黙示録1:11-20 星 双刃のつるぎ 地獄の門? | "永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

"永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

何の始まりもない 永遠の時から
主ご自身のみが 存在していた
懐かしい 故郷 エデン

全く一つ、エハッドであるイスラエルの神
イエシュアの永遠の完了の業で、救われて
新しい人として生きる ヘブライ語原典聖書
からの発見記録

黙示録 1:16 その右手に七つの星を持ち、口からは、鋭いもろ刃の

つるぎがつき出ており、顔は、強く照り輝く太陽のようであった。

 

7つの星と書いてあると、詩的な表現、ポエム調のような空想を

しますが、グレコローマ、ローマ帝国周辺の古代の人の耳には、

星とは、何を意味して聞いているのでしょうか?

 

これは、海と同じです。古代の人が海と聞いたら、現代のように

ビーチ、バケーション、楽しい場所と考えるような事とは真逆で、

恐ろしいもの、人の命をおびやかすものと考えるのです。

 

ルシファー、イコール、サタンと、これまた定番になった、

完全に意味を逸脱した解説がされ続けています。

これは、北の大王〜バビロンのことを語っている箇所です。

 

イザヤ14:12黎明の子、明けの明星よ、あなたは天から落ちてしまった。もろもろの国を倒した者よ、あなたは切られて地に倒れてしまった。

הֵילֵ֣ל  בֶּן־ שָׁ֑חַר ヘレル ベン サハル この言葉は、ルシファーと
いうラテン語で表される言葉には、サタンという意味はありません。
光を負うもの、光を放つものという意味です。
これでも分かるように、定着した思想や概念が、真実ではないこと
これが聖書解釈、解説に山ほどあるのです。
詰まり、聖書だと思い込んでいる、解説が、実は書かれている意味ではないことを、教え込まれているのです。
それは、聖書解説する人が意図した通りを、学んでいいない。
ギリシャローマ哲学、現代の思想、そして聖書にはその当時の人が
使っていた言葉や、神話まで起用していますから、その知識がなければ、的ハズレな解釈をしてしまうことは、免れません。
 
このように憶測、空想で語られたものが、真実の如く定番になり
世間に浸透し、定着するのです。
 
星と聞いたら、古代の人は、コントロール出来ない天体、イコール
ゼウスや「冥界(死者の国)の神、ハデス(又はプルート)でも
太刀打ち出来ない絶対的なものなのです。
これ、全部ギリシャ、ローマ神話です。
イスラエルの神以外は、全部実在しない、人の作り話、空想、思想
から出た神々です。
又は、自分が神とか、預言者とか、何何教の創始者と自己申告する人々は、神ではない、ただの人間です。
自分を教祖とか、神と思える人は、意識が普通の人ではないと
思います。ナルシスト?又は、脳に異常があるか、思い込みの激しい人、意識に色々と問題がある人です。
 
星と聞けば、イコール、恐ろしいもの、自分たちの神々でもそれに
屈服させられるという意識で、古代のギリシャ、ローマ神話を考える人は、そう捉えていたのです。
 
星は、空に瞬く綺麗なものではなく、絶対的権威を握り、支配して
いる恐ろしいものと考えていたのです。
星の動き自体が、神が動いていると考える、流れ星も、恐ろしい印、不吉な悪い出来事、大惨事が起きる前兆と考えていたのです。
それは、天変地異以外に、政治的、経済的、又は戦争など、
悪い事が国の中に起きる前兆だと捉えていたのです。
 
古代のローマ帝国では、「運命」「避けられない結末」をいつも恐れていたのです。人は皆そうでしょう。
ギリシャの神であるゼウス神も、天体〜星の神々に太刀打ち出来ない
打ち勝つ事が出来ないと考えていたのです。
ギリシャローマ思想の異邦人、そして、ヘレニズム化したユダヤ人も
この天体、星であるものに勝てない、恐ろしい存在だったのです。
それが、7つの星を持つものが来たら、世界の終焉を運んでくるもの
そして、更には、双刃のつるぎを持つとあるのです。
 
双刃の剣と聞けば、当時の人達は、何を考えたのでしょう?
フェンシングをするような、スポーツの剣ではないのです。
双刃の剣とは、ユダヤ人110万人が、70年、神殿崩壊された時
殺戮された道具なのです。
その剣で、ユダヤ人=敵の腹を刺し、それを引き抜いて、殺された。
空恐ろしい情景を、思い浮かべるのです。
ユダヤ人には、その剣は、ローマ兵によりユダヤ人が刺し殺される
道具なのですが、ヨハナンが書いている剣とは、口から出ていると
書いてあります。不思議なイメージ、ビジョンですよね。
このイメージは、イザヤ49章と繋がっているものなのです。
 
イザヤ49:2 主はわが口を鋭利なつるぎとなし、わたしをみ手の陰に
かくし、とぎすました矢となして、箙にわたしを隠された。
 
口を鋭利な剣とし、とぎすました矢となるとあります。
何を言っているのでしょうか?この剣、矢は、ローマ帝国がユダヤ人を殺戮した、物理的剣ではありません。
剣とは、「スピーチ」を表すものです。それは、単なる毎日交わす、普通の会話、発語ではありません。
このスピーチは、誰も否定出来ない特定の真理に満ちた神の宣言
裁きのスピーチなのです。
これは、問題の中核に直にメスを入れる、神のスピーチです。
王の王である方の裁きの発言は、ローマ帝国皇帝、どんな神々の
スピーチより、権威、威厳があり、誰もより致命的で、人の感情に
訴えかけ、そして、根底から胸を刺すような心を揺さぶる真実を
語るものなのです。
 
