第25回 2級
1 歴史・史跡に関する記述について、最も適当なものを選びなさい。
(1)京都に古くから存在した豪族で、桓武天皇や菅原道真にも緑のある一族は何か。
(2)和銅6年(713)に丹波国の北部、加佐郡、与謝郡、丹波郡(後の中群)、竹野郡、熊野郡の5部を割いて設置された国はどれか。
(3)長岡京から平安京への遷都に際して平安宮の初代造営大夫を務め、桓武天皇の意を受けて地相を占した人物は誰か。
(4)岡崎公園一帯は、院政期には白河天皇の法勝寺はじめ歴代権力者の御願寺6ヵ寺が建ち並び、「六勝寺」の名で知られる。そのうち、現在の京都市京セラ美術館の敷地あたりにあったとされ、鳥羽天皇中宮待賢門院璋子の御願寺として知られるのはどれか。
(5)後醍醐天皇とその側近による鎌倉幕府打倒の密議が発覚した事件を何というか。
(6)明智光秀が山崎の戦いで敗れ、逃げる途中で殺されたと伝わる「明智藪」はどこにあるか。
(7)大坂冬の陣の発端になったとされる、方広寺の梵鐘の銘文の一部はどれか。
(8)京の青物屋の娘であったとされ、五代将軍徳川綱吉の生母となり、後年には善峯寺をはじめとする社寺の復興に力を尽くしたのは誰か。
(9)幕末に長州の軍事を担って活躍し、日本の陸車創設に尽力したものの、木屋町通街池上ルで襲われ、約2カ月後に亡くなった人物は誰か。
(10) 京丹後市丹後町間人の出身で、渋沢栄一とも並び称され、銀行、鉄道、額、ビールなど多くの企業の設立、経営に参画した関西経済界の重鎮は誰か。
2 神社・寺院に関する記述について、最も適当なものを~から選びなさい。
(11) 今年(2024)朱塗りの鳥居を新調した、巽橋近くにある芸舞妓の技芸上達の信仰を集める神社はどこか。
(12)源義経が奥州藤原氏を頼って平泉に下るのを手助けしたという伝説の人物、金売吉次の屋敷があったところとされる場所に鎮座する神社はどれか。
(13)多くの皇子皇女を産んだとされる光学天皇の女御・班子女王を祭神とし、鳴滝砥石でできた額「遍照」がある仁和寺の鎮守社はどこか。
(14) 来年(2025)の干支は「巳」。洛陽十二支妙めぐりの「巳」にあたり、「清水の鎮宅妙見宮」ともいわれる寺院はどこか。
(15) 平安中期、藤原道長が建てたお堂が起源とされ、和泉式部の墓といわれる宝篋印塔があり、「和泉式部寺」という通称で知られる寺院はどこか。
(16) 細川勝元が妙心寺の義天玄承を招いて創建し、徳川光圀が寄進した「吾唯足知」の文字がある蹲踞でも知られる寺院はどこか。
(17) 推古天皇の勅願を受けた聖徳太子が建立したと伝わり、弘法大師空海が天皇から同寺の別当に任命されたことでも知られる長岡京市の寺院はどこか。
(18)織田信長や豊臣秀吉ゆかりの寺院で、鯰型(瓢箪型)の枯池がある千利休作庭とされる「直中庭」で有名な大徳寺塔頭はどこか。
(19) 赤穂浪士の大石内蔵助が隠棲した場所で、境内に内蔵助の遺髪がある寺院はどこか。
(20)天台声明の根本道場で、文治2年(1186)に法然を招き専修念仏について問答した際、本尊が光を放って法然の主張を正しいと証明したことから「証拠の阿弥陀」と呼ぶようになった寺院はどこか。
3 建築・庭園・美術に関する記述について、最も適当なものを選びなさい。
(21)寺の銀閣の上層は神宗様仏堂風となっているが、何と呼ばれているか。
(22) 上賀茂神社の境外摂社で、拝殿が割拝殿の形式になっている神社はどこか。
(23)京町家で、延焼防止や隣家との境界線を日的に、隣家に接する壁を根より一段高く上げ小屋根を載せた防火用壁を何というか。
(24) 村井吉兵衛の別宅「長楽館」や聖アグネス教会を設計したアメリカ人建築家は誰か。
(25)日本最古の庭園書である『作庭記」を編纂したとされる、藤原頼通の息子は誰か。
(26)平安遷都1200年を記念し、京都の作庭技術を結集して作られた梅小路公園内にある約9000㎡の池泉回遊式庭園はどれか。
(27) 季節の花々を配置した中根金作設計の退蔵院の池泉回遊式庭園はどれか。
(28) 円山応挙に師事し、今年(2024)生誕270年を迎えた「奇想の絵師」と呼ばれる人物は誰か。
