"永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう? -32ページ目

"永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

何の始まりもない 永遠の時から
主ご自身のみが 存在していた
懐かしい 故郷 エデン

全く一つ、エハッドであるイスラエルの神
イエシュアの永遠の完了の業で、救われて
新しい人として生きる ヘブライ語原典聖書
からの発見記録

ローマ7:9  私はかつて律法トラーなしに生きていましたが、戒めが来たとき、罪は生き、

10  私は死にました。それで、いのちに導くはずの戒めが、死に導くものであると分かりました。 

 

こんな解説がされています。

 

<律法はすべての律法に従う者に永遠のいのちを約束しています。

しかし、罪ある人間には律法に定められた神の義にはとうてい到達できません。また、モーセの律法では、新しい契約のような律法を守り行う力も約束されていません。そのため、律法を通して、自分がかえってのろいを受けて死に定められている人間であることを悟るのです。>

 

正しく理解してください。

律法という誤訳を、ヘブライ語の本来の言葉に変えます。

トラー=神の教え、インストラクションに従うものは永遠の命を得ます?

神の言葉、聖書を理解する前提が、最初から間違っていることに

気がついてください。

神の教えは、神ご自身が提供した子羊の血の贖い、救い、許しを

受けて、神の者とされ聖霊が内側に住む人たちに与えられたという

事実が、聖書に書かれた神の言葉から理解しないから、このような

人の教え、仮説を解説してしまうのです。

 

トラーに記された全ては、新しくされた人が前提で生きることが

書かれているという永遠の事実を知ってください。

神の者、花嫁となり、神の家族の一員となり聖別された人!

その人達の生き方が記されているのが、神が提示した婚姻契約の

詳細なのです。

イエシュアを信じながら、イエシュアの業を表す永遠に祝われる

シャバット、過越や仮庵の祭りの意味も知らない、神の創造された

神が呼び出しているモアデイム、アポイントメントの日を捨てて

生きてもいないから、神が何を教えているのか、見えないままになっているのです。

エジプトから① 引き出され、②救われ、③購い出され、④神の者=花嫁=聖別され神の元に取り戻された人に、与えられたのが、シナイ山で与えられた婚姻契約=モーセの五書に記された神の家に嫁いだ人が

生きる、神の家の家訓です。

 

だから神の者ではない、新しい命を得てない人が、神の教えを生きても、それだけでは神の元には戻れないと言う事実があるでしょう。

1つ1つ、神が説明している言葉に戻り考えれば、事実が見えます。

神の教えを捨てるから、何を神が教えているのか分からないまま、

偽物の教えを聞いて、迷い出た状態になっているのです。

 

誰一人、どの時代、どの人種でも、イエシュアを通して意外誰も

父の元には戻れない!

それは、永遠の中に屠られた子羊の代価を通して意外、誰も神のもの

新しくされた事実が得られないからです。

神が教えている神の性質通りは、新しくされた人、イエシュアにより

購い出された人が、内側に住まわれるイエシュアにより、それを

生きることができる!と書いてあるのです。

申命記30:11-16  1ヨハネ5:3

 

クリスチャンの間で解説される聖書解説は、聖書の真髄とはズレた

解説をしています。

モーセの律法、正しくはモーセの五書=トラーは悪いもの、

人に命を与えない、廃れるべき教えだ!こんな間違ったズレた前提で、聖書を語り続けているのです。

イエシュアが教えられた教えは、モーセの五書=父の教え以外にない

と言う真実が、全く見えていない人が語る、ズレた聖書解説。

 

神の言葉を読んで命を得る状態はどんなことですか?

神が言われた通りを、発見すること!その時には、命が芽生えますが

その意味通りの実態が、内側にないなら、文字を読んでいるだけです。

私は、イエシュアが道であり、命であり、真理であるという、

イエシュアの言葉=神の言葉、トラーに記された事実を読んだ時

聖霊に目が開かれて、イエシュアが神であり、人を新しくされる唯一の神であり救い主だと言うことが、はっきり分かりました。

同じ箇所を読んでも、神に出会うその準備がない場合には、その箇所に書かれた神の言葉の意味は、その人の内側で実態とならないのです。

 

イエシュアが地上に来られたと言う事実、時を境に、前後別の教えが

されているという、空想で聖書を語るから、事実が見えないのです。

この世の礎が物理的に創造される前の永遠の中に、子羊の血の購いは完結していると書いてあるでしょう。

この世の礎が造られる前に、神によりあらかじめ選び出されて聖別された人!と書かれているではないですか。

その事実は、永遠の中完結しているのです。

2000年前に初めて、神に許され、救われ、聖別され、聖霊が

住んだのではない!トラーを学べば、そんなことエデンの園の最初から書かれているから、クリアーに理解できるのです。

ローマ教の教えが、聖書=神の言葉を曲げて歪めてしまったのです!!!

ローマ教は、素人が作った宗教です。パウロのようにイエシュアの教えたトラーを知らない人達、異教徒あがりの異邦人です。

西洋教父も、教皇も皆、トラーを理解していないのは、偽物の教えを

本物と教え、そして聖書とは違う教えを施し、宗教の階級システムを

作ったのです。キリスト教も同じことを継承しています。

人間の思想で編み出した宗教組織を作っているのです。

そんなものは、聖書に書いてもありません。

独身制度など、ローマ教皇が定めたものであり、結婚を禁じるのは

悪霊の教え!とパウロが言った通りです。

聖書に書いてあるレビ族の神殿に仕える祭司達も、どのような人と

婚姻してはならないかは書いてあり、婚姻しているのです。

人間が作った宗教は、どのみち人を偽物の教えで縛り付けているのです。

それが、実際に地上で証明されたのです。イエシュアが処刑され、

昇天される以前と、以降とは何も変わりません!

変わるのは、イエシュアの昇天以前、以降、どの時代の人も、

神が永遠の中に既に完了し備えた購い、救いの事実を信仰により受け取る人の、内側が変わる!それは、2000年前に初めて起きた出来事ではない!

それが、トラー、預言書、諸書に記されているのです。

それを、読み逃している、理解していないだけ、読者の側の問題なのです。

同じ購い、救い、そして同じ福音が創世記の最初から語られていることを、理解しない人が、ローマが作った人造宗教の思想で、神の伝える事実を曲げて語るから、真実が見えなくされているのです。

新しい契約とは、中身は同じモーセの五書=同じ内容、神の永遠普遍の教え、生き方です。

新しい契約とは、どう言う意味ですか?

新しく生まれ変わった人に対して、再更新し続けられる同じシナイ山の契約であり、クリスチャンが語るように空想、ない物、別の契約などのことなど聖書では1つも記されていないのです。

 

人が神の言葉を生きて、その事実で新しく生まれ変わる、神のもとに

戻ることができるならば、それなら、イエシュアの購いは必要ありません。

人は、それができない!自分では神のもとに戻れないから、

神の方から一方的に、神が永遠の中に、子羊の血の代価を払い

近づいてくださったという正しい理解に戻らない限り、人間が語る

ズレた聖書解説で、神が語る事実とは違うことを教えられ続けて

しまうのです。