黙示録2章 サルデスの群れへの警告と励ましは? | "永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

"永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

何の始まりもない 永遠の時から
主ご自身のみが 存在していた
懐かしい 故郷 エデン

全く一つ、エハッドであるイスラエルの神
イエシュアの永遠の完了の業で、救われて
新しい人として生きる ヘブライ語原典聖書
からの発見記録

現在2026年、イエシュアが来られたのは約2000年前です。

古代ヘブライ聖書がモーセ、その他預言者により記されたのは、

紀元前1312 〜  1272 年とされていますから、今から約3338年

以前、遠い太古のしかも、ヘブライの世界に生きた人達に記されたものです。

そんな太古、別の言語で記された書を、しかも今や異教文化がふんだんに交わった思想で、日本語や英語だけで聖書を読んだら、

聖書を記した、当時の聖書記者=預言者達が記されたこと、

ヘブライ語という別の言語、古代に生きた人が理解していた様々な

情報に欠落して読み込みします。

しかも、4世紀、途中でローマ帝国、異邦人西洋人、ギリシャローマ哲学、異教の神々の思想が混じった人達が作った宗教に変えられてしまった教えなのです。

それらの宗教、教理、教え、実践、記念日を通して、聖書を考え、

読んでいるので、聖書に書いてあるオリジナルの事実、真実が見えてこないまま、聖書とは異なる解説が、されてしまっているのです。

 

クリスチャンは疑いなく、聖書に、神の教えが変わり、以前の古い

教えや記念日は終了し、マタイ以降には、日曜礼拝、クリスマス

イースターを祝ったことが記されていて、そして、イエシュアが

神の古い教えを捨てよ!と教えたと信じているでしょう。

そして、ペテロが、ローマ・カトリックの初代教皇として、

イエシュアから任命された!パウロは、世界へ、神の教え=トラー

が終了し、新しい教えを教えたと考えている。

これら、全部聖書に書かれていない大嘘、偽情報です!

自分で調べない人には、分からないだけです。

聖書に書いてもないことを、書いてあると信じている、これこそが

闇、騙しの本質そのものであり、聖書に書いてない教えを、

聖書を曲げて世界へ拡散して2000年近くが経つのです。

異邦人の世界には、聖書ではない、西洋人が作った宗教、

別の福音、別の教えが伝わった。

だから、ユダヤ人と異邦人は違う教えを生きて、違う記念日を

することに対して、何も疑問に思わないのです。

イエシュアが、父の教え〜モーセの五書を捨てた、変えた教えをした!と信じて、考えている時点で、聖書ではない、ローマ帝国が

4世紀に神に対する冒涜を働き、勝手に作った宗教の教えを

信じている!ということに気が付かないとならないのです。

 

イエシュアが来られる前と、後とでは神の教え、言葉と神の性質、

又生贄通して以前は許されたが、今はイエシュアの血の代価で

口で告白するだけで許される〜人の生き方、性質が変化したと

考えている時点で、聖書ではない思想=ローマが作った思想を土台として、聖書を曲げて、歪めて読んでいることに、はっきり気が付かないとならないのです。

神の教え、言葉、性質、贖い、救いの方法は、昇天前後で何も

変わってなどいないからです。

聖書を読んで、それが分からない、イコール、聖書を正しく学んでいない、それが本当の原因です。

そして、聖書ではない、異邦人が編み出した別の宗教、別の教えで

聖書を歪めて解説している!それが、本当の問題の根なのです。

 

そして、コルバン、生贄と訳されている、神の家の祭壇の上に捧げられる動物や、作物の捧げ物を通して、人は罪など許されることなどない!聖書には、一時的、仮の許しなども書いても無い!!!

動物の血は罪を消さない!と書いてあるのです。

罪の赦しの仮のもの、仮免除でもありません。神の家の中で教えられることは、全てイエシュアの贖いの業、永遠の中に完結したものを、実体験を通して、教えられているものなのです。

そして、神に近づく第一条件は、イエシュアの血の代価で新しくされた人であるという事実のみから、神の近づく、神と対話する、語る

内臓全部神の前に出して、話し合う!

未来、イエシュアがエルサレムの戻られたら、新しい神の家で

このコルバンが捧げられる時が来るとあります。

イザヤ、エレミヤ、エゼキエル、ぜカリヤetc全て同じ未来預言が

記されているのです。

過越の祭りも、仮庵も全世界が祝うようになる。

もちろん、シャバット、新月、神が創造された記念日が、神の創造された神のアポイントメントの日、呼び出し日、宴会の日と全世界が

認識するようになる!という預言があるのです。

 

その時、クリスチャンだけが、天にいるから神の教えも、神の

モアデイムも全く関係ない?

