仮庵の祭りが終わりました。
仮庵を片付けて、新しい年を迎える、色々教えられた事を
心して生きる!と決意する日々です。
西洋宗教、キリスト教、4世紀にローマ帝国が作った宗教の教えでは、聖書、神の教え、モアデイムを実践しない、人が作った
別の宗教の教え、文化、実践、伝統、記念日が教えられて
しまっているので、聖書を読んでも、そこに記されている
本当の意味は何か?何を意味して書かれているのか?
場所、時、意味が分からないまま、ただ字面を分かったかようにか読んでいました。
しかし、その内容も、正しく知らないし、深い意味も分からないままになってしまっているのです。
人が作った記念日と、神が創造されたモアデイムとは、
意味が全く違うものなのです。
神が創造し、神が人を呼び出している日と、人間が作って、
人間が人間を呼び出している日は、違うものなのです。
人は、時を作り出せない。そして、時を取り分け、聖別など
出来ません。しかも、神の創造されたモアデイムは、全てイエシュアを表すものであり、預言的祭りでもあるのです。
神が神であるということを、忘れて居るのは、
神の言葉を忘れさせる声を聞き続けて、神が創造された世界は
神のもの、所有者、主権者であり、そこに住まうようにされた人は、神が教える通りを生きるという、シンプルな事実を、
ただただ無視したいだけなのです。
神が創造主であるそれが、シャバットで表される宣言であり
神の民に与えられた婚姻指輪なのです。
神の者とされた人は、神の性質通り、天の国、神の家の生き方
家訓を生きる人だからです。
イエシュアの性質を表す地の塩、世の光は、その人が生きる
神の言葉=性質通りを生きる時に、その人の内側、言葉、
行動から、イエシュアの実態が環境に表れ出て、周りの人に
イエシュアの実態、香りが認識されるからです。
それなのに、神の言葉、教えとは異なる行動をする、それは
別物のメシアの影を、地上で勝手に映し出し、動き回ることを
しているだけです。イエシュアに属さない生き方をしている。
神ではない、人間が作った日で、今は何時でも安息日、聖日
などと主張しますが、それは聖書から逸脱した異端思想です。
いつ集まっても、何の目的で集まっても良いのです。
しかし、それらは、神が聖別し、神ご自身が神の子ら全員を
呼び出しているアポイントメントの日ではありません。
そこにわたしはいません!もちろん、神はいつも居られますが
神が指定されたアポントメントは、神が与える特別な意図、
出会い、目的がある。普通の日には、それはありません。
人の世界でも、毎日が宴会、祭りではないでしょう。
特別な日を準備して、その日を楽しみに待ち、特別な日を
祝い、それを、特別な体験、思い出とできるのと似ています。
何時でも、安息日、祭りで良いよ!などという神は、聖書に
書かれている創造主、イスラエルの神ではありません。
それらは、人間が勝手に主張する、聖書に記されていない、
別物の神、偶像です。
偶像=人間の考えで空想している神、偶像です。
聖書の神ではない。
300年代に、ローマ帝国により、神の教えを生きること、
神のモアデイム、シャバット、祭りを祝うことを完全に
禁じられる迄、異邦人クリスチャンも今は神の祭り、秋の祭り、再臨と未来イエシュアが統治される世界を表す預言的祭りを
祝っていたのです。
今、イエシュアが教えた父の教え、聖書に記されたトラーと
そして、モアデイムを実践しているのは、ユダヤ人、又は、
聖書が永遠普遍の神の言葉、教えと発見し、理解した人が
オリジナル、本物に戻ってそれを生きて、祝う事をしているのです。
神が創造されたモアデイムを神が指定した日に、神の前に出て
神と共に皆で祝うことを教えているのは、未来預言と、
そして、その中で日々の中で、神の前に神の性質通りの正しい
歩み方、生き方の神が造られたレッスンプラン、カリキュラムがあるのです。
学校でも、年間学習プランがあるでしょう。
神の家にも、同じように、神がプランした人の成長、
命のサイクルのプランがあるのです。
聖書には、神が伝える真実が書かれています。
過越の祭り=種無しパンも、7日間。
仮庵も7日ですが、この祭りは、最後の第8日という単独の日が
