さて、話を、まとめましょう。御柱には、ミシャグジ神という縄文信仰が根強く残っているのではないか、そして、ミシャグジ神を宿神という形で信仰しているのが、猿楽師である、と。ここに、その猿楽師の世界をよく知っている人物が、御柱というものに出会ったら、どうなるか?私の妄想ですが、そこに大久保長安を登場させたいわけなので。 
 彼は、御柱に天空へとつながろうという、人間の、縄文時代から続く想いをみてとった。で、その想いを、さらに明確に形作るために、御柱の配置に、力動性とでもいうべきものを付け加えようとした。四の柱から、5尺づつ反時計回りに、柱を高くする、螺旋上昇運動をそこで表現して、縄文的な、天空(神の領域)へ繋がりたいという想いを、完成させようとした‥‥。
 うーむ、小説にしても、あまり面白くないかもしれないですが、よくわからなくなってきました。書いてる本人がわからないのだから、読んだ人は、もっとわけわからないことでしょう。
 申し訳ない。

  続く