地は、天の現実を映し出す影です。天と地は直結している。

それは、ミシュカンを通して、教えられているのです。

天と繋がる場所、物理的な場所=家を神が作らせ、神と皆が会見する

祝宴の時、シャバット、新月、祭りを神が創造された!と書いてある

意味が全く理解できていないのです。

 

又は、クリスチャンは、日曜礼拝、クリスマス、イースターを祝い、

イエシュアと共に、イエシュアが創造されたシャバット、新月、

過越、仮庵の祭りを祝わない??のですか??

神の言葉=聖書と辻褄合わないことに、聖書の記述から気が付かないとならないのです。

イエシュアが、過越の祭りの晩、過越の祭りは、シャバット〜曜日は

関係なく、その日はシャバットで止まり、その晩に盛大に祝うのです。

その時、イエシュアが祝われた過越の祭りの晩餐の時、再び地上に

戻られたら、その時には、過越の祭りで、皆と共にワインと、

種無しパンで過越を祝うと預言、遺言したのです。

それ迄は、地上でワインと種無しパンで皆と過越は祝えないと

言われたのです。

クリスチャンの間に浸透した人が作った宗教の思想、聖書解説には、多くの誤りがあります。

伝統で語られていることが、聖書の事実ではない!!!

これに、気がつけるのは、言語で書いてある意味、当時の聴衆

読者が聞いて理解していた通り、様々な情報を駆使して学んで

初めて分かるのです。

日曜礼拝も、クリスマス、イースターも、ローマ帝国が作ったものです。神でも、パウロでも、ペテロ、使徒でもない!!!

ローマ教、カトリックは、ペテロが作ったものではなく、

ローマ皇帝が作り、宗教会議で宗教の土台となる思想を、

ユダヤ人追放し、異邦人だけで、次から次へと編み出したものです。

宗教のヒエラキーシステム、階級制度や、人間が神の権威を持つと

主張する教皇システムも、ローマ帝国皇帝崇拝から引き継がれた

思想であり、聖書ではありません。

 

聖書には、人間が作った西洋宗教の教えや、宗教システム、

それらが編み出す4万3千に分裂した宗派の教えや、

人間が作った記念日と、神の記念日をすり替えて良いという

神の許可や、仰せも記されていません。

それらをすることを、神ご自身が断固として禁じているのです。

昇天以降はなんでも良いなら、なんでも良いでしょう。

しかし、そのようなことを言われる神は、聖書に記されたイスラエルの神、イエシュアではありません。

黙示録2章に記されている7つの群れは、小アジア、現在の西トルコに存在していた、複数の群れ、カハール、エクレシアです。

それらの群れは、ユダヤ人の群れなのです。

教会という聖書に存在しない言葉も全部消して、元の言葉に直して

ください。

教会〜建物という言葉は聖書にはなく、カハール、エクレシア、神の声に応答し、呼び出された人々の群れ、それが、教会という異邦人があてがった翻訳であり、不適切な訳です。

ギリシャ語は、キュリアコン、「主のもの」という意味であり、

建物ではないのに、その後、他の言語では、チャーチ(英語)、

クーシェ(ドイツ語)日本語では、「教える会」、教会と翻訳されてしまったのです。教える会なら、聖書を正しく教えないとならないのに、聖書を正しく教えていない。人が作った混ぜ物の教えがふんだんに混じる宗教を教える会になっているのです。

いや、この翻訳は意図的に違う言葉を使ったのです。

印象操作です。昇天以降、契約は異邦人にわたり、

今までに無い生き方をする、今迄にない、新しい教会というものが

出現した!と考える人が、人に聖書とは違う概念を受け付けるために、意図的に、カハール、エクレシア〜群れ、会衆、集まりという

翻訳を、教会という全く別の翻訳に、マタイ〜黙示録ではすり替えたのです。別物出現とクリスチャンはそう考えるのは、誤訳と

不適切な聖書解説のおかげで、そう考えてしまっているのです。

 

聖書に書かれている群れは、1つしかありません!

イスラエルの神の大家族は、西洋宗教やデイスペンセーション神学

その他が解説するような2つ別物の群れは存在しません。

ここで、考えて下さい。存在しないもの、嘘を土台にいくら討論しても、それはどこまで行っても、空想話に過ぎない嘘なのです。

そういう聖書解説を、全て捨てて、やめない限り、人の作り話を

土台にした、偽物の聖書解説はずっと横行し続けて行きます。

まして、異邦人など、ヘブライ聖書を正しく学ぶ教育が、ごっそり

抜けたまま、人間が作った宗教の思想を土台に、聖書を勝手に解説しているのですから、何が聖書か、何が聖書ではないのか、考えないから分からないだけなのです。

 

神が、神の性質も、神の言葉も、イエシュア=救い、贖いの方法も

1つであり変わらない!永遠普遍と言われている。

プロテスタントも聖書信仰ですと言いながら、実は完全な聖書信仰などではないのです。

土台が、人間が作った宗教思想を、土台とし、神の言葉を破棄、

終了、部分的にしか知らないし、実践していないのです。

それが、黙示録の警告、サルデスへの警告と全く同じことを

ヨハナンが記しているのです。

嘘が同時に真実にはならないという、シンプルで当然な事が、

なぜ理解できないのか?それは、騙しという闇があるからです。

 

