長いようで、あっという間の1ヶ月が過ぎました。
エデンの園の中、環境とは人の内側から外へ生み出されて、作られて行くということは、人の間に住んでいて、はっきり分かります。
無言でも、緊張、冷たさ、厳しさを内側に満ちている人が入ってくる
逆に、無言でも、暖かさ、ゆったり、安心を内側に満ちている人が
部屋に入ってくるだけで、それぞれ編み出す環境、雰囲気が違います。
世界は波、周波数、振動で出来ていると、ニコラテスラが解説して
いましたが、神は言葉でこの世界を造られた、神が発したその言葉
振動で命が生み出されたのです。
言葉で全てが造られた。神の言葉に反する創造の性質、生き方は
存在しません。
神の教え、性質、言葉を塗り替える、それが人間の思想であり、
聖霊ではない、別の霊=悪霊から発生する教えなのです。
悪霊は、神の性質に造られていること、神の教えを忘れさせよう!
捨てさせよう!と必死であること、エデンの園から、今も今日も全く同じであることに、聖書、神の言葉の警告から気がつけないとならないのです。
そして、神のデザインした命そのものを生きる人の中から、神に性質が現れ出る。
そのような高貴な生き方、イエシュアそっくりの性質に造られたのが
神の創造された人だと、神は人に教えています。
自分の本物の自己像が分からない。新しくされた人の意味が分からない。その事実を知らないまま、宗教の教えを聞かされたら、それは
自由にされたのではなく、人間の教え、宗教という牢獄の中に閉じ込められたまま、不自由に生きている。
不自由とは、勝手になんでも出来ないということではなくて、
本来の自分の性質を知らないまま、違う自己像を刷り込まれて、
偽物を生きること、それが牢獄に閉じ込められた状態であるという
ことです。
そしてその牢獄とは、どこにあるのか?それは、人の頭の中、
思想の中、神の目から見る通りを見れない、肉の目から見ること
その脳回路から全てを見ること、それが牢獄です。
神の創造の中には、神の性質が随所に現れ出ていて、物理的世界と
霊的世界が一体であることを発見できます。
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神が世界の全てを創造された。この事実を、知る、認める、知らない
認めない、それぞれ個人がどう考えようと、事実は永遠に変わらない
まま、そこに存在しているのです。
人が神が創造された世界、神の時、神の教えを変えようとすると
ダニエル7:25にあります。
それが、神に逆らう人のする行動であると、警告されています。
人が、神の創造された世界を再定義する。
それがLGBTを生きることでもあります。
人が、神の言葉、教えを再定義する。それが人の編み出した宗教です。
そして、神の教えに付け足し、差し引きする、それも宗教であり
それがいちばん、くせもの、まがいもの、コピー、真似物、混ぜ物で
見分けられないやっかいな宗教、教えです。
宗教は、政治的に人を支配するために作られたものでもあります。
ローマ教も政治的に人を支配、統一するために作られたものであり
今のようなユダヤ教も一世紀には、存在しないものでした。
日本にも、人間が編み出した、考えれば人間由来で神でもないものを
神に仕立てあげる異教神文化があります。
「八百万(やおよろずの神)」とは「数が多いこと」の例えであり、
文字通りの800万ではありません。
アニミズム的信仰で、すべての事物に神が宿るとする考え方で、
原始宗教(自然崇拝)に由来します。
これが、太陽神、エジプトの神「ラー」と、聖書で記されている
異教神思想の大元です。全ては太陽神に通じるのです。
神の創造物を拝む信仰です。
被造物の無効に、創造主があることが、見えないままなのです。
神の造られた世界を見たら、神が存在すると、創造物自体が表明しているから、誰も神がいないなどという弁解の余地はないと書かれています。
ローマ 1:20 神の見えない性質、すなわち、神の永遠の力と神性とは、天地創造このかた、被造物において知られていて、明らかに認められるからである。したがって、彼らには弁解の余地がない。
多神教 特定の絶対神が存在せず、多様な神々が共存する多神教の性質を端的に表します。
人間は神ではないと、誰でも分かりそうですが、日本の神話の由来は
人が神になったという、全部作り話=嘘の伝説です。
考えれば、馬鹿馬鹿しいことなのです。
神々の多様性 自然神(太陽の天照大御神など)、神話の神々(イザナギ・イザナミなど)、偉人が神格化した神(徳川家康、菅原道真など)など、多種多様な神々を含みます。
神在月(かみありつき): 旧暦10月には全国の八百万の神々が出雲に集まるとされ、出雲ではこの月を「神在月」と呼びます。
天照大御神(アマテラスオオミカミ): 太陽を司り、皇室の祖神とされる最高位の神。
イザナギ・イザナミ: 国生み・神生みを行った、日本神話の最初の
夫婦神。全部作り話です。
地域や生活に根ざした神: 交通安全の神、受験の神、安産の神など、
身近な願いを聞き届ける神々も八百万の神に含まれます
多神教: 特定の絶対神が存在せず、多様な神々が共存する多神教の性質を端的に表します。
神々の多様性: 自然神(太陽の天照大御神など)、神話の神々(イザナギ・イザナミなど)、偉人が神格化した神(徳川家康、菅原道真など)など、多種多様な神々を含みます。
神在月(かみありつき): 旧暦10月には全国の八百万の神々が出雲に集まるとされ、出雲ではこの月を「神在月」と呼びます。
地域や生活に根ざした神: 交通安全の神、受験の神、安産の神など、身近な願いを聞き届ける神々も八百万の神に含まれます
アニミズム的信仰:すべての事物に神が宿るとする考え方で、原始宗教(自然崇拝)に由来します。
ヒンズー教にも、色々な神々、女神ありますが、この宗教を利用して
