えっちゃんのひとりごと。 -5ページ目

2025/01/22 この3〜4日の事。

この3〜4日は、病院への通院も
有ったけれど、友人のいきなりの
会社を辞める事件も起こり、何かと
忙しくしてました。

某メーカーの支店長だったけれど、
何か、いきなり会社を辞めて暫くは
自由に振る舞ってみたいと、云う事
だった。まぁこの年代特有の物が、
出ちゃったらしい。

確かに、ずっと働いてきて確かに、
自分は、何の為にと云う一生が、
切なくなったらしい。

特に、あいつから見たら自分が、
病気の療養中とは云え、多少自由に
生きている事も、羨ましく見えたと
言っていた。

それと、やっぱり残りの自分の時間を
考えてみたそうで、順調に来てた道を
振り返れば、そこに形として何も、
残って無かったと云う事が判った
らしい。

自分にも、電話でも虚しいと、
呟いてた。
ここ何年かの事だ。自分の親が、入院
して、いつも会わなきゃいけない時に
会えなくて、看護も病院任せだし、
ましては、自分の親が、太腿部骨折で、

動けないらしくて。いつも心配してた。

不自由は、して無いだろうか?とか、

今日は、元気だろうか?とか。


息子として、何も出来ない自分は、
何なのだろう?と、思う様になった
らしい。

そういや、自分もここ最近では、
何回も、お悔みの便りを聞き、
自分は、動けなくてお香典を、
送ったなぁ。いろんな所に。

義理も果たせなくなって、自分も

心寂しくて、辛い気持ちも有ったな。

相方からは、そんな歳になったのよ。
と、言われた事を思いだす。


彼は、何事も無く会社を辞めた。

介護士の免許を取りたいと言ってた。

まだ、自分の体が動く内に親のリハ

ビリをしたい。と思ってたらしい。


勉強して、試験を受けて、一応合格を

手にした。後は、頑張ってなと伝えて

何かあれば、連絡すると言ってた。


やっぱり、誰彼でも親は無二のものだ。

と、思う。

彼は、やっぱりそうしたか。と、思った。


自分も、もし親が生きてたら、

何をしてあげれるだろうかと考えた。

そんな事を考えながら、今は病気と

戦って、少しでも長生きしなきゃと、

思ってしまう。

相方にも、同じ気持ちだ。


さて、今日も自分は療養、療養。

少しずつでも、体重も増やして、

まだまだ元気で頑張らなきゃ。


今日は、そんな事考えてた午後。

本当、人生いろいろだなぁ。



皆様は、良い一日をお過ごし下さい。



2025/01/17 阪神淡路大震災の後

今日は、阪神淡路大震災の日。

もう、30年経つんだなぁと思った。
大阪支店の方々が被災した。
そんな状況の中で、大阪支店の先輩から
電話が有った。

生きてるよ。って。まぁ、急に言われ
て、大丈夫ね?と聞き返したけど。

ひとつ、お願いがある。と、言うから

何だろうと思い聞き返したら、


実は、茶碗を送って欲しい。と。


娘たちが、使う食器や茶碗が割れて

恥ずかしいけど、割れ残った食器で

ご飯を食べさせてて、父親ながら、

子供に辛い思いをさせてるみたいでと。

なかなか、当時は茶碗やお皿も手に

入らなくて。と、云う事も理由らしい。

ちゃんとした食器で、ご飯を食べさせ

たい。と、思ったらしい。


いつまでも、ご飯を食べる時に、端の 

欠けた茶碗を使わせて、地震を思い出

させるのも辛いだろうし。と、思う

親の愛情かな。と、思った。


ふたつ返事でOKした。家族分の食器

を準備して送った。


家の相方の親戚に波佐見焼の窯元で

働いてる人が居て、お皿から茶碗まで

一揃い。なるべく子供が好きそうな、

色や形で揃えて送ったなぁ。

勿論、お父さん、お母さんの分も、

取り揃えて。


後から聞いたけど、あの茶碗を

二人居た娘さんが、二人とも嫁に

行く時に、持って行ったらしい。

 

実家にあった、お父さんの愛情の形に

でも、なったのかなぁ。

そんな事、ふと思った事も。

先輩、子煩悩で、子供の為なら、

労を惜しまない人だから、こそ

こう云う時は、相身互い。

   

まぁ、本当に良いお父さんだし、

まだまだ、元気で居て欲しいもんだ。

俺も、まだまだしぶとく生きて、

頑張るから。


いつも、気遣いの電話ありがとう

ございます。



2025/01/15

おはようございます。

もう、1月も15日。半分過ぎた。
7日に、抗がん剤治療を済ませ、
今月は、もう一度抗がん剤治療を、
受ける。

出来るだけ、家から出ずに、
体調を整える。
風邪が、流行ってるし。

インフルエンザやコロナが、まだまだ
流行ってる。
自分の身を守るには、家から出ずに
療養を頑張る事しか出来ない。

少し暖かい、小春日和などは表まで
出かけたいと思うけど、ベランダで
精一杯。
それでも、外の空気を吸うと、
気分転換にもなるし。

毎日、毎日、家で療養してる自分を
暖かい視線で、見てくれてる相方に
心配掛けない様に、毎日毎日が規則
正しく、過ごせると言う前提の中で、
頑張るしか無いのだから。

ひと頃は、全く、ご飯も食べれず、
寝てばかり。
本当、冷蔵庫の中には朝ごはんと、
昼ごはんを作って、仕事に行く、
相方に感謝して、ご飯を食べて、
元気にならなきゃと思ってね。
今でも、そこだけは気をつけている。


相方は、どうせ私の弁当を作るから、

お父さんのも、チャチャって作って

終わりだから、気にしないで良いよ。


本当毎日の事だから、悪いななんて

思わなくて良いから。少しでも食べて

頂戴ね。と、笑ってる。


おかげ様で、がんに罹患する以前は、

結構な体格で、体重も有ったけれど

今は、そこまでとは言わないが、

この前の病院の検診で、体重がやっと

以前の半分を越えた時、嬉しかった。

以前の98キロが半分になり、それが、

相方のおかげで、やっと52キロ。


太ると、云う事が嬉しいと病人になり

初めて思ったね。でも、見る限りでは

良く、まぁ、痩せたもんだと思った。

少しでも、太れば、ありがたい事だと

思う様になった。


体調が悪い時は、本当に何も食べれず

階段を下る様に、あっと云う間に体重

は、落ちる。 同様に、体調が本当に

気持ち悪くなる。 


仕方ないね。ガンになったからと、

今迄は思ってきたけど、近頃は、

メシを食って、体力つけないと、

いかん。と、思う様になり、少しは、

進歩したかなぁ。

思うだけでは無く、少しでも食べる

様にしてる。


食べれなくなったら、負け。

負けて、たまるもんか。と、食べる

事さえ、相変わらず頑張ってる。


100グラムでも体重が増える様に。

バランスも、考えながら野菜やらも、

しっかり食べて、体のエネルギーに、

なる様に。

今、医師から生の海産物はダメと、

言われてる。まぁ、それだけを気を

使い、今日も頑張らないと。


食べる事も、療養なんだよなぁ。

体力つけないと。

今日も、頑張って食べます。


皆様も、良い一日をお過ごし下さい。


良い一日を。