ローマ帝国時代、90年代、サルデイスという都市があった場所は、以前はリデイア帝国でした。

古代リディア(リュディア)帝国とは、紀元前7世紀から前6世紀に

かけて現在のトルコ西部に存在した繁栄した王国です。

世界で初めて「金と銀の合金(エレクトラム)」の硬貨を作った国として非常に有名です

経済的に豊かであり、世界の中でもトップクラスの資産を有する

場所でした。

リディア帝国の王は、絶対的な力、勢力、富を持っていたのです。

リデイア帝国の王は、ギュゲス、クロイソスです。

クロス王と言えば、富と権力持った王の代名詞でした。

世界でも一番資金を所有し、クロスのように豊かである。

エゼキエル書に記された、ゴグ、マゴグは、ヨハナンの黙示録の中で使われる暗号手法と同じです。

暗号 恐ろしく敵対するもの 反対勢力という意味を表す言葉

ゴグ、マゴグです。

古代リディア帝国(リュディア王国)の王ギュゲス

(在位: 紀元前685年頃〜657年頃)は、アッシリアの記録では

「グッグ」と呼ばれていました。

この「グッグ」という名前が、エゼキエルなどに登場する謎の軍勢の指導者「ゴグ」になったのです。

ゴグとマゴグ、この言葉が、ヨハナンのアポカリプスで使う、

暗号と同じ使われた方をしているのです。

ゴグ、マゴグとは、人を貶め、敵対する勢力を表す言葉です。

 

アポカリプトとは、古代ギリシャ語の「覆いを取り除く」

「物事をあらわにする」という言葉に由来します。

この動詞を名詞にした「アポカリプス」は「啓示」や

「黙示(神の隠された計画が明らかにされること)」を意味します。

 

サルデスという土地は、富が豊かでしたが、この地形は、丘がありますが、この丘は、岩ではなく、ただの土砂であり、簡単に崩れる性質の地形です。

この地形をなぞらえて、自分では、豊かで、全部持って、完全に安全だと思っている人達へ、実はその根拠、自信はこのサルデスの地と

同じで、いとも簡単に崩れてしまう虚構であると、ヨハナンは警告しているのです。

7つの群れの中の5つの群れ、5=モーセの五書=トラー=神の教え

契約に根付く生き方からズレた群れへ、警告していることを、

はっきり理解して下さい。

これは、4世紀以降、人間の教えを混ぜた宗教と同じです。

ニコライ派の教えとは、偽ものの教えに交わる妥協すること。

プラス今は、LGBTQ、神の創造の根幹を覆す大罪を、牧師、

教師が、賛同する、まさにソドムとゴモラ、ノアの時代の不品行=

バラムの教え〜偽女預言者イゼべルの教えに染まってしまっている

人々へ、同じ警告が今、今日、神の口から直接出た言葉で、

警告されている緊張感を持たないとならないのです。

黙示録の語りは、一人称〜イエシュアが主語です。

 

ニコライ派〜妥協です。偽物の教えに交わることへの妥協。

当時は、皇帝崇拝、異教の神々、女神の儀式、祭りに、生活のために参加し、異教の神殿娼婦と交わり、異教の神々の祭壇に捧げた汚れた肉、豚、その他、神が禁じている動物を異教徒と共に食すること!

これを、今も何も考えてずにやっているでしょう。

既存の祭り=異教の神々、女神の儀式、祭りを、たとえキリスト的

意味を付け足して別物に作り変えてみても、元は異教の神々、女神の祭り。しかもイースターとは多産の女神の名そのままを使う冒涜!

それはイスラエルの神に属さない不純、汚れたもの、偽物です。

変わりに神のモアデイムを全て捨てる!作り変える。

これは、神の前に罪であり、聖別を汚す行為そのものなにの、

何も分からないままなのです。

そして、きよくない動物を食し、神の宮である自分の体を、

汚す。きよいものと、きよく無いもののくべつがない、無知とは

神が言われる罪はなにか、神が言われる聖別を汚す行為が何か

イエシュアを信じながら、分からない。

その原因は、神の言葉が廃れた!というローマ帝国教の大嘘と

間違った聖書解説を信じているせいです。

それならば、黙示録はクリスチャンには、全く意味が無いもの、

通じなくなります。意味が通じないまま、この世の終わりの大惨事と、神を信じない人と同じことを主張し、空中軽挙で消えるという、現実逃避思想を植え付けられているのです。

黙示録のテーマは、神の教え=トラー=初めの愛を捨てて、離れた人々へ、神の教え=契約=トラーに戻れ!という、預言者たちが

記した、預言書の警告、イスラエルへした警告を暗号で書いているもの、同じだからです。

黙示録の読者、7つの群れは、ユダヤ人の群れなのです。

異邦人は関係ない?それなら、その人たちはイエシュアと関係ない人となります。