えっちゃんのひとりごと。
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また.......

近頃はブログも、すっかりと

遠のいたなぁとか、感じてて。

本当、体の事ばかり考えてる。

あと、一週間後の27日には、また手術

しなきゃいけないし。

これで、肝臓ガンの手術は何回目に

なるんだろう。

体は、太らないし。太らなきゃヤバいし。

痩せすぎなのも、困るんだけどな。

3年前には、体重も80キロ近くは、

有ったのだけど、今は痩せて50キロを

行ったり来たり。

医師からは、痩せたねぇと言われながら、本人は笑うしか無い。

それでも、来週27日が手術。

肝臓をまた切ります。

切らないと、命が保たないから。

また、頑張ってきます。

出来たら、これで手術生活終わればなぁ。と望みもあるけれど。

とにかく、頑張って来ます。

では、また。

あの頃。

こんにちは。

近頃は、外出しなきゃいけない
出来ない用事も自分ひとりで、
やっと出来る様になった。
(区役所やら、役所やら公的機関)
ばかりだけれど。

後は、病院への通院。
通院は、タクシーで行く時は運転手さん 
がサポートしてくれて、広い大学病院や
セカンドオピニオンの病院も、危なく
無い様に、車椅子を押してくれる。

やっぱり、お腹の右ばかり(肝臓)と
ガンが転移してた右副腎を手術した
のも、あるだろうし。副腎なんて、
ほんの2〜4センチの内臓なのに、
転移したら、20センチ以上になり、
パンパンに腫れ上がってしまったし。

破裂したら、死ぬ恐れもあり寝る時は、
クッションや座布団を、病院で借りて、
寝てたけど、今思えば毎日、毎日が、
それで、まともに寝てない入院生活。

体を固定した後で、眠剤を呑んで、
凌いだ事もある。

毎日、毎日が腫瘍との戦い。 
うかつに、右側を下にして寝れないし、
寝返りも出来ず。  

一番は、ベッドをソファみたいに
して、ベルトで体を固定して座って
ベッドに寝たり、体の右側全てに、
クッションを敷き詰めたら、首の所を
スイッチで、調整して首を捻らない様  
調整して、寝てた。

病院に入院してた頃の話だから。
まぁ、それでも4人部屋に入ってた時
よりは、マシだった。

自分より、年上のじいさんが3人。
こんな事、書いたら良いか、悪いか
だけど、年寄りの方で、早く元気に
なろうと晩ご飯を沢山食べる人が居た。

でも、その人は毎晩、毎晩、晩ご飯を
吐いて吐きまくる。
早く元気にならなきゃと思う気持ちが
食べさせているんだろうなぁ。

でも、同室の皆さんも気持ちが解る
のか、何も言えなくて。
やがて、その方は個室の方に移られた
けれど。

その時かな。人間は悲しいなぁ。と、
思ったなぁ。
こんなに元気に、全部食べました。と
看護師のチェックに、答えてたなぁ。

自分は、そんな人を見た事があったから
やっぱり病院では食べれなかったなぁ。

最初は、72キロ近くあった体重も、
手術を重ねる内に、48キロ位まで、
下がった時は、本当に食欲と云うより
食べる事が,きつかった。

まぁ、最低限の食事量だったし。
薄い味は、食べたくなかったし。
病院で一番美味しいと思った物は、
昼食に出た鯖の照り焼き(笑)

これを、冷蔵庫に入れて保存。
売店で、マヨネーズの小さな奴と 
食パン買ってきて、鯖の横に有った
野菜(キャベツとトマト切ったやつ)を  
食パンに挟み、残してた鯖の照り焼き
を挟み、マヨネーズを好きなだけ掛けて
口にしたら、想像通りメチャクチャ美味
い、鯖照りサンド。

他にも、焼き鳥缶を同じ様にして、
食べた事も。

ほんの小さな入院の楽しみだったなぁ。
まぁ、入院したら楽しみがあるのは、 
良い事だ。

食事が一番楽しみなのに、薄い味噌汁、
味つけたの?魚の煮付けとか出てきた  
し。缶詰を開けましたと云う見栄えの
フルーツ。 

今は病院食でもチルドが主流になると

言われてるから、早くチルドにならない

かなぁと思居ながら,

チルド食品って?
例で云うと、コンビニの惣菜がチルドです。デザートも。

入院して食べる事が楽しみだったけど、

やっぱり、モスとかマックとかケンタも

食べたかったなぁ。

でも、匂いで一発解るかなぁ。(笑)


本当、入院の時は、バナナ1本でも、

宝物だよ。(笑)

また、あの頃の食欲に戻らないかなぁ。

そんな事、ふと思う。

今、もう少し太らなきゃと、指導され

てるんだ。

あと、2キロくらい。

頑張らなきゃ。(笑)


今日は、このくらいで失礼します。

また、書きますね。


では。











お久しぶりです。

えっちゃん、生きてます。

世の中は、ゴールデンウィーク中。
病人の自分は、出かけると言っても、
病院までだな。

とは、言っても家から約30キロは
離れてる街にある病院だから、
まぁ、少しはドライブ気分。

福岡市内にも、病院は有るけど、
肝臓専門の病院は,難しい。

知り合いの医師を頼って、こんなに
離れた病院まで通い通って、もう
3年過ぎた。  

自分も余命宣告3ヶ月だったのに、
3年過ぎて、嬉しかったなぁ。
一番喜んでくれてたのは、相方だった

けれど、この人には苦労ばかり掛けて、
本当ダメダメ親父でした。  

体調の変化や、体重など全ての事
に気を使わせて、食欲なども、
そう。
気を使わせてたなぁ。

毎日毎日、毎月毎月、気を使わせて  
本当、自分の方も泣きたくなるよな
不甲斐ない気持ち。

近頃は、相方も笑ってくれるから、
やっとホッと出来そう。
さて、以前の連休中は我が家は、
一応、非常事態中。もし、自分が、 
具合が悪くなった時は、病院が、
開いてない可能性があったので、
その時は、◯◯病院にとか、
福岡市内なら,◯◯病院とか
に、連れて行ってくれと、お願い
した事とか思い出す。

やっぱり、生きるって事に必死
だった。今も,気持ちは変わらない  
けれど、命ってひとつしかないから
大事に生きなきゃと、思うもん。

あの病院は、嫌だとか、嫌いだと
言う前に,治療する立場から見ると
やはり、この病院を選べば大丈夫と
思った病院で治療したいだけの事。

そうした思いも有り、余命宣告3ヶ月   
だった自分は、生存3年3ヶ月を、
越えました。

抗がん剤治療も、続けています。
でも、元気です。

沢山のいろんな物を食べる事も、 
出来て,今は本当に幸せです。  
いつも、頭の中では食べたい物が
浮かんで消えて,浮かんで消えての
繰り返しだったけれど、今は確実に
食べられる。

食べる喜びは、やっぱり人間の
本能なんだなぁ。と、良く思うし。
食べれる事が、嬉しい。

まぁ、流石に量は無理だけど。
毎日、毎日、そんな事も考えながら、
料理を作ってくれる相方にも感謝して
過ごしています。

今日は、そんな事考えながら、

また、明日への希望も浮かべながら、

過ごしていました。


皆様も、良いゴールデンウィークを

お過ごし下さい。


先ずは、良い一日を。

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