ローマが作った宗教 その思想を土台としたデイスペンセーション神学 | "永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

"永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

何の始まりもない 永遠の時から
主ご自身のみが 存在していた
懐かしい 故郷 エデン

全く一つ、エハッドであるイスラエルの神
イエシュアの永遠の完了の業で、救われて
新しい人として生きる ヘブライ語原典聖書
からの発見記録

クリスチャンの間で強調される教えは、天国行き切符を手に入れる、又は、人に得させるために伝道する、これではないでしょうか。

天国、地獄という概念さえ、西洋哲学思想を空想しているのです。どういう動機で、伝道しているの? という問があるのです。

 

聖書が同意しないであろう「無条件の永遠の安全保障」

言うこともできます。

言い換えれば、キリスト教で教えられるのは、天国行き切符を

手に入れるというその一点、それが何より重要であり、

そのような思想を教えられ、自分の席が確保されれば、

神の者、聖別された人は、その後、神の家、天の国の一員として、どう生きるかということには余り注意を払わないのです。

西洋宗教と言う、宗教活動に邁進すること、これが生活の中心になることは、教えられます。

 

しかし、イエシュアが教えた、父の教え、トラー、婚姻契約

はじめの愛を生きるということは、教えられない、生きてもいないのです。代わりに、西洋宗教の教えを生きているのです。

 

仏教だろうが、神道だろうが、何も信じていない人であろうが、日本人の中には、良い人は大勢います。

大体は良い人、道徳的な人、常識がある人です。

これは、海外にいれば、よく分かります。日本人は、どこに

行っても、信頼されるし、称賛されます。道徳的、モラル意識が

高い国民だからです。

それは、人は神の性質通りのDNAで人が造られているからです。

 

しかし、神の言葉を捨てたら、安全ではありません!

鎧兜がないからです。

又は、イエシュアに出会い、新しくされた人の事実を知らない

限り、神が伝える通りの「自分が誰か」は、発見出来ません。

「罪人」思想という牢獄に閉じ込められて、本当の自分を教えられていない人が大勢いるのです。

そして、異教徒と変わらない生き方をしていたら、イスラエルの神の人たちであることは、区別がつかないものになります。

 

LGBTQに賛同するクリスチャン、同性のパートナーを持つ牧師、クリスチャンは、アメリカには大勢います。

数多くのメガチャーチも、邪悪な行いの巣に成り変わっています。

神の言葉を捨てる代償は、時代ごとに神の教えが変化するという嘘を信じれば、罪を罪とも分からないまま、悪魔の教えに

染まってしまうのです。

それらを、危険だとも理解出来ないほど、神の言葉、教えから

遠く離れてしまったのです。

神学校で、聖書を神の言葉と信じてもいない牧師、教師に教えられてしまうからです。神の言葉が廃れた!と信じる人に教えられれば、その時点で

神ではなく、人間が主体、神になっているのです。

神ではなく、人間の判断、考えを神の言葉を消して、神の権威の上に人の考えを持って来た、それが西洋宗教です。

 

神の言葉、教えを人間が否定する主張、行動は、律法は廃れた!という一言で表されています。

聖書ではない、人間の教えられてしまうのは、西洋宗教の教え、実践、慣わし、宗教活動に参加邁進すること、集客活動のような人を増やす伝道活動、十一献金、その他様々な宗教活動の集会に参加するイコール、それが生活の中心になり、神を愛することだと教えられてしまっているのです。

 

西洋宗教の教え、活動は、イエシュアが教えられた事とは

違うものなのです。

神が教えているのは、神の教えに根付き生きること。

神が言われた通りの夫婦、家族、親族、コミュニテイ、社会

国家を治める生き方をすること。

 

単独の業であり、義のいかなる行いも排除されるため

又は、どのようにイエシュアの性質通りを生きるのか?という

事を、神の教えを捨てれば、それが何で、何を生きるのか

分からないままなのです。

神の元に戻る事は、イエシュアを信じる、イエシュアの贖いの

代価を受け取る、それは信仰のみを通してもたらされるのです。

 

その後、贖われ、神の者、神の元に戻った人は、

人生において、神が伝える性質通り=義の行いを生み出すべきであると教えられているのです。

それは、神の言葉を捨てる人には、可能ではない。

だから、罪を罪とも分からなくなり、聖別を汚す行為がなにかも

分からないまま、ローマが作った教えを実践しているのです。

 