イギリスは、行政上の便宜(例:国勢調査の実施や法典の整備)の
ために、インド先住民の多様な宗教的信仰や実践を、「ヒンドゥー教(Hinduism)」という単一の包括的な用語の下にまとめました。
「分割統治(Divide and Rule)」政策:
イギリスの「分割統治」政策は、宗教やカーストの区分を利用して
対立を生み出し、人口を管理するものであったのです。
例えば、ヒンドゥー教徒とイスラム教徒のために別々の有権者名簿を作成し、これが分断をさらに深め、最終的には1947年のインド
分離独立(印パ分離)を求める動きに寄与しました。
法の成文化(Codification of Law):
イギリスはバラモン(ブラーフマナ)と協力し、
『マヌ法典(Manusmriti)』などの特定のサンスクリット文献に基づいて固定的な「ヒンドゥー法」を作り上げました。
これにより、これらの文献はインド亜大陸全体で必ずしも普遍的で
あったわけではないにもかかわらず、正典的な地位を与えられ、
制度的な形でカースト制度が強化されたのです。
ヒンドゥー教の根本的な信仰や実践は古代に起源を持ち、インド
亜大陸固有のものです。イギリスが宗教そのものを発明したわけではないですが、多様な伝統の集合体に対して西洋的な「宗教」という
概念を当てはめ、植民地行政や政治的支配のためにこれらの分類を利用したのです。
キリスト教の大元は、ローマ帝国が作ったローマ教、カトリックです。
これも、異教の神々の宗教と同じように、ローマ帝国統治下にある人々、市民に対しての支配、統一を目的とした、人造宗教なのです。
イスラエルの神の名を利用した、中身は、イスラエルの神、創造主の
教えを捨て、塗り替え、神の言葉を再定義し直した、創造主が伝える生き方とは違う教え=所詮人間が作り出した宗教なのです。
それに気がつけないのは、聖書に記された事実をとらえていないからです。
昇天以降、別の教え、別の生き方、別の群れが出現し、今までの教え
生き方をする時代が終了したなどという教えをされているのです。
カトリックもたくさん偶像があり、キリスト教にも数々の偶像があります。偶像とは、人の思想なのです。
思想が、物や銅像や絵画や形で表れているのです。
人間の作った教えを、信奉するなんて、虚しいと分かれば分かるのです。
人間が作った神々、それは偶像だけではなく、思想、考え、神学
そんなものを、信じてやらされているのに、聖書=神の教えではない
とも、気がつけないまま、熱心に純粋に、人間の教えを信奉し
生きる、その虚しさに気がつけないのです。
人の教えは、神の教えではなく、そんな偽物、神に属さないものは生きる必要がない、生きたら、縛られてしまうからです。
真理ではないものは、人に本当の自由を与えず、真理ではないものは
人を不自由に縛るとあるからです。
あなたがたは、神の言葉で伝える真理をしり、その真理は人に自由を
与えるとあるのです。自由とは、何でも勝手に罪を犯せる自由ではなく、神が創造された本来の本物の自分を、罪に縛られず、束縛されず
生きられる、その自由に解放されている!と教えているのです。
本当の自分が誰かを分からなくさせて、そして、人間の教えに縛られる牢獄の閉じ込められてしまうからです。
狭き門は、禅問答ではないのです。神の教え、言葉の中にだけ真実があるのに、人間がその神の言葉を信じないこと、それがエデンの園
創造の最初に、警告として書いてあるのです。
そして、神に造られた人間が、神の言葉、創造を勝手に塗り替えているのです。
神のモアデイムを塗り替えていること、それが時を変えようとすると
書いてある、神に逆らう行動そのものであり、この行為は全ての違反にピッタリ繋がっているのです。
人が神になり変わる行為、それが宗教の教えの実践なのです。
未来、イエシュアが統治する世界が来たら、全ての人が神のトラーが
頭脳に刻まれた状態であり、人の中身が違う、神の教えを皆が理解し
神のデザイン通りを生きる世界が来る。
それが新しい契約、同じ契約が、新しくされた人を、新しくされた人の性質通りを生きることを全ての人がする、それがエレミヤ31に
記された新しい契約であり、イエシュアが過越の祭り晩餐の中で
再更新された同じ契約を生きることでもあるのです。
神は変わらない。神の教えも変わらない。神が創造された人も進化
変化しない。
変わらなくてはならないのは、人の中身のことであると、聖書は
最初から最後まで同じことが記されています。
創造主は唯一の神であり、他は人間の作った神々です。
そして、聖霊=神です。神は霊と書かれています。
聖霊は神ですか?聖書にはそう書いてないと言っている人がいますが
書いてあります。
人間が作った神々、聖書にはない人間の教えを信奉し、実践し、
生きることは、空虚、無、虚しいとあります。
イザヤ10:15 おのは、それを用いて切る者にむかって、自分を誇ることができようか。のこぎりは、それを動かす者にむかって、みずから高ぶることができようか。これはあたかも、むちが自分をあげる者を動かし、つえが木でない者をあげようとするのに等しい。
偶像とは、同じです。人間の思想が、目に見える像、絵、形になること。それらの映像、画像、偶像が、人間の宗教の信仰を表しているものなのです。
気持ち悪い神々、女神、そんな人間が作った考えを生きる虚しさ。
砂の土台を生きる。
偽物の学問、科学仮説、人間の宗教の神学を研究し、人に教る。
虚無、実態のない嘘を学問し、教え、生きる。虚無そのもの。
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偶像だらけで中は、異様な雰囲気がする。
頭の上には、太陽神のシンボルが必ずあるのが、西洋人の作った
宗教の偶像。
他の宗教にも、母子像があるのです。
多産を願う、これが人間の宗教の信仰だからです。
ヒンズーの女神と子