(29)平安中期の和様彫刻の代表作である平等院の「阿弥陀如来坐像」(国宝)の作者は誰か。
(30)本阿弥光悦の書と俵屋宗達の版下絵が融合した美しい謡曲本「嵯峨本」を出版した人物は誰か。
4 芸術・文化に関する記述について、最も適当なものを選びなさい。
(31)宮廷の必需品であり現在でも神社、仏閣、料亭などでも使われる「御簾」や、茶道、華道、香道の道具類に代表される伝統工芸品は何か。
(32)江戸時代の京の工芸文化などを詳しく紹介している山城国の地誌「雍州府志」を著したのは誰か。
(33)金福寺に滞在したと伝わり、上神社に「半日ハ神を友にやとし忘」の旬がある江戸前期の俳人は誰か。
(34)長らく公家には家職という代々世で決められていた職があった。自神宮にも碑が残る、飛鳥井家の家職は何か。
(35)茶道表千家を興した江宗が出した大名家はどこか。
(36)今年(2024)、千本ゑんま堂大念狂言が後活50回目の節目となる本公演を行った。大念仏年言と競演した、源頼光の伝説ゆかりの日は何か。
(37) 上方歌舞伎の名優・坂田十郎と多く組んだ作家で、歌舞伎『傾城仏の原」や、京都の南北の通り名を題材にした歌が登場する浄瑠璃「堀川波鼓」などの名作を多数生み出した作者は誰か。
(38)12月18日の事始めて、紙園甲部の芸舞妓が家元に挨拶した際、受け取るご祝儀は何か。
(39) 上七軒歌舞会で秋に行われる舞踊公演はどれか。
(40)芸妓になる前の2週間ほどしか見られない、衿替えが近くなると結う髪形を何というか。
5 祭りと行事に関する記述について、最も適当なものを選びなさい。
(41) 城南宮で2月11日に神前に献じられた上で、接待が行われるものは何か。
(42)古くは「松尾の国祭」と称せられた松尾大社の松尾祭の還幸祭(おかえり)で、3ヶ所の旅所に駐輦していた神輿が集結する「旭の社」はどこか。
(43)5月2~4日に行われる神泉苑祭で、子供みこし、雅楽奉納などとともに、神泉苑とゆかりのある歴史上の人物に扮した舞の奉納があるが、それは誰か。
(44) 上賀茂神社の馬場殿前で実施される、馬の走り具合を見ながら、5月5日に実施する祭事での馬の組み合わせを決める予備的な行事は何か。
(45)祇園祭で、屋根の上にご神体である伊弉諾尊を安置する曳山は何か。
(46) 五山の送り火の1つ、大文字の「大」の字の起源の1つとして「山州名跡志」に記載されている、足利義尚の冥福を祈って定めたとされている五山僧は誰か。
(47)五山の送り火や万灯流しと並んで、京都の夏の風物詩として知られる千打供養が行われるのはどこか。
(48)市比賣神社で9月9日の重陽祭と同じ日に、かつて商いの御免状を発行していたことにちなんで供養されているものは何か。
(49)8月21日から23日に今熊野観音寺で行われる、遍路の行程を一日で巡ったのと同じ功徳を積むことができるとされる行事は何か。
(50)時代祭行列の中で、昭和41年(1966)の孝明天皇百年祭を記念して加えられた20~30歳代の青年を中心とした行列は何か。
6 京料理、京菓子、ならわし、ことばと伝説に関する記述について、最も適当なものを選びなさい。
(51) 吉田神社境内の山蔭神社の例祭で、京都の料理飲食業の関係者らが業界の繁栄を祈願する際に披露される式包丁の流派は何か。
(52)2月の初午の日に食べると縁起が良いと伝わる料理は何か。
(53)地中でよく増えることから「子孫繁栄」として、また「芽が出る」縁起物として、正月料理に用いられる京野菜は何か。
(54)平成27年(2015)に登録された「京のブランド商品」で、1株に1個しかをならせず、糖度15度以上の香り、甘みとも最高級とされる京丹後市名産の農産品は何か。
(55)宮中の正月の行事食が原型で、明治時代以降、裏千家の茶の湯の初釜で使用されるようになった京菓子は何か。
(56)妊娠5か月の妊婦が巻く「岩田帯」は、祇園祭の占出山、船鉾、大船鉾でも御神体にちなみ授与される。3基に共通する御神体は何か。
(57)京ことばの「イヌ」の意味は何か。
(58)「お邪魔しました」のことを京ことばで何というか。