現代の異邦人クリスチャンにとっては、少し馴染みの薄いものに聞こえるかもしれないということは理解していますが、

これらすべてはどこか聞き覚えがあるはずです。 

 

主流派教会の大部分が、私たちの人生に於けるいかなる

行いや、義をも欠いた行動でも、それらを「自由な恵み」

いう考え方を支持しているため、それは当然のこととして

浸透しています。

詰まり、神の言葉、教えを捨て去るように教えて、それを実践しているのです。代わりに、西洋人が作った宗教をやらされる。

神が伝える聖別された人の生き方、神の家に住まう人の生き方

などジーザスを信じて居ても、教えられない、生きてもいない。

 

自由に生きる。きよいもの、きよくないものの区別もできない。

神の教えか、人の教えなのか、区別、識別がない。

人間が、神の言葉、教えを仕分け、神の言葉を判定する、

判断基準になっている。

人間が自由に神の教えを選別、選択、捨て去り、差し引き、

別の教えまで作り続けている、そんな生き方が今の時代の生き方と教えているのです。

 

さて、ディスペンセーション主義とは何か、そして、その核心となる信条についての土台を説明したので、この教理を歴史的視点から見ていき、この教理がどこにその起源と始まりを

持っていたのかを確認してみましょう。

 

もう一つの問いを投げかける必要があります。 

ディスペンセーション主義の歴史的ルーツは何でしょうか?

ディスペンセーション主義の歴史に関する内容は簡潔なものに

なりますが、詳細な概要となります。

なぜなら、ディスペンセーション主義の歴史は非常に広範です。

もっとも、その歴史はわずか数百年ほどししか、さかのぼりません。聖書が閉じられたずっと後、4世紀ローマ帝国が作った宗教から、ずっと後の時代、19世紀に作った思想だからです。

 

しかし、その歴史、特にこの誤った教理的システムと枠組みを

推進する上で基礎となった人物たちについて、さらに深く研究してみることをお勧めします。

 

さて、ディスペンセーション主義は、神の人類への関わりに

於けるこれらの明確な期間を強調する神学的な枠組みですが、

西洋宗教教会史や聖書の中には古代からのルーツを持たない、

比較的現代の新しい教理なのです。

 

それが重要な点なのです。 この思想は歴史が浅い、プラス、

聖書に正しく根付いた思索ではないものなのです。要注意。

正確な始まりを巡ってはいくつかの議論があるものの、

その微かな起源は16世紀から17世紀頃まで遡ることができます。

 

特定の学者達は、その発端をジョン・ネルソン・ダビーという

人物に帰する一方で、別の学者たちはマヌエル・ラクンザ

という名のイエズス会の神父を挙げています。

彼の著作『栄光と威厳の中でのメシアの到来』は、

患難前携挙の概念や思想を紹介したものでした。 

 

それでは、ここで一つの疑問を投げかけてみましょう。

なぜ、そして、どのようにしてラクンザは、何の聖書的

或は、歴史的裏付けもない患難前携挙というアイデアを思い

ついたのでしょうか? 

そのためには、ラクンサがどのような人物であったかを理解する必要があります。

ラクンザは「ヨシャファト・ベンエズラ」というペンネーム、

つまり偽名で著作を執筆しました。

 

ご存知の通り、ヘブライ系ユダヤ人のペンネームですが、

このペンネームに対して、私たちは疑問を抱くべきです。

なぜローマ・カトリック教会のイエズス会士が、

ヘブライ語の偽名、或はユダヤ人の偽名を使って

執筆していたのでしょうか?

 

 それは単純な理由からでした。

彼が自分自身をユダヤ人である、又はある意味で

ヘブライ的なものとして描写することの目的は、

彼の著作がそうした視点からも見られるようにするためでした。

ですから、この背後にある目的は、提示されている内容を読者にとってより信憑性のあるもの、より受け入れやすいものにする

ことでした。

 

なぜなら、これより少し前の1440年に活版印刷術が発明され、

書き物の制作、詰まり本や文学作品を大量の部数で生産することが、はるかに行いやすくなったことがあるからです。

 

カトリックには、トリックがあります。

異教の神々、女神の祭りをパクリ作り替え、それらにキリスト的

意味をつけて、神の祭りと仕立て上げた事と同じです。

クリスマスも、冬至、太陽の日照時間が伸びる時期にある

異教の神々、異教徒祭りを、クリスマス、キリストの誕生日としたのです。

馴染みやすい、人に受け入れやすいからです。

ハロウインも、万聖節として作り替え、イギリス伝道のために

その祭りを使ったのです。

イエズス会のザビエルも、カトリック教を、仏教の一派、

天竺教徒日本人に紹介し、受け入れられるように変えたのです。

異邦人、異教徒は、神の言葉、祭りを変えることをした

それが大得意、作り変えるのが得意なのです。

 