加えられています。
8とは、新しい始まりなのです。1ではないのです。
継続して、未来永遠にずっと続くのです。
聖書には神が意図する数字が記されています。
7は、完全です。そして、6は人を表す数字として使われます。
5は、神のトラー、契約、モーセの五書。
そして、3は強調をされる時に使われます。
3度という言葉が何度も出てくるのが、それです。
三回繰り返したら、強調です。
ペテロが3度裏切り、3回イエシュアを愛するか、
イエシュアに確認されたのでも、表されています。
8日は、新しい始まりです。
割礼も生まれて8日目に受けるように、神に命じられています。
その日は出血が最小限、そして、かさぶたが出来て癒やされるのです。
8日は、修復、いやし、新しい始まりを教えられているものです。
レビ記を読むと、荒野でミシュカン、神が人と住まわれる場所
神の家、そして祭司システムがスタートしたのも8日目です。
レビ記 9:1 八日目になって、モーセはアロンとその子たち、
およびイスラエルの長老たちを呼び寄せ、
9:2 アロンに言った、「あなたは雄の子牛の全きものを罪祭のために取り、また雄羊の全きものを燔祭のために取って、主の前にささげなさい。
9:3 あなたはまたイスラエルの人々に言いなさい、
『あなたがたは雄やぎを罪祭のために取り、
また一歳の全き子牛と小羊とを燔祭のために取りなさい、
9:4 また主の前にささげる酬恩祭のために雄牛と雄羊とを取り、また油を混ぜた素祭を取りなさい。
主がきょうあなたがたに現れたもうからである』」。
9:5 彼らはモーセが命じたものを会見の幕屋の前に携えてきた。会衆がみな近づいて主の前に立ったので、
:6 モーセは言った、「これは主があなたがたに、せよと命じられたことである。こうして主の栄光はあなたがたに現れるであろう」。
9:23 モーセとアロンは会見の幕屋に入り、また出てきて
民を祝福した。そして主の栄光はすべての民に現れ、
9:24 主の前から火が出て、祭壇の上の燔祭と脂肪とを焼きつくした。民はみな、これを見て喜びよばわり、そしてひれ伏した。
大祭司であるアロンが祭壇にコルバンを捧げることが出来たのが
8日目であり、神の栄光が民の前に現れ出たとあります。
この8日目は、重要な意味があるからです。
8章には、祭司システムがスタートする前の7日間の準備期間の
ことが書かれています。
レビ記8:33 あなたがたはその任職祭の終る日まで七日の間、
会見の幕屋の入口から出てはならない。あなたがたの任職は
七日を要するからである。
8:34 きょう行ったように、あなたがたのために、
あがないをせよ、と主はお命じになった。
8:35 あなたがたは会見の幕屋の入口に七日の間、日夜とどまり、主の仰せを守って、死ぬことのないようにしなければ
ならない。わたしはそのように命じられたからである」。
8:36 アロンとその子たちは主がモーセによってお命じになった
ことを、ことごとく行った。
7日間の準備期間があります。
らい病の人が癒やされた事を宣言する日も、7日間、天幕の外、
宿営の外に待機しなければなりません。
そして、第8日目に祭司の前に出るのです。
14章に記されているすすぎ、きよめの一連は、イエシュアの
すすぎ、洗い清めを表しているものです。
レビ記 14:10 八日目にその人は雄の小羊の全きもの二頭と、
一歳の雌の小羊の全きもの一頭とを取り、また麦粉十分の
三エパに油を混ぜた素祭と、油一ログとを取らなければならない。
人間の考えでやる!これが、諸悪の根源なのです。
このミシュカンが稼働する時、大祭司アロンの息子たちが、
天から下った神ご自身の火ではなく、自分たちの手でおこした
異火を祭壇のコルバンに乗せ、即座に殺された記事が9章に
書かれています。
大祭司、イエシュアを地上で表し、イエシュアの業を神の家の中で教える人達は、別物を人に教えることは出来ない、それ程
禁断な事であるのです。
サウル王も、サムエルが来るのを待てなくて、勝手に行動して
王の座を退けられてしまったのです。1サムエル13
そして、クリスチャンが唯一、話題にする祭りは、シャヴオート
