デイスペンセーション神学は聖書ではない人の思想 | "永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

"永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

何の始まりもない 永遠の時から
主ご自身のみが 存在していた
懐かしい 故郷 エデン

全く一つ、エハッドであるイスラエルの神
イエシュアの永遠の完了の業で、救われて
新しい人として生きる ヘブライ語原典聖書
からの発見記録

当時、パリサイ派の群れに集った異邦人イエシュア信者は、

トラーを全く知らない異教徒上がりの人達です。

 

この違いを考えれば、見えてくる事があります。

先祖代々、トラーを教えられ、神の教え、何を人が生きるのか

神の言葉から教えられている、イエシュアが教えた通りの

トラーに記された生き方をして、シャバット、新月、祭りを

祝って来たユダヤ人。

一方、異邦人は今でも同じですが、イエシュアを信じただけで

トラーに記されている神の教え、イエシュアが教えられた契約

はじめの愛に根付く生き方は、最初から知らないのが普通のことだからです。

その代わりに、4世紀に第四の獣が創作した、みかけは子羊でも

語る物言いが龍の声とある通り、人間が編み出した宗教を

教えられてしまっているのです。神の教えを否定する宗教。

土台が、皇帝崇拝、異教の神々、女神まみれの宗教。

 

これは、大きな違いがあるのです。

使徒15章の異邦人イエシュア信者が、神の教えを全く理解

しないままでいたことは、読んでも分かると思います。

イエシュアを信じたユダヤ人、信じていないユダヤ人でも

最初から神の教え=トラーを知って生きて来た人たちなのです。

この違いを良く考えれば、見えて来ます。

トラーを生きている人達は、ローマ教を信じる人のような考えをしていません。

 

詰まり、神の教えが廃れたとか、タナックに記されたメシアは

イエシュアであると信じるだけで、後は何を生きても良い

人間が主体と言う思想を教えているのです。

人間主体、イコール、人間が神の教えは廃れた!と言っているのが、それです!

神のシャバットが日曜日に変更され、後のモアデイムを

古い教えの時代の古い記念日だから全部破棄せよとか、

その代わりに、異教の神々、女神、皇帝崇拝の日を記念日と

変えたなどという神に対する、罪、冒涜を主張し、考える人も、

実行、実践する人は一人もいないのです。

神の言葉をなし崩しにし、変えたのは、神ではなく、1世紀後半から出現した西洋教父、ローマ帝国、皇帝、教皇、司教です。

 

神の教えを意図的に塗り替えたり、神の教えに逆らい生きると

いう事をやった記録は、イエシュアを信じた人の中にはいません。いや、トラーのある部分を正しく理解していない人

黙示録の5つの群れとして警告されている、ローマ帝国下の

勅令、皇帝崇拝、異教の神々、女神、不品行、汚れた動物を

食する事を強要されるなど、神の教えを捨て去り、偽物、

混ざりものの偶像礼拝に妥協して、混じってしまった人の警告はあります。

今のように、神の教えが廃れた、無効、終了、異邦人には

関係ない教えであるという思想、主張、スローガンが、

侵入してきたのは、西洋教父、ローマ帝国が作った宗教の教え、記念日のせいなのです。

 

神のたった1つ、唯一の大家族、礎は、人間ではない、神の

言葉、実態、イエシュアの上に建てられると伝えているのです。

 

この岩とは、イエシュアご自身であり、ペテロがイエシュアを

タナックに記されて預言されたメシアであると答えた、

その宣言が事実であり、ペテロの宣言、この岩=イエシュア

ご自身の上にカハールを建て上げ続ける言ったのです。

別もの新しい群れ、教会などというものは、聖書には

ありません!エデンの園から1つ、同じ創造主の1の大家族しか聖書には書かれていません。異邦人は、イスラエルの大家族というカハール、群れに加えられただけです!