さて、グーテンベルグの印刷機発明のおかげで、その結果として、一般の人々が、ローマ・カトリック教会が何世紀にも

渡って独占し、締め付けを行ってきた、聖書やその他の

著作にアクセスできるようになりました。

 

 そのため、初めて黙示録を読む人々の多くが、

ローマ・カトリックこそが黙示録の獣の体制であり、

法王自身が、その獣であると考え始めるに至ったからです。

 

そこで、マヌエル・ラクンザは、この認識を変えるような著作を制作する任務を帯びたのです。

そして彼らは、黙示録にあるそれらの出来事が起こる前に

「教会」が取り去られるという説を押し進め、患難前携挙のような偽りの教理を作り出すことによってそれを成し遂げました。 

 

従って、ローマ・カトリックは、ヨハネの黙示録で

言及されている何であれ、決してそれに該当するはずがない

ということになり、証明出来ると考えたのです。

 

しかし、第四の獣は、ローマ帝国であり、ローマ帝国が

神のトラーと、神のモアデイム、シャバット、祭りを変える

ダニエル書で預言された通り、見かけは子羊でも、語る物言いが

龍と、黙示録に書いてあるそのものです。

その宗教が語る、神の教えを否定し、神のモアデイムを、

日曜礼拝、クリスマス、イースターに変えた、その事実は、

全て日の下、神の前に、神の言葉により証明されたものなのです。

ラクンザの著作に魅了されたエドワード・アーヴィングという

もう一人の重要な牧師がいました。

彼はその著作に非常に魅了されたため、ラクンザの著作

『栄光と威厳の中でのメシアの到来』を読み、

それを英語版に翻訳するためにスペイン語を学びました。

 

 この様にして、アーヴィングはラクンサの偽りの著作を

更に普及させました。 

しかし、ダビーに関してはどうでしょうか?

ジョン・ネルソン・ダビーとはどのような人物だったのでしょうか?

彼は1800年から1882年にかけて生きたアイルランド人の

アングリカン(聖公会)の牧師であり、アングリカン教会

対して不満を抱くようになりました。

 

その結果、彼はプリマス・ブレザレン運動に加わり、

そこで影響力のあるメンバーへと昇格し、ある種の事実上の

指導者のような存在となりました。

 

そして彼の影響力と指導の下で、彼らは最終的に「排他的ブレザレン」として知られるようになるものを結成しました。

 

 さて、ダビーが行ったことは、様々な現代の信仰や歴史的な信仰を統合することでした。

その中には、ラクンザの著作からのものを含め、彼が親しむようになった非常に異端的な信仰もいくつか含まれており、

彼は、この作業を発展させ、体系化し始めました。 

 

これこそが、後にディスペンセーション主義として知られるようになったものです。 

ですから、ダビーが幾つかの預言カンファレンスを通じて

アーヴィングに紹介されたのは、この時期のことでした。

 

 さて、彼らは共通の神学的関心を共有しており、アーヴィングがラクンザの著作に魅了されていたことが、間接的にダビーの思想を形作り、成形することになりました。 

 

又、ダビーの「患難前携挙」という概念は、スコットランドで

知られていたアーヴィングのリバイバルの時期に、

アーヴィングの集会に参加したマーガレット・マクドナルドと

いう名の若い15歳の少女の自己誘発的なトランス状態の

ビジョン、幻から、更にインスピレーションを得たのではないか事を示唆する証拠もいくつか存在します。 

 

その為、1860年代までに、ダビーは自身の教え、思想、

デイスペンセーション神学を、アメリカへ持ち込んだのです。

 

最初、彼は小さなグループや小さな会衆にのみ語りかけましたが、その後、セントルイス地域の著名な牧師であったジェームズ・H・ブルックスという名の人物とのつながりを作りました。 

 

さて、ディスペンセーション主義の初期の採用者であったブルックスは、頻繁にダビーを自分の教会に招き、自分の教会で開催された礼拝やカンファレンスで彼に説教や指導をさせました。 

 

これにより、アメリカおよびその文化におけるダビーの影響力はさらに増幅されました。

 

続く