(59) 牛頭天王に宿を提供したことで疫病を免れた事から、現在は八坂神社の摂社・疫神社の祭神として祀られている伝説上の人物は誰か。
(60) 境内の森が古くは「鵺の森」と呼ばれ、源頼政の退治の伝説がある神社はどこか。
7 地名、自然、観光、時事に関する記述について、最も適当なものを選びなさい。
(61) 桃山時代の茶人の屋敷があったことにちなみ、室町通と新町通の間を三条から六角まで抜ける細い道を何というか。
(62) 烏丸五条上ルあたりの悪王子町は、素戔嗚尊(すさのおのみこと)の荒魂を祀る悪王子社がこの地にあったことによる。現在、悪王子社は、どの神社の境内に返されているか。
(63)「源氏物語」第三十帖の題名にもなっている秋の七草の一つで、行願寺や下御霊神社境内では、保全育成成果を展示、発表する祭も行われている植物は何か。
(64) 亀岡市付近の桂川水系に分布し、絶滅が危惧されていることから保護活動も行われている、国の天然記念物である日本固有の淡水魚は何か。
(65)八幡市と久御山町を結ぶ通称「流れ橋」は増水すると橋板が流される設計で、時代劇のシーンに出てきて観光客にも人気である。架かっている川はどれか。
(66)三条大橋東詰にある待ち合わせの場所として知られる、京都御所に向かって拝礼する江戸後期の尊王家の像は何か。
(67) 兵庫県との県境にある京都府内で唯一の火山で、夜久野八十八箇所石仏巡りやバードウォッチング、雲海などが楽しめるのはどこか。
(68) 今年(2024)通行開始した敦賀駅と城崎温泉駅を結ぶ観光列車で、途中の天橋立駅や東舞鶴駅などで地元特産品の販売やお出迎えなどのおもてなしを実施している列車の名称は何か。
(69)昨年(2023)、耐機補強などの令和の大改修が終了し、かつて弥栄会館にあった定期的に舞踊を鑑賞できる施設「ギオンコーナー」が移転したところはどこか。
(70)戦国時代に「乙訓惣国」の一員であった国人(土豪)の城跡で、今年(2024)、国の史跡に指定されることになった中世城館跡は何か。
8 京都のモダン建築に関する記述について、( )に入れる最も適当なものを選びなさい。
(71) 明治17年(1884)に建てられた( )は京都市内で現存する2番目に古い煉瓦造建築で、初期洋風建築の発掘を知る上で貴重なことから重要文化財に指定されている。
(72)三条通界隈ではモダン建築をリノベーションして現代に生かす建物が目を引く。取りし反対運動もあり、ファサード保存による改築で面影を残した( )は今も当初の業務を続けている。
(73) 京都の復興策として実施された琵琶湖疎水事業のとして、現在も煉瓦造の姿を見ることができる。蹴上インクラインの下を横断するトンネルである( )は、螺旋状に煉瓦が積まれており、渦を巻いているように見える。
(74) 洋画家・浅井忠が設立した私設の本格的洋画研究所「関西美術院」は、京都府立図書館を設計した建築家の( )が設計したもので、トラス構造による片流れの大屋根やアトリエ建築らしい採光用の大窓が特徴である。
(75)明治29年(1896)に建設された( )はフランス人神父の設計。木造で、外観はロマネスク様式、内部の会衆席は畳敷き。今年(2024)1月、重要文化財に指定された。
(76)江戸時代から続く心学道場「明倫舎」の校舎が明治に下京第三番組小学校に引き継がれ、その後、明倫小学校となった。昭和6年(1931)竣工の現在の建物は、( )として芸術家支援施設として活用している。
(77) 日本建築史研究者の先駆けである( )は、本願寺伝道院や大雲院祇園閣などを設計し、独特な意匠で目を引く。
(78)( )は、所蔵資料約80万点を誇り、昭和初期建造の元池小学校の校舎の講堂、数室、校庭、階段等を活用している。旧玄関周辺には、アール・デコ風の意匠がある。
(79) 大山崎町にある( )は、建築家の藤井厚二が昭和初期に山林を整備し建てた自邸で、「木造モダニズム建築の傑作」といわれ、平成29年(2017)に重要文化財に指定された。