 

デイスペンセーション神学、ダービーが編み出し思想のように

ユダヤ人と異邦人、2つ分裂した家族のことなど、聖書には

1つも記されていません。

なぜなら、エデンから出て、エデンに戻る、それが神の壮大な

修復計画だからです。

一体、主に在って1つと解説していることとは、真逆に思想を

デイスペンセーション神学は主張しています。

分裂した家族が、1つに戻る!それが最初からずっと記されているのに、神の言葉の真実におおいをかけられたら、

それが読み取れないだけなのです。

あなたの家族が分裂し、それぞれがバラバラに行動し、

家族の大事な記念日にも、来ない、参加しない、一緒に食卓も

囲まない。話もしない。こんなのは、壊れた家族であると

分からないのでしょうか?体験的に分かるはずです。

 

エデンの園、アダムとハヴァから継続された同じ1の神の大家族しかないのです。

人種に関係ない。元が土=アダマから神の言葉で造られた人だからです。1体。エハッド、神の性質通り1つ以上で全く1つの

大家族、それがカハールであり、神に呼び出された人々の集合体

群れなのです。

空想話を人は作り続けます。聖書とは違う、作り話の聖書解説は

無数、無限にあります。

それらは、聖書を正しく理解しない人の作り話にすぎません。

 

偽預言者、聖書ではないことを語る人は、最初からずっと

存在して、今も同じです。

偽預言者、偽教師は、神の伝える事とは異なる事を人に伝え

神の言葉、真理から人を引きはがすことをしてしまうのです。

それらの人たちは、意図的に悪いことをしようと策略している悪人ではないのです。

知らない間に、神の教えだと間違った思想を信じ込み、又は

自分の思いつきや幻、幻聴を神からの啓示と信じ込む人達の

主張であり、聖書ではありません!

 

申命書13:3 あなたはその預言者または夢みる者の言葉に

聞き従ってはならない。あなたがたの神、主はあなたがたが

心をつくし、精神をつくして、あなたがたの神、主を愛するか、

どうかを知ろうと、このようにあなたがたを試みられるからで

ある。

13:4 あなたがたの神、主に従って歩み、彼を恐れ、その戒めを

守り、その言葉に聞き従い、彼に仕え、彼につき従わなければならない。

13:5 その預言者または夢みる者を殺さなければならない。

あなたがたをエジプトの国から導き出し、奴隷の家から

あがなわれたあなたがたの神、主にあなたがたをそむかせ、

あなたの神、主が歩めと命じられた道を離れさせようとして

語るゆえである。こうしてあなたがたのうちから悪を除き去らなければならない。

 

申命記18:20 ただし預言者が、わたしが語れと命じないことを、わたしの名によってほしいままに語り、あるいは他の神々の名によって語るならば、その預言者は殺さなければならない』。

 18:21 あなたは心のうちに『われわれは、その言葉が主の言われたものでないと、どうして知り得ようか』と言うであろう。

18:22 もし預言者があって、主の名によって語っても、その言葉が成就せず、またその事が起らない時は、それは主が語られた言葉ではなく、その預言者がほしいままに語ったのである

その預言者を恐れるに及ばない。

 

聖霊ではない、別の霊が示した、聖書に根拠が無い偽預言者の

幻を信じる人、それが、偽の教えをする偽教師、偽予言をする

偽預言者と聖書では定義しているのです。

 

クリスチャンの間で一般的に定着している概念や、当然のように聖書だと勘違いしている、聖書解説が実は聖書ではないものが

無数にあることを、知る必要があります。

それらは、神の言葉を、人間が編み出した教えを通して、

曲げて解説しているからです。

しかし、定番で定着して皆が語ること、イコール、即座に聖書であると思いこんでしまっているのです。

 

神の言葉、聖書を人が曲げて語り、人に正しくない情報を

拡散し続けているのです。

 

デイスペンセーション神学も19世紀にダービーが編み出した

思想ですが、秘密裏の再臨、3度の再臨などという作り話をしています。

2つの部分、或は、2つの段階からなる再臨などはありません。 

秘密裏の再臨?

作り話、映画のシナリオとしては面白くても、神の言葉、伝える事実を人間が曲げるという大冒涜、罪をしてはならないのです。

 

人間が主張する再臨預言や、偽の教えは後を絶たないのです。

 それらは、偽預言者が語る、偽予言であるという警告が聖書に

は、クリアーに記されています。

 

ディスペンセーション主義の次の信条、すなわち第5の信条

ある、未来の文字通りの千年王国へ繋がります。

 

トラー、預言書、諸書に記された、イスラエルという

国の土地と王国の約束を成就させながら、イスラエルが

主要な

地位へと回復し、エルサレムを中心に地上でメシアが

1,000年間文字通り統治する期間がやって来ると教えています。

ここで、デイスペンセーション神学は、秘密裏の再臨で、

クリスチャンは天に皆に知られない間に消えて、地上には

もういないから、神の教えは関係ないと教えます。

そして、イスラエルは永遠に地上を治めるという聖書に書いてもない思想を編み出しています。

 