双刃の片方は、神の真実、真理、絶対的義の裁きであり、一方は、
偽物〜死を表すものなのです。
イスラエルの神の宣言と、偽物の神。

黙示録 1:17 わたしは彼を見たとき、その足もとに倒れて死人のようになった。すると、彼は右手をわたしの上において言った、

「恐れるな。わたしは初めであり、終りであり、

1:18 また、生きている者である。わたしは死んだことはあるが、

見よ、世々限りなく生きている者である。

そして、死と黄泉とのかぎを持っている。

 
ここに、はじめで、あり終わり、アルファでありオメガである方が
死と黄泉のかぎとを、持っていると宣言しています。
 
私達がこれを読めば、やりを持って地獄の門、火の海が待っていると考えるでしょう!永遠の地獄の苦しみ〜〜!と。
 
現代の人が考えている地獄と、聖書の中に書かれているそれとは、
ズレがあります。そのような考えをしていると、ヨハナンが記した
1世紀の人が理解している意味を、完全に歪めます。
 
ギリシャローマ帝国時代の世界の人は、ギリシャ、ローマ神話を考えているのです。
ハデスの門とは、私達が想像する地獄ではありません。
ゲヘナも同様に、エルサレムの中にゲヒノムと言う名の谷が今もあります。ここは、囚人、身寄りのない人が、死後捨てられた場所です。
イスラエルでは埋葬されますが、囚人、身寄りのない人は、ここで
焼かれた、詰まり焼却場です。だから火〜地獄という空想をするのです。
ここに書いてある、ハデスとは、人=神、神話では、ゼウスの弟です。
このハデスは、ハデス(ハーデース)はギリシャ神話における
「冥界(死者の国)の支配者」であり、オリンポス十二神にも
数えられる非常に位の高い神です。
血筋と立場: 全知全能の神ゼウスや海神ポセイドンの兄にあたります。世界を分割した際、彼は地底(黄泉の国)の支配権を得ました。 
 

「死」そのものではない: 死を司る死神タナトス(Thanatos)とは

異なり、ハデスはあくまで冥界の王として死者の国を統治・管理する役割を持っています。 

豊かな神: 地下深くにある鉱物や農作物の恵みを司ることから、

古代ギリシャでは「富を与える者(プルトン)」という別名でも呼ばれ、豊穣の神としても崇められていました。

富は、地下に深く埋蔵されているからです。

 

ハデス、神、人であり、場所ではありません。

この地下の黄泉とは、地獄で火の釜が燃えているという場所ではありません。
これは、煉獄というカトリック〜ローマが、ローマ神話から取り出した思想そっくりそのままなのです。
その場所に、ハデスという番人がいて、亡くなった人を待機させる
場所なのです。
よく考えて見てください。ローマ帝国は、神話を混ぜて、宗教を
作り続けている事が、分かると思います。
その思想が、天国に行くまでの待合場所、煉獄とカトリックもある
グループのクリスチャンも信じていますが、それは神話であり、
聖書ではありません!
待合場所。どんな優秀な哲学者でも、王でも、囚人でも誰でも、
ハデスが門を管理する、その待合場所に、入れられるのです。
ハデスの役割は、死者をその中に閉じ込めて、門にしっかり鍵をかけて、死者がそこから出さないという役割があるのです。
それは、死者の霊が、地上に出てこない為の監視をするのです。
ハデスは、死者を殺しません。
死んだ人を、その中に入れて閉じ込め、厳重に管理するのです。
死とは何ですか?ギリシャ語では タナトスです。
タナトスは、死の神です。その死の神は、生きた人と死者の間を
徘徊して、管理する神です。
 
古代の人の思想が、現代にも繋がって冥界・黄泉の国の映画がある
そうですが、これは、人口が地上に多くなりすぎて、この地上から
半分の人を消すというストーリーです。
彼のプランでは、人口過密した世界を救う事が目的としていますが、
これは、古代の不安と同じ事が、現代にも繋がっているのです。
これを、やっているのが、例のあれです。人を削減する。
殺されても、生きている。ローマ帝国の迫害を恐れない発言をしているのです。
ローマが迫害、殺戮しても、イエシュアが死に打ち勝った。
地下に閉じ込められた、ハデスが管理するその門を開けられる鍵を
もつお方はイエシュアであると書いてあるのです。
 
これは、ギリシャ、ローマ神話、ローマの神々〜実在しない神々の
話しですが、それを通して、神の実態を話しているのです。
 
今の世界でも同じく、人は死を恐れています。
不老不死を誰もがずっと求めて来たでしょう。
 
これは、恐るな!という神のメッセージで凝縮しているのです。
古代の人は死、体が朽ちるのを恐れた。そして、それをどうにかして
変えようと、色々な人が色々な試みをしたのです。
エジプトのミーラもそうです。
今の時代は何ですか?シリコンバレーで、巨額の費用を投じて、
大金持ちが、永遠に生きる方法を考えているのです。
それは、自分の記憶、頭脳、脳、意識を、アイクラウドに移して、
永遠に生きる方法です。
それにより、物理的死を乗り越えようという考え。
ローマの時代は、ハデスを剣で制覇しようと考え、現代は、
サーバー、データベースで物理的死を乗り越えようとしているのです。
現代も、古代と同じく、本物の神を知らない人は、死を恐れているのです。
 
続く