(80)( )は、建築家・大谷幸夫が設計した、台形・逆台形の空間の組み合わせが特徴的な、日本の伝統様式をモチーフとした建造物。昭和41年(1966)の開館以来、京都のコンベンション施設の中核を担っている。
9 【公開テーマ】「紫式部と京都」に関する記述について、( )に入れる最も適当なもの選びなさい。
今からおよそ1000年前に、紫式部によって着された「源氏物語」は現在、世界最古の長編小説として、時を超えて読み継がれている。冒頭の「( 81 )」は有名である。成立時期ははっきりしないが、「( 82 )」の寛弘5年(1008)11月1日の条に「若葉」や「源氏」などの記述がおり、その頃には既に成立していたと考えられている。
天皇の実子だが天皇になれない宿命にある主人公光源氏の栄光と没落、その死後の物語が描かれる。光源氏は架空の人物であるが、モデルとしては嵯峨天皇の皇子である( 83 )との説がある。その邸宅( 84 )は、南は六条大路、北は六条坊門小路、東は東京極大路、西は万里小路に囲まれた場所にあり、ここも光源氏の邸宅「六条院」のモデルとされている。また、( 83 )の嵯峨の別邸「棲霞観」は没後、寺に改められ「棲霞寺」とされ、その寺を前身とする( 85 )には棲霞寺の本尊であった阿弥陀三尊像(国宝)が伝来している。
第45帖の「橋姫」からの10帖は宇治が舞台となっていることから「宇治十帖」と呼ばれる。「宇治十帖」ゆかりの古跡が後世に定められ、宇治橋を中心とした宇治川の両岸にある。その一つとされる「浮舟」の古跡は( 86 )の境内にある。
紫式部は歌人としても優れていた。娘の( 87 )とともに「小倉百人一首」にも収録されており、2人の歌が邸宅跡とされる( 88 )の境内にある。
紫式部の墓とされる場所は、堀川鞍馬口を上がったところに( 89 )の墓と並んである。また、( 90 )に紫式部供養塔とされる十三重石塔がある。
10 来年(2025)開催の大阪・関西万博を機に、淀川舟運復活に向けた動きが高まっている。「京都の舟運史」に関する記述について、最も適当なものを選びなさい。
(91) 高瀬川や大堰川の開削工事に着手し、京都と大坂、京都と丹波への水道を開いた豪商は誰か。
(92) 高瀬川は底が浅いため、「高瀬舟」という底が平らで喫水の浅い小舟を用いていた。これを題材にした短編小説「高瀬舟」を記した作家は誰か。
(83)今年(2024)から「びわ湖疏水船」は大津港まで約1.5キロ延伸し、大津港乗下船場まで運行することとなった。琉水にある第三トンネル西口の扁額に三條實美が揮毫した文字は何か。
(94) かってより水上交通の要衝として京都市内への魚運搬が行われ、なかでも豊臣秀吉の伏見城築城により、生鮮魚介類の集散地としてこの辺りに鮮魚問屋が軒を連ねた。それを示す「魚市場遺跡碑」が川畔に建つ場所はどこか。
(95)千本三条界隈に材木屋が集中していたのは、渡月橋上流からさらに千本三条を通過する運河が開削され、丹波の木材を選ぶ水運が確保されたことによるとされる。この運河はどれか。
(96)明和4年(1767)、伏見から乗船し、大坂への舟旅を楽しみ、その淀川の情景を「拓版画」という特殊技法で11メートルを超える絵巻「乗輿舟」に仕立てた絵師は誰か。
(97) 淀川の対岸に位置する大山崎と橋本の間を昭和の中頃まで渡し舟が行き来していたが、かつては山崎橋がかかっており、何度も架け替えられてきた。最初に橋をかけた人物は誰か。
(38)船便を走らせることで運輸面でも大きな効果を得た琵琶湖疏水だが、付帯工事として完成した蹴上発電所の電力を利用し、日本最初の市街車を発案した実業家は誰か。
(99) 淀川を利用して西国から物資の荷揚げ場とされた「淀津」まで選ばれ、そこに倉庫などが設置されたことが由来と推定されている地名は何か。
(100)伏見港は長く京都と大阪を結ぶ舟運の拠点であったが、大正末期の築堤工事によって船の通航ができなくなったため、昭和4年(1929)にパナマ運河と同じ仕組みで船を通航させる開門が建設された。この施設はどこにあるか。
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