クリスチャンは、キリストの花嫁で、イスラエルは父の花嫁で

あるという作り話をするユダヤ人教師までもいるのです。

詰まり、聖書、トラーを正しく学び、理解していない人が、

聖書に書いてない、空想話、人が考えついたこと、聖書ではない人間の思想、作り話を、人に伝えていることを、知って下さい。

 

アメリカではクリスチャンの数が日本の何百倍もいますので、

今や西洋宗教、人造宗教、そして一般的に解説されている聖書

解説や、デイスペンセーション神学、置換神学が間違いであると

気がつく多くの人も、数に比例して大勢いるのです。

 

日本では、そのような情報を日本語で触れる事がないので、

世界で起きている出来事が見えないだけなのです。

偽の教えから目覚めて、イエシュアが教えらたトラーに根付いた

生き方に戻る!これが、世界中で起きているのです。

 

その中で、残念ながらトラーを正しく教える人は、そう多くは

ありません。そして、今のようなユダヤ教も1世紀にはなかったものなのです。

 

デイスペンセーション神学の6番目の教理は、この神学の

信奉者が「自由な恵みによる救い」と呼ぶもの、或は、

これを表現するより良い方法はおそらく、彼らが「律法と恵み」の間にこの鋭い区別を設けていると言うことかもしれません。 

 

ですから、彼らは救いは、恵みによる信仰によって得られると

教えており、これは聖書の事実通りです。

 

これはおそらくクリスチャンなら,ほぼ全員が同意する聖書の

事実だと思います。しかし、問題は、次なのです。

 

信じたその後の生き方、振る舞い、行動、思想が問題なのです。

それは、第四の獣が作った宗教の教え、龍の物言い、イエシュアが教えられた父の教え、トラーを否定し、トラーとは違う事を

生きよ!という事を教えてしまっているのです。

聖別された人の生き方を、神の教えを捨てる人は

全く教えられていなのです。その代わりに、人間の宗教、

第四の獣が作った龍の物言いを、神の教えを誤解してしまうのです。卵からかえった雛、アヒルが偽物のおもちゃの人形を

母であると間違えた認識するのと全く同じからくりです。

 

イエシュアにより贖われた後、何を生きるか?ということが

全く正しく教えられていないことが、問題なのです。

 

神の元に戻る事は、神が一方的に差し出された贖いの代価、

永遠の中に屠られた子羊の血の代価を通して以外、それは可能ではありません。

そして、神の贖いの代価、イエシュアの命の代価で義とされる

事実は、行いではなく、信仰により受け取るという方法以外は

ありません。

 

この2つを、完全に混同しているのが、キリスト教の教えなのです。

贖いを受け取る事実は1度だけです。

イエシュアと出会う事、再び生まれるということは、一度だけです!

信じた、イコール、生まれるだけで、後は野生動物のように

神の教えを、神が伝える通りには正しく教えられない

その変わりにローマが作った宗教の教えにすり替えられた教え実践、儀式、慣わし、記念日を教えられてしまっていることに、

全く気がつくことさえできないのです。

 

生きる上で、人間が自由に神の言葉を仕分けて生きるように

教えているのです。それは、昇天以前、以降で別物の贖い、

別の教えを生きるようになった。

律法が廃れて、終了したからだという、神が伝える事実とは

真逆な教えを編み出して、それを拡散捺せ続けて来たのです。

 

何も制限を受けないで成長するような思想を教えられているのです。

これを言い換えれば、「律法と恵み」との間には鋭い区別が

存在する思想なのです。

しかし、聖書にはこんな思想は、1つも書いてもありません!

 

神の者とされた、神のもとにイエシュアを通して、取り戻され

引き寄せられた。そして、神にきよめられ、義とされ、新しくされた。花嫁とされた人たちが、神の家に住まう婚姻契約を

受け取った事が、シャヴオートの祭りで表される祭りの主旨なのです。

夫に嫁いだ人、新しい家、嫁ぎ先の家の家訓を与えられ、

夫に教えられる生き方を、1から教えられる。

これが、神が提示した婚姻契約なのです。

妻が、夫の家、婚家のしきたり、ならわし、儀式、記念日、

生き方を、夫が言われる通りに聞かない、学ばないで

隣の旦那の提示する別物の教え、記念日、ローマ帝国が作った

偽物をやっているということに、気がつく必要があります。