です。ヘブライ語では、週(複数)を意味する名前です。
その週は、7週です。過越のシャバットから数えて7週、
7回のシャバットを祝い、初穂=新しくされた人が成長する
様子を表す、オメル=穂を数える7週があるのです。
過越の祭りの日に処刑され、3日後の「初穂」の日に復活され
そして、シャヴオートの祭りまでの7週間に、イエシュアは
弟子達に現れたのです。
その7週が7回終わった次、それが7x7を繰り返した次の日の第8日目であり、50日目なのです。
これは、エジプトを出て、7週後、奴隷、偽物の主人、王から
子羊の血の代価により贖い出されて7週後です。
全部、意味が繋がっているのが、見えます。
人は、神が造られた時、命のサイクルの中で、神が用意した
特別なカリキュラム、レッスン、新しい人を生きる成長プランを
神が用意して与えて下さっているのです。
命のサイクルに生きるように教えられているのに、オリンピア
ローマ教は、それらを人間の思想、生き方、人間の記念日、
命のサイクルとは別物を作り出し人に教えてきたのです。
弟子たちは、過越から、シャヴオートの7週間は、ガリラヤに
戻らず、エルサレム、都に留まったまま、次の祭りを迎えるようにイエシュアに言われたのが、この時期なのです。
そして、シャヴオートは、7週を7回繰り返した次の日、
第8日目です。
それが、第50日目だから、ペンテコステというギリシャ語で
訳された祭りの名前が使われているのです。
7週、7回のシャバットを繰り返し、その次の日、第8です。
全てが回復するヨベルの年も、7年、七回のシュミタ年を
繰り返した次の年、50年目、詰まり第8に当たる時に
全てが所有者の元に戻るのです。
詰まり、最後は、全てが神の元、神の創造のデザイン通りに
戻ることを教えているのです。
注目してください。シャヴオート。婚姻契約を受け取った日。
花嫁とされて出エジプトした人が、神の契約を受け取ったのは、
過越から、7週。そして、その次の日なのです。8日目。
これは、聖霊降臨祭というものではありません。
シナイ山で、神が直接山頂に降りてきて、神の声を皆聞いて
おののいたのです。
未来、天が地上に降りてきて、1つになるのです。
仮庵の祭りは、第七の月の2回シャバットが来た後の15日です。
ヨムテルアは、第七の月の1日、新月の日です。
その日から、10日後、10の言葉、十戒と訳されていますが、神の契約の題目、神の教えを思い巡らし、一年の生き方を
振り返り、全員が一緒にその10日間、軌道修正、クリスチャンの言葉で言うと、悔い改めをする日々なのです。
そして、その5日後、仮庵の7日の祭りが始まります。
そして、15日から仮庵の祭りです。
全部七です。そして、仮庵の祭りは、第8日目があるのです。
聖霊は、エデンの園の最初から、神の前に罪を認めて、神の目から共にズレを認めて、神に罪告白した人は、許され、聖霊が
内側に住んでいたのです。最初からずっと同じ。
神が人を放置するなどと考えている時点で、別の神を想像しています。
仮庵の祭りは、7日間、そして、その後最後の日に第8日目が
付いているのです。
この第8日は、シャバットとして祝う日です。
仮庵、これは、私達は今この世界を生きている、しかし宮殿
ではない、神の家ではない、悪が支配する世界ですが、
仮庵は、イエシュアそのものなのです。
新しい始まりを表しているものです。
皆、同じ意味で繋がっており、未来、イエシュアが到来される
新しい時代を表すものでもあるのです。
一日は千年のようとあるように、第8日目は、イエシュアが
統治される時代を表しています。
そして、それは永遠に1に戻らないまま、続いて行くのです。
音楽をやる人は、音階、スケールを知っています。
1から7つの音、ドからシの音は、7つであり、次のドは第八の
音で完結します。
1オクターブは、ドからド、8つの音で形成されています。
コードも、3,5,7,9,12と重要な意味があるもので
造られているのです。これらも、聖書に出てくる特別な意味
メッセージのある数字です。
神の時、リズム、性質、生き方、創造の全ては、神が創造された通りに人が生きる、それが神の創造された世界だからです。